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娘の初恋(母:ロザリアside)
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娘の淡い初恋に、最初に気づいたのは私だった。
その日、アイリスが花の配達に出かけてしばらくした頃。
町の外縁に、見慣れない魔力がひとつ滑り込んできた。
私は、ほんの一瞬だけ視線を細める。
粗い。けれど悪意はない。
殺気も、焦りも、敵意も感じられない。
店先にいた主人が、同じタイミングで顔を上げ、次の瞬間には、何気ない足取りで外へ出ていく。
……あら、もう行ったのね。
心配はいらないわね。この町に住まう限り…主人がいる以上、アイリスに危険はまず近づけない。――まあ、少し大袈裟なくらいだけれど。
その日の夜、アイリスから放たれる魔力が少しだけホワホワしていて、あらら?と思ったけれど、しばらく見守る事にした。
それから数日おきに、同じ魔力が町に入ってくるようになった。
三日に一度ほど。隠そうとはしているけれど、まだ未熟なコントロール。若い子ね、とすぐに分かる。アイリスの行動範囲と重なっているから、会いに来ているのは間違いないし、アイリスも望んで一緒にいるのだろう。
ふふ。娘の甘酸っぱい変化に、私は何も言わない。
主人も何も言わない。言わないけれど、日に日に機嫌が悪くなる。
そして、どうやら気づいているのは私たちだけではないようで…
(シリル、今日も来ているわね)
もう一つの魔力。
あの二人の屋敷の新人護衛。
一年ほど前から、週に二、三度。
アイリスの写真を撮りに来ては、毎回主人に見つかっている。
見つかっては、没収。没収されては、逃走。
主人は「迷惑だ」と言うけれど、追い払う時の顔は、どこか楽しそうだから、シリルの事は気に入っているんだと思う。
それにしても、困った大人達だこと。
あの二人の執着と愛情の行き場が、私たち夫婦から娘へと移ってしまった。悪意はなく、溺れるほどの愛情。けれど、やっていることは盗撮にストーカーだわ。アイリスがいつか気づいたら、どう思うかしら。
そんなことを考えながら、花の仕入れから戻った夕方。
ふと窓の外に目を向ける。
川沿いの道。
夕焼けに溶けるような光の中で、アイリスが誰かと話していた。
……男の子?
花束を抱えたアイリスの隣に、例の魔力の主が立っていた。
背丈はまだ伸びきっていない。けれど、立ち姿が妙に整っている。
距離の取り方が、不自然なくらい慎重で紳士的。
(あら、なるほど…魔法ね)
顔に、薄く魔力がかかっている。隠すための魔法だわ。
セドリックほど鋭くなくても、私には分かる。
私は、静かに魔力を流した。
灯りをともすほどでもない、ほんの細い探査。
顔にかかる魔法の層を、そっと撫でる。
……あら。
術式の組み方に、見覚えがある。
輪郭が、ほんのわずかに揺らいだ。
整った眉。
強めの視線。
そして何より――魔力の質。
なるほど。思わず、口元が緩む。
「そう……あの人の息子だったのね。ふふ」
「笑い事じゃない」
いつの間にか横に立っていた主人は、ムッとした顔で少年をじっと見据えている。
学生時代、何度も何度も、言葉巧みに距離を詰めてきた彼。
その血を引く少年が、今、私の娘の隣にいる。
ふふ。血は争えない、というべきかしら。
「あの子も、あの人も害はなかったでしょう?」
「大アリだ!」
即答だった。
「アイツの息子だぞ?学生時代、何度も何度も、君に言い寄っていたじゃないか」
苛立ちを隠そうともせず、セドリックは吐き捨てる。
「顔を隠して近づくなんて、余計に信用ならない。……血は争えないということか」
ロザリアは、くすっと小さく笑った。
「私はあなたしか見ていなかったわよ?」
「君のことになると、余裕がなくなる…。はぁ。アイツの息子もアイリスには近づけたく無いんだ」
「あら、娘の初恋を邪魔するの?」
「初っ…初恋?!冗談はよしてくれ!あれは友人にもなり得ない!」
「あらあら、困ったお父さんね」
「ロザリア、勘弁してくれ。あの親子共々消したくなってしまう」
「ふふふ。だめよ。ね、シリルもそう思うわよね?」
今日も主人に捕まったのだろう。
引きずられ、主人の足元に転がされているシリルに目を向ける。
「…良かった。俺のことなんて見えてないのかと思いました。」
「ロザリアに話かけるな。ロザリアも笑顔を見せる必要は無い」
「うわぁ、独占欲の塊っすね…」
「ほぉ、まだまだ元気があるようだな。今日は意識を失うまで訓練してやろう」
「むっ…ムリムリムリ!ぎゃっ!いだだだっ!引きずらないで!」
ザリザリと石畳の町を引きずられて行くシリルの背に、頑張ってね、と苦笑しながら見送る。
私はもう一度、窓の外に目を向ける。
幸せそうに笑うアイリスと少年に、どうかこのまま穏やかな日々が続きますように、とそっと祈った。
その日、アイリスが花の配達に出かけてしばらくした頃。
町の外縁に、見慣れない魔力がひとつ滑り込んできた。
私は、ほんの一瞬だけ視線を細める。
粗い。けれど悪意はない。
殺気も、焦りも、敵意も感じられない。
店先にいた主人が、同じタイミングで顔を上げ、次の瞬間には、何気ない足取りで外へ出ていく。
……あら、もう行ったのね。
心配はいらないわね。この町に住まう限り…主人がいる以上、アイリスに危険はまず近づけない。――まあ、少し大袈裟なくらいだけれど。
その日の夜、アイリスから放たれる魔力が少しだけホワホワしていて、あらら?と思ったけれど、しばらく見守る事にした。
それから数日おきに、同じ魔力が町に入ってくるようになった。
三日に一度ほど。隠そうとはしているけれど、まだ未熟なコントロール。若い子ね、とすぐに分かる。アイリスの行動範囲と重なっているから、会いに来ているのは間違いないし、アイリスも望んで一緒にいるのだろう。
ふふ。娘の甘酸っぱい変化に、私は何も言わない。
主人も何も言わない。言わないけれど、日に日に機嫌が悪くなる。
そして、どうやら気づいているのは私たちだけではないようで…
(シリル、今日も来ているわね)
もう一つの魔力。
あの二人の屋敷の新人護衛。
一年ほど前から、週に二、三度。
アイリスの写真を撮りに来ては、毎回主人に見つかっている。
見つかっては、没収。没収されては、逃走。
主人は「迷惑だ」と言うけれど、追い払う時の顔は、どこか楽しそうだから、シリルの事は気に入っているんだと思う。
それにしても、困った大人達だこと。
あの二人の執着と愛情の行き場が、私たち夫婦から娘へと移ってしまった。悪意はなく、溺れるほどの愛情。けれど、やっていることは盗撮にストーカーだわ。アイリスがいつか気づいたら、どう思うかしら。
そんなことを考えながら、花の仕入れから戻った夕方。
ふと窓の外に目を向ける。
川沿いの道。
夕焼けに溶けるような光の中で、アイリスが誰かと話していた。
……男の子?
花束を抱えたアイリスの隣に、例の魔力の主が立っていた。
背丈はまだ伸びきっていない。けれど、立ち姿が妙に整っている。
距離の取り方が、不自然なくらい慎重で紳士的。
(あら、なるほど…魔法ね)
顔に、薄く魔力がかかっている。隠すための魔法だわ。
セドリックほど鋭くなくても、私には分かる。
私は、静かに魔力を流した。
灯りをともすほどでもない、ほんの細い探査。
顔にかかる魔法の層を、そっと撫でる。
……あら。
術式の組み方に、見覚えがある。
輪郭が、ほんのわずかに揺らいだ。
整った眉。
強めの視線。
そして何より――魔力の質。
なるほど。思わず、口元が緩む。
「そう……あの人の息子だったのね。ふふ」
「笑い事じゃない」
いつの間にか横に立っていた主人は、ムッとした顔で少年をじっと見据えている。
学生時代、何度も何度も、言葉巧みに距離を詰めてきた彼。
その血を引く少年が、今、私の娘の隣にいる。
ふふ。血は争えない、というべきかしら。
「あの子も、あの人も害はなかったでしょう?」
「大アリだ!」
即答だった。
「アイツの息子だぞ?学生時代、何度も何度も、君に言い寄っていたじゃないか」
苛立ちを隠そうともせず、セドリックは吐き捨てる。
「顔を隠して近づくなんて、余計に信用ならない。……血は争えないということか」
ロザリアは、くすっと小さく笑った。
「私はあなたしか見ていなかったわよ?」
「君のことになると、余裕がなくなる…。はぁ。アイツの息子もアイリスには近づけたく無いんだ」
「あら、娘の初恋を邪魔するの?」
「初っ…初恋?!冗談はよしてくれ!あれは友人にもなり得ない!」
「あらあら、困ったお父さんね」
「ロザリア、勘弁してくれ。あの親子共々消したくなってしまう」
「ふふふ。だめよ。ね、シリルもそう思うわよね?」
今日も主人に捕まったのだろう。
引きずられ、主人の足元に転がされているシリルに目を向ける。
「…良かった。俺のことなんて見えてないのかと思いました。」
「ロザリアに話かけるな。ロザリアも笑顔を見せる必要は無い」
「うわぁ、独占欲の塊っすね…」
「ほぉ、まだまだ元気があるようだな。今日は意識を失うまで訓練してやろう」
「むっ…ムリムリムリ!ぎゃっ!いだだだっ!引きずらないで!」
ザリザリと石畳の町を引きずられて行くシリルの背に、頑張ってね、と苦笑しながら見送る。
私はもう一度、窓の外に目を向ける。
幸せそうに笑うアイリスと少年に、どうかこのまま穏やかな日々が続きますように、とそっと祈った。
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