カウントダウン

梨花

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12月21日

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今日の勤務は遅番。
朝起きて携帯を見ると晴翔からラインが来ていた。
『明日休みなんだから泊まりに来い』
あたしは替えの服を晴翔の家に置いてから出勤した。

遅番は11時から20時までの勤務。
病棟に入るとスタッフは慌ただしく動いている。
「おはようございます。」
申し送りノートを確認して日勤リーダーから申し送りを受ける。
鶴見さん、今日退院だ。
後で顔を見に行こう。

申し送りが終わると患者さんのお昼ご飯の準備だ。
おしぼりやお茶を配り、配膳車が来るのを待つ。
プレートを確認しながらお部屋を回っていく。
今日はカレーだ。
患者さんの嬉しそうな声が聞けて楽しい一方で、そのカレーが様々な制限で食べられない人は少し不満げだ。
「おっ、今日はカレーか。うまそうだな。」
「患者さんの食事ですから、藤田先生。」
なにしに来たんだ、この人は。

「鶴見さん、お昼ご飯です。」
「ここでの最後の食事ですね。」
鶴見さんは病衣から私服に着替えていた。
「そうですね。」
鶴見さん以外にも若い男性と女性がいた。
「職場の方ですか?」
トレーを置きながら尋ねる。
「はい、迎えに来てもらいました。」
「鶴見がお世話になりました。」
女性が綺麗なお辞儀をした。
あたしはニコリと笑う。
「仕事ですから。」
「おいっ!」
いつの間にか入ってきた藤田に頭を叩かれた。
「藤田先生、痛いです。」
「患者さんの関係者にそういう言い方をするな。」
「じゃあどう言えばいいかお手本をっ!」
「誠心誠意、頭の先から足の先までお世話させていただきました。」
「藤田先生はそういうご趣味だったんですね?
存じ上げず申しわけございませんでした。」
くすくすと3人が笑う。
「では失礼しますね。」
あたしは3人に頭を下げる。
「美雪、俺にはそんな趣味はないっ!」
「篠崎ですっ。」
名前を呼ぶ藤田にそう訂正をしてあたしは個室を後にした。


「篠崎さんご機嫌ナナメ?」
配膳を終えてナースステーションに戻ると主任が話しかけてきた。
「ちょっと…。」
藤田が名前を患者さんの前で呼んだからとは言えない。

仕事を終えて藤田邸についたのは22時。
鍵を開けて中に入るとカレーの匂いがした。
「おかえり。」
「た、ただいま?」
「何だ、その疑問系。」
「ここ、あたしの家じゃないから。」
言うと藤田は苦笑した。
「いいんじゃないか、ただいまで。
昼のカレーがうまそうだったから作ってみた。」
「人肉が入ってそうで怖い。」
「そんなの入れるかっ。」
藤田の作ったカレーは普通に美味しかった。
デザートにコンビニのプリンが出た。
至れり尽くせりだ。
「晴翔?」
プリンの横にプリンと同じくらいの大きさの箱。
「クリスマスにも、美雪の誕生日にも早いけど。受け取ってくれないか?」
中身が何かなんてあけなくても想像できる。
だけど恐る恐る持っていたデザートスプーンを置いてそれをあける。
コバルトブルーの箱の中身はキラキラした指輪だった。
「っ…。」
ピンクゴールド。花のモチーフの台座にダイヤ。そのまわりにもダイヤ。
「あたしで、後悔しない?」
「しない。」
真っ直ぐ、その視線はあたしを見る。
「他に美雪の心配事は?」
「ない、けど。」
「けど?」
「本当に、あたしでいいの?」
シツコイかもしれないけど。
「違う。
美雪が、いいの。
俺が、美雪じゃないとダメなんだ。
だから結婚しろ。」
あたしは晴翔から視線を外す。
きらきら可愛らしい指輪だ。
あたしに、この指輪はふさわしいのだろうか。
晴翔はあたしの手に乗ったリングケースを取り上げた。
そうだよね。
迷ってるような女なんかいらないよね。
あたしは帰ろうと立ち上がろうとして、左手を掴まれた。
ぐいっと無理やり薬指に押し込まれたのはキラキラ指輪だった。
「晴翔…?」
「美雪はいつも1人で勝手に悩んで暴走するだろ。
もうそんなことしないで俺に話せ。
俺はそんなに頼りない男か?」
「ううん…。」
そんなことない。
「雰囲気で何となくわかることもあるけど口にしないとわからないことのほうが多いんだ。美雪が1人で悩んでるとこっちまで不安になる。」
「ごめんなさい…。」
「ほら、プリン食ったら実家に電話。」
「え?」
「誕生日、美雪の実家に行くぞ。」
「え?」
「挨拶しに行くから。」
「挨拶?」
「結婚しますって挨拶。
美雪の両親の許可出たら年明けに引っ越し。」
「引っ越し?」
「一緒に住むから。」
「ちょっと待って。
意味が…。」
「意味もへったくれもない。
結婚までの手続きはそんなものだろ?」
「そ、そうだっけ?」
「結納が必要かどうかは美雪の両親に聞かないとな。」
「はあ…?」

「もしもし、お母さん?」
『美雪!貴女鶴見さんに断られたわよっ!』
「あ~。」
『どういうことなの?』
えーと…。
「失礼します、美雪さんの職場の医師で藤田と申します。はじめまして。」
『何?貴方。』
「美雪さんとお付き合いをさせていただいているものです。」
『はっ?美雪は恋人なんかいないと…。』
「申しわけありません。
自分が医師であるためになかなか周囲には言えなかったようで。」
『あ、あぁ…。』
「美雪さんからもその辺りの話は伺っています。
その上で先程美雪さんにプロポーズを受けていただきまして、もしご両親のご都合が宜しければ日曜日にご挨拶に伺わせていただけないかと思い、美雪さんに電話をしていただきました。」
ペラペラとあたしの母親に話しだす。
『は、はぁ。』
医師ならではの話術なのか母親を丸め込むことに成功したようだ。
「はい、美雪さんは夜勤明けになりますので仕事を終えたら一緒に向かいたいと思います。
よろしくお願いします。
では夜分に失礼しました。おやすみなさい。」
携帯を切ってテーブルに置く。
「鶴見のムンテラより緊張した。」
「ありがとうございます。」
言うと藤田はあたしを見下ろし、手を伸ばした。
「謝られるよりそっちのほうがいい。」
「ふがっ。」
ぎゅっと抱きしめられた。
「努力、します。」
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