エーデルヴァイス夫人は笑わない

緋島礼桜

文字の大きさ
2 / 25

1日目~1

しおりを挟む




 レイハウゼンの町から外れて半々日ほど歩いた辺り。
 そこには美しい湖がある。
 それだけで一枚の絵になるようなきれいな湖ではあるが、何故か人を寄せつけない。
 『その湖は人を誘い沈めようとする怪物がいる』
 『魔女が毒を流しているから決して飲んではいけない』などなど。
 湖自体にあまり良い噂がないからだ。



 そんな湖のほとりに、大きな屋敷がある。
 まるで湖を臨むために造られたような、貴賓館のようにも見える屋敷。
 そこに僕はやって来ていた。
 持っている物はしばらくの野営用の簡素な装備と、絵画の道具一式。
 僕は画家だった。
 そして、画家としてこの誰もいなくなった屋敷にやって来ていた。






   ◆






 さかのぼること数日前。
 僕はレイハウゼンの町で、いつものように画家の仕事に勤しんでいた。
 画家の仕事…と言っても路上で頼まれれば人物やら風景やらを描いて、駄賃をもらうというもので。
 生計を立てるには少々厳しいものだった。
 それでも生活に困ることは特にないから、こうして画家を生業と呼んで細々と暮らしている。
 



「でもそれってつまり売れない画家ってことでしょ? 画家って言うのは依頼があって成り立つものだもの」

 そう言って僕を冷やかしに来たのはテレーザ。
 彼女は幼馴染に当たる存在で、商家の一人娘だ。

「…楽しく暮らせているんだからそれでいいだろう?」
「楽しいだけで稼げてないならどうにもならないでしょ?」

 テレーザはそう言うと僕の絵を覗き込んできた。
 今は客もおらず、適当にその辺の風景を描いていたところだ。

「でももったいないのよね、こんなにも温かくてステキで上手な絵なのに…」

 慌ててスケッチを隠そうとする僕よりも早く、テレーザはその絵を奪い取った。
 僕の絵を見てキラキラした瞳を見せる彼女。
 僕はそんな顔をする人を見るたびに、絵を描いていて良かったと思えるんだ。

「…だけれど、ちゃんとした画材がなければしょうがないよね…君からプレゼントしてもらったスケッチブックだってもう残りのページがないんだし」

 細々と暮らすには事足りている。
 けれど、肝心の画材がないから僕はもらったスケッチブックと炭だけで描いている。
 絵筆すら本当は握ったことがないんだ。

「――じゃあ、もしも画材を揃えてあげるって言ったら…どうする?」
「え…?」

 予想外の言葉に僕は目を丸くする。
 これまでにない興味が湧く。

「実はね、『ある頼み』を聞いてくれるなら画材を揃えてあげようかなって思ってるのよ」
「『ある頼み』って…?」

 頼みの条件にもよるけれど、断る理由なんてない。
 だってタダで画材を用意してくれるっていうのだから。

「それがね…ちょっと変わった頼みごとなんだけど……『エーデルヴァイス夫人を笑顔にして欲しい』の」





「え…?」

 それはつまり、僕に大道芸でもやれということだろうか?
 テレーザの言葉に僕は首を傾げる。
 するとテレーザはクスクスと笑いながら頭を振った。



「ああ、ちょっと違うかな…実はこの町の外れに大きな屋敷があるらしくって。そこに昔エーデルヴァイス夫人って人が住んでいたらしいの」

 そう語るテレーザもなぜか疑問符を浮かべているような顔つきで。
 具体的な頼みの内容はあまりよく分かっていないらしい。
 僕だって18年間この町に過ごしてはいるけれど、そんな夫人の名前も屋敷も初めて聞いたくらいだ。

「でしょでしょ? 私もエーデルヴァイス夫人なんて初めて聞いた。でもどうやら私たちが生まれるより前に亡くなったらしくってね…で、その夫人の絵を描いてほしいの」

 昔に亡くなった人を?
 まあ、肖像画があれば描けなくはないけど…。

「その屋敷…今は誰も住んでいないみたいなんだけど、そこには今も夫人の私物がそのまま残されているらしいの、それで肖像画とかを参考にして描いてみて欲しい―――」
「ちょっと待って、僕がその屋敷に行くみたいな感じだけど…」

 するとテレーザは迷うことなく首を縦に振った。
 「そうよ」なんて笑顔で。

「待って待って! そんな何十年も誰も住んでない屋敷に僕一人で行くなんて…」

 少し背筋がゾッとした。
 絶対そんな場所、廃墟と化しているに決まっているから。
 けど、ここでテレーザは僕の弱みに付け込んできた。

「画材、欲しいんでしょ? 最高級の一式、揃えてあげるから」

 そう言われると僕は何も言い返せない。

「じゃあ決まり! 詳しいことはまた後日、私の執事が教えてくれると思うから。楽しみにしててね!」

 テレーザはそう言い残し、僕を置いてさっそうと人波の向こうへと消えてしまった。
 取り残された僕には、ちょっとの喜びと、それ以上の不安が募っていく。

「屋敷に行って『エーデルヴァイス夫人を笑顔にして』だなんて…わけわからないよ……」

 ポツリと、僕は独り言を言って、しばらくその場で呆然としていた。








 だけど、このときの僕はまだ知らなかったんだ。
 この依頼によってあんな体験をすることになるだなんて……想像もしていなかった―――。
 
 





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

未来スコープ  ―キスした相手がわからないって、どういうこと!?―

米田悠由
児童書・童話
「あのね、すごいもの見つけちゃったの!」 平凡な女子高生・月島彩奈が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。 それは、未来を“見る”だけでなく、“課題を通して導く”装置だった。 恋の予感、見知らぬ男子とのキス、そして次々に提示される不可解な課題── 彩奈は、未来スコープを通して、自分の運命に深く関わる人物と出会っていく。 未来スコープが映し出すのは、甘いだけではない未来。 誰かを想う気持ち、誰かに選ばれない痛み、そしてそれでも誰かを支えたいという願い。 夢と現実が交錯する中で、彩奈は「自分の気持ちを信じること」の意味を知っていく。 この物語は、恋と選択、そしてすれ違う想いの中で、自分の軸を見つけていく少女たちの記録です。 感情の揺らぎと、未来への確信が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第2作。 読後、きっと「誰かを想うとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
*「第3回きずな児童書大賞」エントリー中です* 最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

少年イシュタと夜空の少女 ~死なずの村 エリュシラーナ~

朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
イシュタは病の妹のため、誰も死なない村・エリュシラーナへと旅立つ。そして、夜空のような美しい少女・フェルルと出会い…… 「昔話をしてあげるわ――」 フェルルの口から語られる、村に隠された秘密とは……?  ☆…☆…☆  ※ 大人でも楽しめる児童文学として書きました。明確な記述は避けておりますので、大人になって読み返してみると、また違った風に感じられる……そんな物語かもしれません……♪  ※ イラストは、親友の朝美智晴さまに描いていただきました。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

【完結】またたく星空の下

mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】 ※こちらはweb版(改稿前)です※ ※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※ ◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇ 主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。 クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。 そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。 シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。

【運命】と言われて困っています

桜 花音
児童書・童話
小6のはじまり。 遠山彩花のクラスである6年1組に転校生がやってきた。 男の子なのに、透き通るようにきれいな肌と、お人形さんみたいに、パッチリした茶色い瞳。 あまりにキレイすぎて、思わず教室のみんな、彼に視線が釘付けになった。 そんな彼が彩花にささやいた。 「やっと会えたね」 初めましてだと思うんだけど? 戸惑う彩花に彼はさらに秘密を教えてくれる。 彼は自らの中に“守護石”というものを宿していて、それがあると精霊と関われるようになるんだとか。 しかも、その彼の守護石の欠片を、なぜか彩花が持っているという。 どういうこと⁉

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

処理中です...