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「では、よろしくお願いします。」
言い残し、彼は出て行った。
ダブルベッドのホテルの一室にあたしは見知らぬ男と2人、取り残された。
男は30代半ばと言ったところだろうか。
「君は、この状況が理解できるか?」
言われてあたしは男を見上げた。
少なくとも今あたしをここに置き去りにした恋人よりは端正な顔立ちだ。
背も高い。
「貴方に抱かれてくるようにいわれましたので。」
言うとその人は苦笑した。
「ああ、僕は…那賀陽介という。
あの男の上司だ。」
そう言って那賀さんは胸のポケットからカードケースを出し、備え付けのテーブルでそこに置いてあったボールペンでカードケースから出したカードに何かを書き付けた。
「あの男は君を僕に売りつけるのと引き換えに移動を希望して来た。」
「売りつけ、ですか?レンタルかと…。」
あの男から聞いたこととの違いにあたしは目を見張った。
「ああ。
少し話をしようか?
窓際にあるソファに座って。」
勧められるままあたしはソファに座る。
カバンからスマホを取り出し、電源を切り、中に戻した。
ふと窓の外を見ると遠くに海が見える。
手前には街の灯りがよく見える。
港近くにある観覧車も見えた。
そういえばあの観覧車に乗るためにデートしたな。
「コーヒーと紅茶、どちらがいい?」
「紅茶でお願いします。」
しばらくするとストレートの紅茶とスティックシュガー、ミルクとスプーンが目の前に置かれた。
那賀さんの目の前には缶ビール。
「ありがとうございます。」
あたしたちは向かい合って座る。
那賀さんはさっき何かを書き付けたカードをあたしに差し出した。
名刺だった。
長田産業株式会社 統括事業部 3課課長 那賀陽介と書いてある。
会社の住所、課への直通電話の番号も書かれてある。
「君の事も教えてくれる?」
「はい。
久坂やよい、来年の3月で21になります。
現在は藤森歯科衛生士学校の3年で、3月に卒業予定です。」
国家試験の準備と共に就職活動もしていて、職場見学をすることもあり、自己紹介はお手の物だ。
しかし。
この那賀さんはあたしをあの男から買ってどうするのだろうか。
あの男のようにあたしを抱き潰すのだろうか。
「久坂さん、僕はあの男の希望通りにはさせないつもりだが、君は今後あの男とはどうするつもりがある?」
どうする、とはどういうことだろうか。
「少しおっしゃる意味がわからないのですが…。」
あたしが言うと那賀さんはビールを一口飲んだ。
「そうだな、僕は「君の彼女は抱き心地がよくないから返すし、君の望みには応じられない。」とあの男に言って君を返したとして。
君はあの男と寄りを戻すのか?」
「…いえ。
以前から別れたいと思っていましたので、来年の3月で連絡を切ろうと準備をしていました。」
あの男と付き合ってもう直ぐ3年。
抱かれることしかないあたしはもう必要ないだろう。
ましてや男が昇進するための駒として扱われてしまっては。
「それを僕が手伝っても?」
「…え?」
あたしは聞き返した。
「あの男を油断させるには久坂さんが僕と付き合っているように見せ掛けたほうがいいだろう。
そうすれば君はあの男から呼び出しを受けずに済むし、勉強に集中することもできる。」
勉強に集中する…。
あたしにとっては魅力的な言葉だ。
今までは男が出張から帰ってくるたびに呼び出され、夜遅くまで抱かれていた。
大学生であればそれでも良いのかもしれないけど、専門学校に通うあたしにはよいことはない。
単位は1つも落とせない。
実習期間は遅刻厳禁。
レポートは下手をすると毎日のようにあるのに無理やり抱かれて、泣いたことは数え切れない。
「でも…。」
あたしにとってはいいことかもしれないけど。
「僕のメリット?」
あたしは頷く。
「そういえば、ないねぇ。
たまに食事に付き合ってくれる?
おじさん若い女の子と付き合うことないから。」
おじさんて。
こうしておじさんこと那賀さんとのおつきあいは始まった。
名刺の裏にはプライベートの番号とメアドが書かれていた。
「クリスマスの予定はある?」
12月のある土曜日。
あたしは那賀さんの自宅にいた。
「1日勉強の予定です。」
冬休みに入るから自己学習するしかない。
国家試験まで3か月を切った。
そして今日もデートと偽って那賀さんの家で勉強している。
「就職活動はすすんでる?」
「なかなか。難しいです。」
勉強と就職活動の両立なんて難しい。
学校でも紹介してくれたりはするが、やはり都内が多く、悩むところだ。
「都内で知り合いが衛生士を募集しているんだけど見学に行かない?」
また都内。
日帰りで遊びにいくのはいいけど、仕事をするには住むところから探さないといけなくて、都内で探すことは諦めている。
「都内、ですか…。」
言い残し、彼は出て行った。
ダブルベッドのホテルの一室にあたしは見知らぬ男と2人、取り残された。
男は30代半ばと言ったところだろうか。
「君は、この状況が理解できるか?」
言われてあたしは男を見上げた。
少なくとも今あたしをここに置き去りにした恋人よりは端正な顔立ちだ。
背も高い。
「貴方に抱かれてくるようにいわれましたので。」
言うとその人は苦笑した。
「ああ、僕は…那賀陽介という。
あの男の上司だ。」
そう言って那賀さんは胸のポケットからカードケースを出し、備え付けのテーブルでそこに置いてあったボールペンでカードケースから出したカードに何かを書き付けた。
「あの男は君を僕に売りつけるのと引き換えに移動を希望して来た。」
「売りつけ、ですか?レンタルかと…。」
あの男から聞いたこととの違いにあたしは目を見張った。
「ああ。
少し話をしようか?
窓際にあるソファに座って。」
勧められるままあたしはソファに座る。
カバンからスマホを取り出し、電源を切り、中に戻した。
ふと窓の外を見ると遠くに海が見える。
手前には街の灯りがよく見える。
港近くにある観覧車も見えた。
そういえばあの観覧車に乗るためにデートしたな。
「コーヒーと紅茶、どちらがいい?」
「紅茶でお願いします。」
しばらくするとストレートの紅茶とスティックシュガー、ミルクとスプーンが目の前に置かれた。
那賀さんの目の前には缶ビール。
「ありがとうございます。」
あたしたちは向かい合って座る。
那賀さんはさっき何かを書き付けたカードをあたしに差し出した。
名刺だった。
長田産業株式会社 統括事業部 3課課長 那賀陽介と書いてある。
会社の住所、課への直通電話の番号も書かれてある。
「君の事も教えてくれる?」
「はい。
久坂やよい、来年の3月で21になります。
現在は藤森歯科衛生士学校の3年で、3月に卒業予定です。」
国家試験の準備と共に就職活動もしていて、職場見学をすることもあり、自己紹介はお手の物だ。
しかし。
この那賀さんはあたしをあの男から買ってどうするのだろうか。
あの男のようにあたしを抱き潰すのだろうか。
「久坂さん、僕はあの男の希望通りにはさせないつもりだが、君は今後あの男とはどうするつもりがある?」
どうする、とはどういうことだろうか。
「少しおっしゃる意味がわからないのですが…。」
あたしが言うと那賀さんはビールを一口飲んだ。
「そうだな、僕は「君の彼女は抱き心地がよくないから返すし、君の望みには応じられない。」とあの男に言って君を返したとして。
君はあの男と寄りを戻すのか?」
「…いえ。
以前から別れたいと思っていましたので、来年の3月で連絡を切ろうと準備をしていました。」
あの男と付き合ってもう直ぐ3年。
抱かれることしかないあたしはもう必要ないだろう。
ましてや男が昇進するための駒として扱われてしまっては。
「それを僕が手伝っても?」
「…え?」
あたしは聞き返した。
「あの男を油断させるには久坂さんが僕と付き合っているように見せ掛けたほうがいいだろう。
そうすれば君はあの男から呼び出しを受けずに済むし、勉強に集中することもできる。」
勉強に集中する…。
あたしにとっては魅力的な言葉だ。
今までは男が出張から帰ってくるたびに呼び出され、夜遅くまで抱かれていた。
大学生であればそれでも良いのかもしれないけど、専門学校に通うあたしにはよいことはない。
単位は1つも落とせない。
実習期間は遅刻厳禁。
レポートは下手をすると毎日のようにあるのに無理やり抱かれて、泣いたことは数え切れない。
「でも…。」
あたしにとってはいいことかもしれないけど。
「僕のメリット?」
あたしは頷く。
「そういえば、ないねぇ。
たまに食事に付き合ってくれる?
おじさん若い女の子と付き合うことないから。」
おじさんて。
こうしておじさんこと那賀さんとのおつきあいは始まった。
名刺の裏にはプライベートの番号とメアドが書かれていた。
「クリスマスの予定はある?」
12月のある土曜日。
あたしは那賀さんの自宅にいた。
「1日勉強の予定です。」
冬休みに入るから自己学習するしかない。
国家試験まで3か月を切った。
そして今日もデートと偽って那賀さんの家で勉強している。
「就職活動はすすんでる?」
「なかなか。難しいです。」
勉強と就職活動の両立なんて難しい。
学校でも紹介してくれたりはするが、やはり都内が多く、悩むところだ。
「都内で知り合いが衛生士を募集しているんだけど見学に行かない?」
また都内。
日帰りで遊びにいくのはいいけど、仕事をするには住むところから探さないといけなくて、都内で探すことは諦めている。
「都内、ですか…。」
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