エーデルヴァイス夫人は笑わない

緋島礼桜

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5日目~2

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「―――アンナ! 聞いてくれアンナ!」



 湖の中なのに不思議と僕の声はアンナに届いたようだった。





おにいちゃん…そのなまえで、よばないでっていったでしょ…?





 冷たい水とはまた別の何かが、僕の身体を締めつけ、苦しめていく。
 もがくことも出来ない。
 苦しくて、助けを呼ぶことも出来ない。
 それでも、僕は締めつけるその何かに触った。

「アンナ、もう良いんだ。苦しまなくて良いよ、苦しめなくて良いよ…」

 触れたその何かを、僕は優しく撫でる。

「怖かったよね、辛かったよね…ごめんね、誰もアンナのこと気がつかなくてごめんね」















「――――わたしは…あやまってもらうようなこと、されてないよ?」
「良いんだ、僕が謝りたいだけだから…」

 冷たかったその何かが、アンナの形へと変わっていく。

「わたしは、パパにかまってほしかっただけなのに…ママにほめてもらいたかっただけなのに」
「うん、そうだよね…」
「なのに、じゃまだってうるさいって、いつもいつもおこられて、たたかれて…ごはんもくれなくて……」
「いたかったよね、ごめんね」
「ううん、わたしがわるかったからしかたないの…」

 アンナのすすり泣く声が聞こえてきた。
 僕は更にアンナを優しく抱きしめる。

「だから、しんじゃったのも…わたしがわるいからだって…おもってて…でも、つめたくてこわくて……だから、パパとママにたすけてってさけんでたの…」





「でも…パパもママもいなくなっちゃって、ずっとさびしくて……だから、もうだれもいなくなってほしくなかったの…」



 だから夫人にも憑りついてしまい、今もこうして僕に憑りつこうとしている。
 けれど、もうそんな悲しい結末にはさせない。させたくない。

「もう寂しくないよ…僕が一緒にいてあげるから」
「…ほんとう?」
「うん」
「ずっとずっと?」
「ずっとずっと」

 だってそれがアンナを助ける、僕が助けてあげられる唯一の方法だから。
 例えこの方法がまちがいだとしても、これで友だちが救えるなら後悔はないよ。
 そう思って僕は目を閉じた。
 不思議と、苦しくなくなってきた。
 冷たさが心地良くなってきて、何だか眠くなってきたくらいだ。




 



 






おにいちゃん、おやすみ。





 うん、おやすみ。














 ◆






 その後、私が迎えに行ってもオットー様は姿を現さず。
 見つけることが出来ませんでした。
 屋敷の中を警官たちが捜索しましたが、そこでも見つからず…。



 しかし、それ以降は屋敷にも湖にも、悪い噂や怖い話といったものが聞こえてくることはなくなりました。
 屋敷はしばらくして取り壊され、湖には観光客が姿を見せるようになってきたからです。
 ですがおそらく、誰も知ることはないのでしょう。
 こうして湖に人が集まってくるようになったのは、1人の青年のおかげであるということを。
 そこに憑りついていた哀しい幽霊の女の子を、その身をもって救ったのだということも。





 ですがオットー様…。
 貴方はまちがっています。
 貴方は肝心なことを忘れていました。
 誰も笑っていないのです。
 依頼したエーデルヴァイス夫人の絵も笑っていないまま。
 アンナも、テレーザ様も、そして貴方自身も…誰も笑っていません。
 これではいつまでも、誰も笑えないままなのです。








     ~fin~







   
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