妖精猫は千年経った今でも歌姫を想う

緋島礼桜

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妖精猫は婦人に泣かされた

その4

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 それからアサガオの誕生日までの妖精猫ケットシーは、幸せな気持ちでいっぱいだった。
 プレゼントに贈る花も、わざわざあちこち見て回った。花屋さんにも足を運んだし、彼が秘密基地にしている花畑にも行ってみた。
 そうしてどの花を摘んで、何本摘んで、花束にしようかと決めて。妖精猫ケットシーはアサガオの誕生日を迎えた。



 アサガオの誕生日当日。
 朝も早くに妖精猫ケットシーは花を摘みに行って、それをていねいに花束にして。それから酒場を訪れた。
 
「にゃあにゃあ、おはようみんな!」

 酒場では開店前の準備をしているスタッフやマスターの姿があった。
 丁度掃除中であったらしく、その手にはモップやほうきが握られている。

「にゃあにゃあ、せっかくのアサガオちゃんの誕生日だってのにそんなものを持っていないで、早くプレゼントを持って誕生日の準備をしようよ!」

 幸せそうな笑顔でそう言って、妖精猫ケットシーはいつもの特等席———ステージの真ん前の席に立ってみせる。

「ケーキ…はちょっと無理だとしても、沢山ごちそうを作ろうよ、アサガオちゃんの大好物を作ろうよ! その分の代金はぼくが出すからさ!」

 ご機嫌にそう話す妖精猫ケットシーの一方で、スタッフたちの表情は硬く。何故か困ったような顔をしていた。
 そんな彼らの顔色にも気づいていない妖精猫ケットシーのために、仕方なくマスターが代わりに答えた。

「……アサガオの誕生日はしない」
「え…なんで? 代金なら、ぼくが出すって…」

 妖精猫ケットシーはそう言うとポケットから金貨が入った袋を取り出してみせた。それはこの日のために彼がこつこつと、大好きなまたたびパンを我慢しながら貯めたお金だった。
 だがしかし。それでもマスターたちは良い顔をしない。

「そういう意味じゃねえんだ」
「じゃあ、なに…?」
「アサガオはな、この酒場から出て行ったんだよ」

 マスターの言葉に、妖精猫ケットシーは呆然とする。
 彼が何を言っているのか理解が出来ず、首を傾げた。

「どういうこと…だって、昨日だって、このステージで歌ってたよ…?」

 確かに妖精猫ケットシーの言う通り、アサガオは昨日の夜までこのステージに立っていた。彼が指差すあのステージで、歌を歌って、みんなから拍手とおひねりをもらっていた。そんな姿を見て、妖精猫ケットシーもいつものように感激して拍手を贈っておひねりを投げていた。
 昨日の夜まで、間違いなくアサガオはそこにいた。はずだった。

「うそ、うそだよ…」

 居ても立っても居られなくなり、妖精猫ケットシーは思わずステージの奥へと飛び込んでいく。カーテンの奥、通路の奥へと駆けていき、アサガオの部屋へと走っていった。

「アサガオちゃん、アサガオちゃん!」

 コンコンと、バンバンと、扉を叩く妖精猫ケットシー。だが、その扉の向こうから返事が聞こえてくることはなく。
 堪らず妖精猫ケットシーは扉を開けた。
 扉を開けたその先には―――何にもなくなっていた。あの棚も、テーブルも、花瓶も、本も、衣装も、砂時計も、スカーフも。最初の頃のようにベッドだけが置かれているだけだった。 

「なんで、なんで…どうして、どうして…?」

 妖精猫ケットシーは激しい動揺どうようのあまり、持っていた花束を落としてしまった。
 地面にばさりと落ちた花束は、その衝撃で花が散ってしまった。
 そんな妖精猫ケットシーを追いかけてきたマスターが、彼女に代わって説明をする。 

「アサガオはな…昨日の夜中に出て行った。遠くのそのまた遠くの町へ行っちまったんだよ」
「どうして? この酒場が嫌になったの? マスターがお給金高くしてくれないから?」
「俺のせいじゃねえよ! 嫁いでったんだよ」 

 マスターの話によると、アサガオは以前から熱心に声をかけてくれていた貴族の男性のもとへ嫁いでいったのだという。
 思い出の品を馬車に積んで、夜も遅い時刻に。まるで何かから逃げるかのように。

「そんな、こと…ひと言も、言ってくれてない…」
「お前に言ったら反対はしないが追い駆けてきちまうだろうからって…内緒にしてくれって言われてたんだよ」

 それは妖精猫ケットシーだけにではなく。他のスタッフたちにも秘密にしていたことだった。
 アサガオはマスター以外の誰にも告げず、ひっそりと去っていってしまったのだ。

「自分がいなくなっても酒場はもう大丈夫だから。余計な心配とかかけたくないからってな」
「なんで、なんで…だって、嫁ぐって…誰かのお嫁さんになるってことでしょ? 嬉しいことじゃないの? なのになんで、みんなにさえもだまって行っちゃったの?」

 困惑したくしゃくしゃの顔で妖精猫ケットシーはマスターにしがみつく。しがみついた拍子に爪が立ってしまい、その痛みでマスターは眉間にしわを寄せて妖精猫ケットシーを突き飛ばした。

「俺はアサガオじゃねえんだ、知るわけねえだろ。だが、まあ…たぶん本当は嫁ぎたくなんてなかったんだろうな。だから、みんなにちょっとでも引き留められたら嫁ぎたくなくなるから、誰にも言えなかったんだろうな」
 
 アイツは素直じゃないからな。マスターはそう付け足す。
 マスターに突き飛ばされ、尻もちをついてしまっていた妖精猫ケットシーはボロボロと、涙をこぼし始めた。

「嫁ぎたくなかったらそうしなければ良いのに…したくないって言えば良いのに…なんで誰にも、ぼくにも話してくれなかったの? なんでアサガオちゃんはそうまでしてここからいなくならなきゃいけなかったの…?」

 その両目からあふれ出てくる涙でぽたりぽたりと地面をぬらしながら妖精猫ケットシーは尋ねる。
 マスターは「だから俺が知るかって…」とぼやきながらも、妖精猫ケットシーにきちんと言って聞かせる。

妖精猫ケットシーのお前にはわからねえだろうがな…人は三十歳越えたらもう結構な大人も大人なんだよ。昔みたいにキレイな声は出なくなってくるし、自分よりも若くて可愛い歌声の子には看板の座は奪われるし、おひねりの数も減っていく。だったらそんな自分でも好いてくれる男のもとへ嫁いだ方が幸せってもんだろ。今の世の中はそういうもんなんだよ」

 苛立ちの込められた言葉で、そう話すマスター。しかし、それでも妖精猫ケットシーは納得する様子もなく。

「わからない、わからないよ!!」

 そう泣き叫ぶだけだった。
 そんな子供のように泣きじゃくる妖精猫ケットシーを見て、苛立ちが募ったマスターは舌打ちをしてから叫んだ。

「そもそも…お前のそういう、いつまで経っても未熟な態度だからなあ、アサガオは何にも言えずじまいだったんだろうが」
「えっ…?」
「いつもいつもいつまでも、アサガオちゃんアサガオちゃんて…お前が、アイツをガキのまんまでしか見てねえガキだから…だから話も出来なかった相談も出来なかった。アイツは大人になっていくのに、お前が子猫のまんまだから何も言えなくなったんだよ…!」

 感情に任せて思わずそう言ってしまってから、マスターは言い過ぎたと更に眉間にしわを寄せて、気まずそうな顔をする。
 マスターの叫びは、正直やっぱり妖精猫ケットシーにはあまりよくわからなかった。だが、これだけは彼でも理解出来た。

「ぼくのせい、なの? ぼくのせいでアサガオちゃんは…酒場からいなくなっちゃったの…?」
「そこまでは言ってねえよ…」

 しかし、そのマスターの言葉は妖精猫ケットシーの耳には届かず。
 気づけば彼は、その場から逃げるように駆け出していってしまった。アサガオの部屋を出て、通路を出て、ステージを出て。
 泣きじゃくりながら飛び出てきた妖精猫ケットシーを引き留めようとするスタッフたちの声も聞かず、止まろうともせず。
 妖精猫ケットシーは酒場の外へ出て行ってしまった。
 
 




   
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