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翌日、私は工房に籠って依頼の品の錬金にとりかかっていた。調合の手順は事前に調べていたので、それに従って作業を進めていく。
「できました! 今回も素晴らしい出来です!」
錬金釜に魔力を込め続けて半日、完成したのはアーティファクト『ホルスの眼』だ。このバングルには本質を見抜く力が備わっている。身につけることで、真実と偽りが見極められるようになるのだ。
「さて、私はバーンズさんのところにこれをお届けにいきますので、カイトもついてきてください」
私は完成したアーティファクトを小箱にしまうと、ピンクの紙袋に入れた。紙袋には、『ノエル工房』の文字が金で箔押ししてある。印刷屋さんに頼んで作って貰った紙袋だ。こういった気配りもお店が繁盛する秘訣なのだ。
「じゃあ、行きますよ」
私はそう言って店の外へ出た。
◇
王都の西地区にあるゴールドマン商会は、隣国との貿易や素材の流通などを一手に担う大商人だ。主人であるバーンズ・ゴールドマンさんは美術品コレクターとしても有名であり、虚実を見抜くホルスの眼が欲しいという依頼だった。
「ノエルさん、お待ちしておりました」
バーンズさんの屋敷を訪れた私とカイトは、豪華な応接室へと通される。ソファーに腰掛けて待っていると、バーンズさんが姿を現した。そして私とカイトの顔を見ると、嬉しそうに微笑む。
「こちらがホルスの眼です」
私はそう言うと小箱を開けて中の腕輪を見せる。バーンズさんは興味津々といった様子でそれを手に取ると、感嘆の声を上げた。
「これが……あの伝説のアーティファクトか……!」
彼はしばらく興奮していたが、やがて落ち着いたようで私に向き直ると言った。
「ありがとうございます! これでようやく真偽を見極められるというものですよ」
「喜んでいただけて何よりです。あとこちらは……」
私はバーンズさんに紙袋を差し出した。彼はそれを受け取ると、中に入っていたピンク色の包みを取り出した。
「これは?」
「私の店で取り扱っているお菓子です。よろしければ、お召し上がりください」
私がそう言うと、バーンズさんは少し困ったような表情を浮かべたが、すぐに笑顔になった。そして深く頭を下げると言った。
「ありがとうございます! いただきます!」
その後私たちはお茶を飲みながら雑談に興じたのだった。
「これは報酬だ。受け取ってくれ」
私はバーンズさんから金貨の入った袋を受け取ると、中身を確認もせずに鞄に入れた。お金を受け取ったので、さて帰ろうかとした時のことだった。
「お父様! 街で評判の錬金術師の方が来ているのだとか!」
応接室に、プラチナブロンドの少女が飛び込んできた。年齢は私と同じくらいに見える。透き通るような白い肌に、宝石のような青い瞳を持つ美しい少女だった。おそらく彼女がバーンズさんの娘さんなのだろうと私は思った。
「まぁ、随分と素敵な方ですのね、私、フィーナ・ゴールドマンと申します!」
少女は私に笑いかけると、優雅なカーテシーを披露する。その洗練された仕草はまさに上流階級の令嬢といったところだろう。私は思わず見惚れてしまった。
「錬金術師というのだから、てっきり年配の方を想像していたのですけれど、こんな素敵な殿方だなんて!」
「フィーナ、錬金術師はこちらのノエルさんだよ。そちらは、護衛のカイトさんだ」
バーンズさんが娘を窘めるように言う。
「あら、そうなのですか? 失礼いたしました」
彼女は悪びれる様子もなく微笑むと、私に向かって手を差し出してきた。私もおずおずと手を伸ばすと握手を交わす。その柔らかく小さな手は、まるで絹のように滑らかで温かかった。
「ノエルさん、カイトさんを売ってくださいまし」
「えっ……?」
突然の申し出に、私は驚きの声を上げた。カイトの方を見ると彼も困惑している様子である。
「その方はとても強いのでしょう? お父様もぜひ護衛にしたいと仰っていましたし、私のために力を貸していただけませんこと?」
彼女は上目遣いで懇願するように言った。だが、私の答えは決まっている。カイトは私の大事な助手なのだから当然売るつもりもないし、彼を物のように扱うのは許せなかった。
「申し訳ありませんが、それはできません」
私がきっぱりと断ると、彼女は残念そうに顔を伏せた。
「まぁ、そうですわよね。私ったらつい興奮してしまいましたわ」
そう言って苦笑すると、彼女は部屋を出ていってしまった。
「申し訳ないです、うちの娘が失礼を……」
バーンズさんが申し訳なさそうに謝ってくるので、私は気にしないでくださいと彼を宥めたのだった。
「これからもノエル工房をご贔屓にお願いします」
「もちろん! またお願いしますね」
私はバーンズさんに挨拶をすると、ゴールドマン商会を後にした。
「できました! 今回も素晴らしい出来です!」
錬金釜に魔力を込め続けて半日、完成したのはアーティファクト『ホルスの眼』だ。このバングルには本質を見抜く力が備わっている。身につけることで、真実と偽りが見極められるようになるのだ。
「さて、私はバーンズさんのところにこれをお届けにいきますので、カイトもついてきてください」
私は完成したアーティファクトを小箱にしまうと、ピンクの紙袋に入れた。紙袋には、『ノエル工房』の文字が金で箔押ししてある。印刷屋さんに頼んで作って貰った紙袋だ。こういった気配りもお店が繁盛する秘訣なのだ。
「じゃあ、行きますよ」
私はそう言って店の外へ出た。
◇
王都の西地区にあるゴールドマン商会は、隣国との貿易や素材の流通などを一手に担う大商人だ。主人であるバーンズ・ゴールドマンさんは美術品コレクターとしても有名であり、虚実を見抜くホルスの眼が欲しいという依頼だった。
「ノエルさん、お待ちしておりました」
バーンズさんの屋敷を訪れた私とカイトは、豪華な応接室へと通される。ソファーに腰掛けて待っていると、バーンズさんが姿を現した。そして私とカイトの顔を見ると、嬉しそうに微笑む。
「こちらがホルスの眼です」
私はそう言うと小箱を開けて中の腕輪を見せる。バーンズさんは興味津々といった様子でそれを手に取ると、感嘆の声を上げた。
「これが……あの伝説のアーティファクトか……!」
彼はしばらく興奮していたが、やがて落ち着いたようで私に向き直ると言った。
「ありがとうございます! これでようやく真偽を見極められるというものですよ」
「喜んでいただけて何よりです。あとこちらは……」
私はバーンズさんに紙袋を差し出した。彼はそれを受け取ると、中に入っていたピンク色の包みを取り出した。
「これは?」
「私の店で取り扱っているお菓子です。よろしければ、お召し上がりください」
私がそう言うと、バーンズさんは少し困ったような表情を浮かべたが、すぐに笑顔になった。そして深く頭を下げると言った。
「ありがとうございます! いただきます!」
その後私たちはお茶を飲みながら雑談に興じたのだった。
「これは報酬だ。受け取ってくれ」
私はバーンズさんから金貨の入った袋を受け取ると、中身を確認もせずに鞄に入れた。お金を受け取ったので、さて帰ろうかとした時のことだった。
「お父様! 街で評判の錬金術師の方が来ているのだとか!」
応接室に、プラチナブロンドの少女が飛び込んできた。年齢は私と同じくらいに見える。透き通るような白い肌に、宝石のような青い瞳を持つ美しい少女だった。おそらく彼女がバーンズさんの娘さんなのだろうと私は思った。
「まぁ、随分と素敵な方ですのね、私、フィーナ・ゴールドマンと申します!」
少女は私に笑いかけると、優雅なカーテシーを披露する。その洗練された仕草はまさに上流階級の令嬢といったところだろう。私は思わず見惚れてしまった。
「錬金術師というのだから、てっきり年配の方を想像していたのですけれど、こんな素敵な殿方だなんて!」
「フィーナ、錬金術師はこちらのノエルさんだよ。そちらは、護衛のカイトさんだ」
バーンズさんが娘を窘めるように言う。
「あら、そうなのですか? 失礼いたしました」
彼女は悪びれる様子もなく微笑むと、私に向かって手を差し出してきた。私もおずおずと手を伸ばすと握手を交わす。その柔らかく小さな手は、まるで絹のように滑らかで温かかった。
「ノエルさん、カイトさんを売ってくださいまし」
「えっ……?」
突然の申し出に、私は驚きの声を上げた。カイトの方を見ると彼も困惑している様子である。
「その方はとても強いのでしょう? お父様もぜひ護衛にしたいと仰っていましたし、私のために力を貸していただけませんこと?」
彼女は上目遣いで懇願するように言った。だが、私の答えは決まっている。カイトは私の大事な助手なのだから当然売るつもりもないし、彼を物のように扱うのは許せなかった。
「申し訳ありませんが、それはできません」
私がきっぱりと断ると、彼女は残念そうに顔を伏せた。
「まぁ、そうですわよね。私ったらつい興奮してしまいましたわ」
そう言って苦笑すると、彼女は部屋を出ていってしまった。
「申し訳ないです、うちの娘が失礼を……」
バーンズさんが申し訳なさそうに謝ってくるので、私は気にしないでくださいと彼を宥めたのだった。
「これからもノエル工房をご贔屓にお願いします」
「もちろん! またお願いしますね」
私はバーンズさんに挨拶をすると、ゴールドマン商会を後にした。
応援ありがとうございます!
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