夢のあとに

梨花

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俺の話。

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俺が彼女と出会ったのは合コンだった。
俺の同僚とその従姉妹の主催の合コン。
そもそも合コンに興味はない。
女の子に興味がないことはないが、そこで知り合ったからと言って俺の満足する付き合いができないからだ。
俺はいわゆるSMでないと満足できないのだ。
勃つことは勃つがプレイを挟まないと満足できない。
通常の付き合いではそれなりにしかならないのだ。
合コンで出会った彼女は見るからに清楚系な人だった。
職場の先輩という立場もあってか、露出の少ない服、ストレートの肩につく程の黒髪をバレッタでとめてあるだけだった。
この人を躾けてみたいと無性に思った。
澄ました顔を、苦痛に歪めさせ、喘がせてみたいと思った。
動画や写真では見たことがあるが、実際にはどうなのだろう。
合コンの後、俺は同僚に頼み、彼女と連絡を取りお付き合いのようなものを始めた。

子供のお付き合いみたいなことをしていた俺達だが、ある日SMバーにいたところに彼女が同期会の二次会で来て、流れで俺がSであることがばれ、彼女を皆の前で緊縛するということをやらかしてしまった。
その前から少しずつ彼女に対する感情が変わってきていた。
ありていにいうならば、俺のほうが彼女に堕ちた。
初めに彼女に対して抱いた気持ちは持ちつつ、いわゆる普通の恋人としても大切にしたいと思うようになっていた。
彼女を手離したくないと思うばかりに、彼女に対して触れることすら怯えるようになった。
触れてしまえば色んな思いが絡み合って何をしでかすか自分でも分からない。下手をすれば彼女自身を殺しかねない。
そんな中で俺は彼女を自分の思うがままに縛り上げた。
ノーブラの彼女の胸元をいやらしく強調するように縛った俺は後悔した。
彼女は俺が作り上げた舞台に飲まれていた。
俺の事を御主人様と呼ばせ何1つ言えない状況で、縛られることに悦びを感じていたのだ。
そんな彼女を見せたくなくて俺は彼女の同期達に恋人であることをいい、その日初めて自分の家に連れて帰った彼女を抱いた。


それから数週間たった土曜日、実家住まいの弟から電話がきた。
友人と飲んでいたら終電に乗り損ねたので泊めてほしいというものだった。
友人は同棲中ということで泊めてもらえないということで仕方なく迎えに行った。
弟は申し訳なさそうにしていたので許すことにした。
コンビニに寄って飲み物や朝食べられそうなパンを買い込んで車に戻ると、先に戻っていた弟がじっと俺を見た。
「ダッシュボードにぽち袋が大量に入ってるんだけど、何?」
驚いてみせてもらうとさまざまなぽち袋があった。ただしお札を四つ折りにしてキッチリ入る大きさ、柄や手触りで和紙だとわかる。ひょっとすると手作りかもしれない。
そのぽち袋の表にはお車代、裏には日付けが入っている。
「兄貴、お嬢様の足係でもやってんの?」
相手はその日付けに車に乗せた人。
そんな相手は1人しかいない。
「俺の彼女だ。」
「はぁ?
兄貴デートの車代、彼女に出させてるの?」
「だったらこんなところにあるわけないだろう!」
「だよなぁ。
キッチリしてるし、ある意味怖い人だな。」
「え?」
「誰か別の女の子を助手席に乗せるだろ。女の子って結構遠慮なくあちこち開けるからダッシュボードも簡単に開ける。そうすると出てくるのが大量のぽち袋。ましてやデートの日付け入り。ひくと思うね。いろんな意味で。」
「彼女はきちんとした人なんだよ。」
ため息をつき、エンジンをかけた。
「兄貴、その人、彼女って言ったけど恋人なの?」
「俺はちゃんとそのつもりで付き合っているつもりだけど。」
「相手の人はどうなんだろうね?」
「どうって…。」
言われて考えた。
付き合い始めて8カ月。
よく考えてみれば彼女は我儘を言わない。
誕生日も知らない。
貴金属の類いを贈ったこともない。
食事に行っても帰りの車でお金を押し付けられる。
「兄貴の家って彼女が来てますって感じしねーな。」
「?」
「普通彼女の歯ブラシとか、彼女のカップぐらいあるだろ?相手の人は兄貴の事、セフレぐらいにしか思ってねーか、あるいは逆か、だなあ。
別れるの、時間の問題じゃね?」
「逆って、俺が彼女のことをセフレ扱いしてるということか?」
「そういうふうに捉えられても仕方ないよな、兄貴、イケメンだし。」
ため息しかでない。
そう思われても仕方ない。


翌朝、昨日知り合った人とデートだからと言って弟は俺の服を借りて出て行った。
俺は彼女に確認したくて彼女に電話をした。
「急に友達から呼び出されてしまって…。」
近くのショッピングモールでランチをするというので終わったら話がしたいから連絡をくれるように言った。
彼女からの連絡をまつ間に昨夜見つけたぽち袋を開けた。
中身はやはり現金ででも金額はバラバラだった。行き先に合わせて入れてくれたのだろう。
全部合わせると5万ほどになる。
全てが新券で前もって用意していたのだとわかった。
俺が電話をしてから1時間ほどで彼女から連絡がきた。
2時に待ち合わせをする。
ショッピングモール内のカフェだ。
時間前に店を覗いてみたが1人で座っている女性客は見当たらない。
ラインを送ると1人の男が来た。
「兄貴、こっち。」
弟だった。
6人掛けの席に見知らぬ男女が並びで、弟と俺の彼女が並びで座っていた。
彼女は強張った表情をしている。
「どういう状況なんだ、これは。」
「とりあえず座っていただけませんか?キョウさん。」
口を開いたのはカップルの女だった。
促されて座るが、俺の名前をそういうふうに呼ぶのは限られたヤツだけだ。
「私は遥香の同期で磐井詩央里といいます。隣にいるのは恋人の高井正博、キョウさんの弟さんの友人です。キョウさんには以前バーでお会いしましたがばたばたしていましたので。」
女はあの時の参加者か。
男が弟の友人ということは、昨日一緒に飲んだ友人はこいつということだろうか。
「どうもその節は。」
「昨夜4人で居酒屋で飲みまして、弟さんが遥香のことを大変気に入ってくださいましてね。」
何か嫌味が入っている、か?
「今日も2人でデートしたいと言うのでそこを無理矢理ダブルデートにさせました。」
「俺という相手が遥香にいるのに?」
「誕生日知らない彼氏ってどーかと思うよ?
ましてや付き合って半年過ぎた相手が指輪の1つもくれないとか、それってどう考えてもヤり捨てする気にしか見えないけど?」
弟はしれっと口にする。
「昨日からずっとこの調子で遥香は絡まれていまして、遥香の彼を見せれば諦めるかと思ってお越しいただいたのですけど。」
けど。
「びっくりしたよー。
待ち合わせ場所で会ってすぐ遥香ちゃんに電話きて、覗いたら名前が兄貴だからねー?
オレは兄貴みたいなことはしないよって言ってるんだけど、なかなか首ふってくれなくてさー。」
「こんな調子ですので。
修羅場を後学の為に見学させていただきますね。」
その間ずっと遥香は俯いていた。
「遥香は、三浦さんは、どうしたいの?」
彼女を名前で呼ぶと俺様モードになりそうで、彼女の本音が聞きたくて、呼び方を変える。
「あたしは、響也さんじゃないとイヤです。」
「…こんな女心の分からない男がいいの?」
「そんなこと、お付き合いするのに関係ありません。」
「それじゃあ納得できないなぁ。」
彼女は俺を見る。
「響也さん、いつもの呼び方させていただいてもよろしいでしょうか?」
ここでかっ。
「それでこの男に引導わたせるか?遥香。」
遥香の目の色が変わる。
本当に変わったわけではないけど。
俺のペットの顔だ。
「はい、御主人様。」
息を飲んだのは男2人。
「わたくしは、こちらにいらっしゃる響也さまの、御主人様のペットです。身も心も御主人様に捧げております。御主人様以上にわたくしを虜にできる自信はおありでしょうか?」
「あ、兄貴?」
青ざめた弟が俺をみる。
「そういうことだ。オマエに遥香の躾、できるのか?」
「躾って。」
「俺と一緒の時は必ず膝上のスカート。ガーターベルト使用。中は何も履かないこと。」
「変態だろ、それ。」
「それが俺だ。遥香はそれを受け入れ満足している。」
「だけどなっ、オレ以外の男だって彼女のこと気になってるヤツいるんだからちゃんとしろよっ!」
「もちろんそのつもりだ。」
「間違っても首輪なんか買うなよ!」
「それはもうある。
行くよ、遥香さん。」
名前を呼び彼女を立たせる。
ペットモードから抜け出せないようだ。
「は、はい。」
「磐井さん、これでよかったかな?」
女は苦笑いした。
「70点ですね。」
満足はしていただけなかったか。
財布から5千円出してテーブルに置く。
「本日の迷惑料だ。」
遥香を連れて店を出た。

ショッピングモールの外に出る。
「響也、さんっ。」
足をとめる。
「っ!」
遥香は俺の背中にぶつかる。
「遥香さんになった、ね。」
「へ?」
「僕が御主人様になると遥香さんもペットになってしまう。あいつにいつまでもペットの顔を晒したくなかった。」
振り返り、そっと抱きしめる。
「遥香さんの誕生日はいつ?」
「昨日、でした。」
「どうして教えてくれなかった?」
「だって、いつも出かけるのすごいところばかりで。月に2回ぐらいのデートじゃないとあたしのお金続かないしっ、服も買わないと、だしっ。」
「デートが割り勘なのは?」
「何かあったら、イヤ、だから…。」
「何かって俺が遥香さんを離すかもしれないということ?」
腕の中で頭が縦に動く。
「わかった。今から指輪を買いに行く。」
「え?」
「どちらにしろ指輪を買わないといけないとは思っていたけど、俺がどれだけ遥香さんを愛しているのかわかってもらう。」
「響也さんっ?」
「婚約指輪だ。
次の週末には俺の両親に会ってもらう。
それまでに遥香さんのご両親の都合、聞いておいて。」
俺は言うと抱きしめていた手を離し、手を繋いでショッピングモールの中にあるジュエリーショップへと向かった。
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