シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

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真実と対峙する夜へ

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「それで…君の方こそこんな夜道を一人でどうしたんだ」

 宿を目指す道中ネールにそう尋ねられ、アスレイは先刻のやり取りを思い出し、肩を落としながら答える。

「どうしても確認したくて必要だったものがあってさ。を借りられればと衛兵団の詰所に行ったんだけど、断られたんだよ…まあ当然と言えば当然の返答だったけど」

 アスレイはため息を洩らす。
 事件の犯人を問い詰めるためにも、そしてカズマの最期のメッセージを確認するためにも、は重要なものだった。

「大切な手がかりだから衛兵団に渡したけどさ…もしかしたらは渡さないで犯人へ直に突き付けた方が良かったのか…なんて思ったりしてさ」

 どうにもならない後悔の念を今更に語るアスレイ。
 するとネールは軽く吐息を洩らし、おもむろに鞄から取り出したを、アスレイに手渡した。

「……ならば、これは君に託そう」

 唐突に渡した白布に包まれた。まさかと、アスレイは恐る恐るその白布を取ってみて、驚きに目を丸くする。

「なっ…こ…ッ!!?」

 上手く言葉が出ず、思わずネールを見つめる。
 ネールは驚愕している様子のアスレイを後目に淡々とした様子で言った。

は君が必要だったものだろう?」

 そう言って見せる彼女の微笑に、アスレイは思わず畏怖にも近い感情を抱いてしまう。
 白布から姿を現した丸く紅く輝くは紛れもない、アスレイが必要としていた遺留品のであった。

「なんで、これを…!?」

 尋ねるだけ愚問。深く詮索はしないと決めていたものの、流石にこれは尋ねずにはいられなかった。が、しかし。

「少し拝借してきた」

 ネールはその微笑を浮かべたままそう返すのみ。だがその返答の真偽も定かではなく、つまり彼女は真実を語るつもりは毛頭ないのだろうとアスレイは諦めの息を洩らした。
 とにかく、どういった経緯で入手したのかは解らない以上。これが原因で彼女が捕まることだけはないようにしなくては。と、アスレイは人知れず心に誓った。



 こうして、意外な方法で手に入れることの出来たカズマの手鏡。
 アスレイは改めて手鏡を眺め、確認する。
 手鏡はあの事件現場で見た最後の姿そのままに保管されていたようだった。表面の傷や、鏡部分に付着した血痕も、当時のままとなっている。
 ただ、あの時とは違い時間経過のせいで血痕は黒ずんでしまっており、それが尚更生々しく映った。
 それまで黙って見つめていたアスレイは、眉尻を下げながらおもむろに口を開く。

「―――これ、妹さんの宝物らしくてさ。カズマにとって凄く大事なものだったんだ」

 とても大切に扱っていたその様子は、今でも鮮明に覚えている。カズマは無骨な指先に見合わないこの手鏡を、汚れ一つ、鏡面に指紋さえつけないよう、何よりも繊細に扱っていた。

「やっぱり…そういうことだったんだ…」

 手鏡を見つめながらアスレイは確信する。事件があったあの時、彼がこの手鏡を見て抱いた疑問とそれによる推測を。

「仮にカズマがこれを咄嗟に投げ捨てたんだとして……それで血がついてしまったってことには納得出来るんだけど。二つ折り式の手鏡だっていうのに、鏡部分にまで血がべっとり付いているのは可笑しいんだ」

 『元から手鏡が開いていた』という公算もあるだろうが、常に手鏡を大切に扱っていたカズマが、鏡面の傷つくようなそんな扱いをしていたとは思えない。
 では何故二つ折りの手鏡の鏡面に血痕が付着していたのか。それが意味するものは一つしかない。

「それはおそらく彼が君に『何か』を伝えるため、君へ宛てたメッセージなのだろう」

 ネールの言葉を耳にし、アスレイは静かに頷いた。





 最期かもしれないカズマからの言葉。ダイイングメッセージ。これこそがあの時―――別れ際にカズマが伝えたようとしていたことと思われた。
 このメッセージにどんな意味が込められているのか解読さえ出来れば犯人を、この事件の黒幕を真実へと問い詰めることが出来る。

「けどこれがメッセージだってのはわかったんだけど…何を伝えようとして書き残したのか…それがいまいちよくわからなくて…」

 アスレイはそう言って手鏡を見つめながら苦笑を洩らす。
 円形鏡面に、まるで笑みを浮かべる唇の如く半円線を描く血痕。鏡に触れないようアスレイはその血痕を宙で何度もなぞってみる。

「安直に考えると笑った口…『笑顔』って感じだけど、笑顔の似合う人が犯人っていうのは幅が広いし…けど文字でも数字でもないような気もするし…もしかして、弓とか?」

 そんな独り言と唸り声を上げながら、アスレイは手鏡とにらめっこを続ける。
 と、突如ネールが足を止め、アスレイの方へ視線を向けた。
 それに気付いた彼も続けて足を止め、不意に前方を見上げる。ゆっくりと進めていた足はいつの間にか目的地に辿り着いていたらしく、見上た目線の先には宿の看板が風により揺れていた。

「もう着いたのか」

 残念そうに、思わずそんな本音を洩らすアスレイ。
 自身で事件解決をしてやる意気込みはあったのだが、流石にこのメッセージだけは解らず。そのため、出来るならネールから何かしら助言を貰いたいと思っていたのだ。
 するとそんな羨望の眼差しを察したのか、ネールはアスレイを見つめたまま言う。

「―――もしくは、三日月」
「え?」

 思わずアスレイはネールを見つめ返す。
 月明かりに照らされているネールは、その大きな双眸を静かに、冷たく光らせる。
 と、アスレイはその瞬間。雷のような衝撃を受けた。それはまるで点と点が恐ろしいほどに繋がって輝いていくような。そんな感覚に襲われていく。
 大きく目を見開き、アスレイは勢いよく空を見上げた。闇夜の空では満月間近の月が、雲に翳る事なく輝いていた。

「そっか…そういうことか…!」

 閃きに表情が変わるアスレイを見やり、ネールは微笑を浮かべ、一足先に宿内へと入っていこうとする。
 が、しかし。

「あ、ちょっと待って!」

 そう呼び止める声にネールは足を止め、アスレイへ視線を戻す。

「一つだけ聞いていいかな?」
「…何だ」

 本当は聞きたい事は一つだけではなく、山ほどある。
 だがそんな疑問の山の中で、アスレイはどうしても、これだけは聞いておきたかった。

「どうして事件のこと…これを手に入れることまでして、手伝ってくれるんだ…?」

 ネールの双眸が、真っ直ぐにアスレイを見つめる。吸い込まれそうなその眼差しに思わず視線を逸らしてしまいそうになるが、アスレイは負けじとネールを見つめ返し続ける。



 これまでもアスレイは、何度かネールに助言を貰っている。だがそれは彼の危なっかしい行動に対しての苦言―――忠告がほとんどであった。
 しかし、今の言動はそれまでのとは明らかに違う。しかもアスレイが欲していた遺留品までも入手し、わざわざ貸してくれた。
 彼女が単なる優しさで此処までしてくれたとは思えないし、昼間の一戦で彼女と打ち解けたとも思っていない。
 だからこそ、はなはだ疑問だったのだ。

「君の決意と行動に敬意を表し、私なりに助力したまでのことだ。それに―――君に任せた…いや、焚きつけた責任もあるからな…」
「焚きつけたって…」

 含ませたような言葉に続けて、意味深な笑みを浮かべるネール。

「事件解決、頼んだぞ」

 最後にそう言うとネールは、宿の中へ入っていってしまった。
 一人取り残されたアスレイはしばらく、呆然とその場に立つ。
 そしてある事実に気付き、ぼそりとぼやいた。

「―――ってことはやっぱり…何もかも解ってるってことじゃないか…」






 今頃、アスレイは悔しむような納得したような呆れたような、そんな複雑な表情をしていることだろうと予想しながら、ネールは宿内の階段を上っていく。
 と、ネールは不意にその足を止め、階段脇にある窓を見上げた。
 月が輝く夜空を見つめるネールは、その指先を自身の首元のペンダントへと移す。
 ペンダントトップに飾られている水晶玉の中には、黄金に輝く宝石が、まるで満月のように丸く満ちている。

「明日はようやく満月…魔女が姿を見せる前に、急がなくてはな…」

 そう人知れず呟いた後。ネールは自室へと静かに戻っていった。






   
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