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予想外の現実
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しおりを挟む「―――そもそも、このキャンスケットの町で起こっていた連続失踪事件が何故事件にならなかったのか」
ある日忽然と居なくなり失踪した人たち。彼らは間違いなくこの町から姿を消してしまったというのに、何故誰も事件だと気付かなかった―――思わなかったのか。
「それはこの町独特の仕組みにあった」
キャンスケットの町での仕事は、基本全てが日雇いだ。当日働いていた者が翌日には仕事を辞め、ひっそりと町を出ることも少なくはないという。
それ故、一緒に働いていた者が翌日突然居なくなったとしても。大抵の同業者たちは深く追及しようとしない。思わない。
「そして、更にもう一つ」
アスレイは指先をティルダに突きつける。
立ち塞ぐユリの背後で、ティルダは静かに彼の話に耳を傾けている。
「これは推測だけど…失踪者の全てが天涯孤独の身、もしくは単身で出稼ぎに来た人たちが選ばれていたんだと思う」
もしもこの町に失踪者の家族や恋人が居たならば、行方不明となった時点でその者たちが衛兵に訴えていたはず。
しかし、そうした通報がこれまで全くなかったということは、つまり失踪した者たちの殆どが家族や恋人。友人さえもいなかった単身者であった可能性が高いというわけだ。
現にルーテルの友人で失踪者となったファリナも孤児院出身者であり、彼女以外の友達はいないようであった。
「だから連れ浚われた人たちは誰にも心配されない。逆に町をもう出て行ったんだろうという憶測で終わってしまう」
仮に事件性を疑う者が居たとしても、同時にこのキャンスケットに賊が侵入している仮説も疑わなくてはならなくなる。
元より失踪事件を信じてくれない衛兵に、賊が侵入している話など聞いてさえくれるはずがない。逆に衛兵と賊が手を組んでいるという疑心さえ生まれてしまう。
こんな恐怖と疑心と隣り合わせの状況で、しかし各々の事情から町を出ていくことも出来ない。ならば、何処からともなく流れてきた『魔女』という嘘のような噂を信じた方が楽。
そうして、この町の人々は連続失踪が事件であるという推測を捨てた。
「―――なんて、仰々しく言ったけど…本当はみんな事件に巻き込まれたくなかったんだ。事件を口に出せば明日は我が身という可能性だってある。そう恐れてしまったせいで、みんなこれは『事件』じゃなくて『魔女』のせいっていう言葉で逃げてしまったんだ」
アスレイはそう言いながら自分の首筋を擦る。
と、アスレイが一旦口を閉ざしたところで、突如ティルダは笑い声を上げた。
「確かに、僕たちが失踪事件に気付かなかった要因にこの町のシステムにあったのかもしれないね。それは盲点であったし領主である僕の責任だろう。これからはもう二度と、そう言った発想が起こらないよう、改善するべく努力するよ」
穏やかな笑顔を向けながらそう話すティルダ。
だが、やはり彼の瞳にいつもの爽やかさはない。
むしろ更に眼光を鋭くさせ、アスレイを突き刺しているようだ。
「だけど…君はたったそれだけでこの僕が犯人だというのかな? ならば随分と失礼な話しじゃないか。犯人は魔女じゃなくて賊だった。それが事実だったってことだけなのに」
冷たい視線でアスレイを睨みつけるティルダ。
しかし、アスレイの言い分はそれで終わりではない。
「そうじゃない。この町の仕組みが巧みに利用されている時点で、犯人は貴方しかいないってことを俺は言いたいんだ」
静寂とした空間に、アスレイの声が遠くにまで響き渡る。
「どういう意味だい…?」
ティルダの顔が僅かに曇りを見せ始めた。
「犯人が賊ならば一つ解らないことがある。それは何故賊たちは失踪者の素性をそこまで把握出来ていたのかって事だ」
賊のような粗暴者たちが連れ去る相手の素性などを一々調べるとは思えない。そもそも調べようとしても簡単に調べられる情報ではない。
もしそうした情報提供をしている共謀者がいるのだとするならば、一体誰が与えたのか。
「いいや、近辺調査なんてわざわざする必要はないんだ。初めから様々な人の素性が調べられてあったからこそ、犯人は失踪者に出来そうな人を選べたんだ」
この町には独自の就業システムがもう一つある。
それが『履歴書』の記入だ。
長期間就業予定の者は万が一の為にと、家族構成や故郷、対人関係や自身の性格に至るまで事細かな素性の記入が義務付けられていた。
そうして書き記された履歴書は領主の屋敷へと移され、保管されていたという。
「履歴書を見る事が出来るのは担当の役人と、領主だけだって聞いた……だから貴方はその権限を利用して、攫う人間を選定した」
攫う人間を選定した後は、実行者にその人物の名前と特徴を教える。そうして実行者は次々と人を連れ去ったのだ。
口を開き、反論しようとするティルダ。
しかしそれより早くアスレイは言った。
「もうこれ以上下手な言い訳はしないでほしい…貴方が黒幕であることはカズマのお陰でもうわかっているんだ」
と、ティルダは言いかけた言葉を呑み込み、代わりに「カズマが」と、小さく呟く。
「カズマは犯人を知っているようだった。そしてその人を庇うために…いや、多分これ以上犯人に誘拐を起こさせないために夜な夜な見回りをしていたんだ。カズマのような立場の人がそんな行動でしか訴えることが出来ない、そんな回りくどい行動をしてでも庇いたいって思う人物なんて…一人しか予想がつかない。貴方しかいないんだ!」
顔を顰め、アスレイは熱弁を振るう。
一方のティルダもまた、いつの間にか浮かべていた笑みを解き、眉間に皺を寄せていた。
「それに…カズマは最期に俺へメッセージを遺してくれた」
言葉ではない、鮮血の指先で語った、決死の伝言。
アスレイはポケットにしまっていたそれを取り出した。
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