観客席のモブは、恋をする予定じゃなかった

しろうさぎ

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おかしな主人(ある護衛side)

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護衛騎士、あるいは護衛魔法師を志す者の間で、密かに“憧れの職場”と噂される屋敷がある。

実力主義。待遇は破格。
研修は地獄だが、務めれば一生の安定。

俺は学生時代、色恋沙汰に目もくれず、ひたすら鍛錬と勉学に打ち込んだ。その努力が実りようやく就職を許された時は、両親も姉も一緒になって嬉し泣きした。

新人研修は凄まじかった。
朝、目が覚めるたびに(良かった……まだ生きてる)と本気で安堵する。

実戦形式の魔物討伐。夜通しの結界維持。
極寒地での隠密訓練。毒耐性試験。
何度も死を覚悟した。

そして迎えた最終試験。
これを突破すれば一人前。失敗すれば、また研修地獄に振り出しだ。
それだけは絶対避けなければ…。

最終試験内容は極秘。
先輩に聞いても、誰も教えてくれなかった。

ただ一言。
「覚悟した方がいい。年々難易度が上がっている」
「無事を祈る」
まるで戦場に送り出す口ぶりだった。

俺は覚悟した。
ダンジョン最深部か。敵国潜入か。それとも暗殺任務か。

当日、護衛リーダーから告げられた内容は――

「君には、ある町に行ってもらう」
「はいっ!」
「そこで、ある少女の写真を撮って帰還せよ。それだけだ」
「はっ…はい??」

討伐でも潜入でもない。
え、少女?少女って女の子?…の写真?
聞き間違いか?

「いいか、絶対に誰にも見つかるな」

リーダーの声は真剣だった。

「町の者に気づかれる隠密しかできないなら、その時点でお前は死んでいると思え。対象にも気づかれるな。そして、撮影後が最も危険だ。任務終了し、帰還するまで絶対に気を抜くなよ」

「……はぁ」

気の抜けた返事が出た。

「写真は十枚以上。多ければ多いほど良い」
「わかりました……」

意味不明すぎる試験内容に首を傾げながらも、とにかく行くしかないと歩き出した俺の背中にリーダーがポツリと呟く。

「意識のある状態で戻って来られるといいな」

…不穏すぎる。



予想に反し、町は穏やかだった。

花屋。
パン屋。
噴水。
のどかな空気。

そして、対象。
――なにアレ、超可愛い。

金の髪が陽に透け煌めき、瞳は角度によって虹色に輝く。
笑った顔がめちゃくちゃ可愛い。
最終試験の対象ということは、もしかしたら人間じゃないのかもしれない。うん、妖精や天使だと言われた方が納得だ。

完璧な隠密。
魔力遮断。
気配断ち。

問題なく二十枚以上撮影成功。

(なんだ、簡単じゃないか)

そう思った瞬間。
背後で、ぞわりと空気が凍った。

振り返るより先に――視界が、暗転した。



目が覚めた時、俺は屋敷の応接間の床に転がされていた。
体は麻縄でぐるぐる巻き。ピクリとも動けない。

……なぜ。

横のソファーには、雇い主である当主夫妻。
そして、見覚えのない美しい男。

その男は、露骨に不機嫌だった。

「あの町は試験場ではない。俺を試験官にするのはやめてくれ」

低い声。
美しい顔が、明確に“迷惑だ”と語っている。

主人がオロオロしている。
あの、常に威厳に満ちた当主が。

「いや……だがな……アイリスの成長記録が……」

成長記録?
俺、成長記録を撮らされていたの?

「町にいる時は護衛はつけないと、7年前に約束したよな?」

7年前の約束ってなんだ?
っていうか、みんな俺のこと放置かよ。
せめて縄を解いて欲しい。

「これは護衛ではない」

当主、目が泳いでるよ。

「そうよ、そうよ!見守っているだけだわ!」

奥様まで身を乗り出した。
淑女の鑑と呼ばれるあの奥様が。

「護衛も見守りも、監視も観察も、推し活も!ダメだと何度言えば分かる?!」

……最後、推し活って言った?

「ぐっ……なら、アイリスに会わせてくれ。三日に一度……いや、週一でもいい!」

多い。
俺でも分かる、多いよ。
当主と女の子がどういう関係かわからないけど、多いと思う。

「多いわ!会わせない!第一、身分が違いすぎるだろう」

「ならどうしろと言うんだ!」

「来るなと言っている!」

「推しが見れなくなったら死んでしまう!!」

「そうよ!私たちの楽しみを奪わないで!」

……。

……。

俺は一体何の任務をさせられてるんだ?
訳がわからないまま、当主夫妻と男の顔を交互に見つめる。

美しい男は深くため息を吐き、そして、ちらりとこちらを見た。

「……で、この新人は?」

「優秀だろう?気づかれずに二十枚だぞ」

「俺は気づいていたがな」

は?いつから?

「隠密は合格だ。だが、俺に気づけなかったのが減点だな」

ってことは、この美しい男性が俺をぐるぐる巻きに?

「次からは、アイリスを巻き込むな」

その瞬間。
空気が震えた。

――すさまじい圧。魔力。

俺は本能で悟った。
この男、とんでもなく、強い。
最終試験とは“この男に気づかれずに撮影すること”か…。

「ほどけ」

男が指を鳴らすと、縄が解けた。

「……次は気絶では済まない」

あまりの気迫に、思わず正座をし、コクコクと頷く事しか出来なかった。

凍り付いた空気の中、当主が恐る恐る口を開く。

「……セドリック、写真は……?」

「ダメだ」

即答。

「全部没収する」

「そんな!あんまりよ!」

奥様が立ち上がる。

「半分!十枚だけでいい!」

必死で食い下がる当主。

「えぇ、そうね!十枚選ばせてちょうだい。それで我慢するわ。ね、そうしましょう?」

「ダメだ」

次の瞬間、ぼっ、と音を立てて写真が燃え上がった。

一瞬だった。魔力の炎。
紙だけを正確に焼き尽くす制御。
灰すら残らない。

当主夫妻、絶望。

「……推しが……」
「成長記録が……」

床に崩れ落ちる二人。
え、そんなに?そんなにあの少女の写真が欲しかったの?

そんな当主夫妻を無視して、美しい男は俺を一瞥する。

「……腕は悪くない」

それだけ言い残し、優雅に踵を返した。
扉が閉まる。

沈黙に混じって奥様のすすり泣く声が聞こえる中、俺は、おずおずと手を挙げた。

「あの……」

床に伏したままの主人が、虚ろな目でこちらを見る。

「……なんだ……」

「俺、復元できますけど……」

沈黙。

次の瞬間、バッ、と主人が跳ね起きた。

「何だと?!」

奥様も顔を上げる。

「今、何て?」

「ええと……魔力痕跡を辿れば、完全再現できます。さっき燃えた程度なら、鮮明に」

主人の目が、輝いた。

「採用だ!永年雇用を約束しよう!」

奥様が両手を握る。

「あなたは今日から“アイリス専属記録係”よ!」

……え?

俺の評価が爆上がりした瞬間だった。


――きっと、あの男は気づいていたのだろう。俺が復元できることも。

絶対わざとだ。
“完全禁止”ではなく、“見逃し”。
本当に、強い人ほど余裕がある
(……ヤバッ。カッコイイ)

そして理解した。あの少女は、愛されすぎている。

そして、この屋敷の主人は間違いなく――
おかしい。

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