カウントダウン

梨花

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12月18日

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「鍵、かけておいて。」
中に入るなり藤田はそう言って。履き慣れない高いヒールの靴を脱ぐあたしを玄関に置き去りにした。
藤田の姿は1度リビングに入って、そこから寝室に消えた。
あたしは靴を脱いで揃え、リビングに入る。
月に何度かお邪魔する家ではあるが他人の家だ。
藤田はトレーナーにジャージという、今までに見たことのない格好で寝室から出てきた。
さっきのスーツ姿が10点ならこちらは0点だ。ベッドて全裸で寝ている時のほうがもっとかっこいい。
「風呂、先にどうぞ。」
「はい…。」
先にと言われてもすぐには入れない。
頭に刺さったピンを外していく。
キッチンからコーヒーの匂いがした。
「いっぱい刺さってるんだな。」
「はい…。」
ピンを外してルームウェアと下着を持つ。
「タオル、好きなの使って。」
「ありがとうございます。」
バスルームに入って髪の毛を念入りに洗う。
思っていたよりがっちり髪を固められていて、シャンプーは3回した。
トリートメントしている間に体も洗って、顔も2回洗った。
「お先にいただきました。」
「ああ。じゃあ俺もシャワー浴びてくる。
コーヒー入ってる。」
藤田は読みかけの本を置いてリビングを出ていった。
読みかけの本の表紙を見れば医学雑誌だった。
勉強熱心な医者だ。
あたしはキッチンでマグカップを借りてコーヒーを入れる。
少し長い話になるかもしれないからブラックのままで。

考えてみれば藤田の見た目はチャラい感じだが、医学書を読んで勉強しているところをよく見る、家でも、職場でも。

あたしが藤田に最初に惹かれたのはオペ室での手際の良さだった。
就職した時に配属されたオペ室ではいろんな先生がオペをしているのをチラ見してきた。
藤田も初めの1年は先輩ドクターの補助がメインだった。
その補助の仕方も。
他のドクターならメインドクターが声をかけてから渡す道具を、藤田は常に先を見て手元に幾つか道具を用意していた。
藤田がメインで執刀する時は逆にアシストするドクターに用意する道具を伝える。
その場ですぐに出せない道具は大きめの声で言ってナースがすぐに準備できるようにしてくれる。
何か手違いがあってもすぐに修正できるし、誰かにやつあたりすることもない。
そういえば、藤田が怒っているところなんてみたことはなかった。
そんな藤田は人気があったし、彼も当たり障りのない人間関係をこの病院で作ってきたようだ。

あたしは藤田を同期に就職したチャラい雰囲気の、観賞用のドクターと認識していた。
多分、彼に初めて抱かれた時もそんな感じだった。
体を重ねるにつれ、それまで見えなかった藤田の勉強熱心なところや、病棟で真摯に患者さんに接している姿を見て好きになっていた。

でも。
シツコイようだがもうすぐ30である。
いい加減結婚しないといけない年齢だ。
人並みに結婚、出産には願望があるから。
だから今のままではダメなのだ。
いつまでも藤田と中途半端な関係ではいられない。

「またせたな。」
「いえ…。」
ぼんやり考えている間に藤田は戻ってきていた。
「美雪は、どうして俺のことをセフレだと思ってるんだ?」
藤田はあたしの隣に座って聞いてきた。
「先生の中では現在進行形なんですね?」
あたしはこの間で終わらせたコト。
藤田は表情を変えなかった。
「俺は、美雪は恋人だと思ってきていた。」
「へ?」
恋人らしいことなど何一つなかったというのに。
誕生日もクリスマスもお互い何もなかった。
あったのはバレンタインとホワイトデーだけ。
それも義理だった。
お互いにちょっと高級なお菓子を交換しただけだ。互いの好みを聞いて。
「だ、だってっ。」
「だからお互いの認識が違うかもしれないと今月に入って思った。
関係を辞めると言われて確信した。
だから、そもそも美雪が俺をセフレだと思った理由からはっきり聞いておかないといけないんだが。」
「初めての日、このままでいいだろって…。」
「そこからか…。」
藤田はため息をついた。
初めて体を重ねた日の朝、藤田が言ったのだ、このままでいいだろって。
あたしはこのまま体の関係でいいだろっていう意味だと受け止めた。
「美雪、あの日、してる間ずっと好きだとか愛してるとか言っていたことも覚えていないんだな?」
「えぇっ?」
あたしが叫ぶと藤田は頭を抱えた。
正直、あの朝やった記憶がなかったのだ。
何を話したのかすら覚えているわけがない。
ただ下半身が重だるくてかろうじてやったんだなとわかったくらいで。
「ああ、もうっ!
俺はずっと、美雪はそういう恋人っぽいのが苦手なんだとばかり思ってたんだよ。
昼間のデートはずっと断るし、ここに来ても滅多に泊まらないし。
でも俺も奨学金の返済やここのローンやセミナーやであんまり手元に使ってやれる金もないしいいかと甘えてた。
とりあえず奨学金は返したし、美雪も30になるしちょうどいいだろうと思って、だな…。」
「あたし、そんなこと知らなかったし…。」
「俺も誰にも言わなかったからな…。
…なぁ、美雪。」
「はい?」
「いや、篠崎美雪さん。」
1度言葉を切った。
藤田はじっとあたしを見た。
「入職した時からずっとあなたの事が好きです。
俺と、結婚を前提にしたお付き合いをしてくれませんか?」
なっ…。
「急に言われてもっ。」
「考えて、今すぐ。」
「今すぐって!」
「時間がない。」
「時間はいくらでもあ
「ない。
1週間後には美雪の誕生日だ。」
困る理由が、あるかと言われれば、ない。
藤田の家庭の話は聞いたし、あたしは藤田のことは、好きだ。
藤田もあたしのことを思ってくれているのはわかる。
「…お付き合い、お願いします。」
いうとぐらっと体が揺れた。
「ありがとう。」
あたしは藤田に抱きしめられていた。
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