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私が決意を新たにしていると、部屋の外からパタパタという足音が聞こえてきた。そして勢いよく扉が開くと、一人の女性が飛び込んできた。


「クロエちゃーーーーーーん!!!!」


「げふっ!?」


突然お腹に衝撃を受ける。あまりの出来事に思わず淑女らしからぬ声が出てしまったが、相手は気にする様子もない。


「あ、ごめんね? クロエちゃん起きてるかなーって思って走ってきたんだけど」


その女性は私の母親であるリーゼロッテ夫人だった。彼女はそのまま私のことを抱きしめて頬ずりをしてくる。


「もう、本当に心配したのよ? 急に倒れて三日も寝込んでいたんだから」


「心配をおかけしました。お母様」


倒れた原因は分かっている。前世の記憶が戻ったためだ。それまでのクロエとしての記憶もきちんとあるのだけれど、今のクロエの人格はこれまでの記憶を持っている。そのため今の私にとっては生まれた時からの記憶と、前世からの記憶の両方がある状態だと言えるだろう。

そんな私が前世の記憶を取り戻したらどうなるか……想像に難くないだろう。つまり脳が情報量の多さについていけず、処理落ちしてぶっ倒れたという訳だ。


「本当に大丈夫なの? どこか痛くない?」


「大丈夫ですわ。お母様」


元気よく振る舞う私を見て、お母様は安心したようだ。


「よかったわ。昨日までずっと目を覚まさなかったから心配で心配で」


「申し訳ありませんでしたお母様」


倒れた原因が原因なので、心苦しい思いがある。けれどこればかりは仕方がないだろう。前世の記憶なんて急に取り戻したら誰でもこうなると思う。


「もういいのよ。元に戻ったのならそれで十分だわ」


そんな私を気遣ってのことだろうが、お母様がそう言ってくれたので私は安心したのだった。


「あ、そうだわ。さっきフィーナちゃんがお見舞いに来たわよ」


「え……フィーナが……」


それはまずい。ここで私が悪役令嬢として立ち振る舞うなんて始めたら、また破滅エンドへの道筋ができてしまうかもしれない。それだけは避けなければ!


「その……お母様? 私ならもう大丈夫ですわ」


「ええそうね。けれど今日はまだ休んでおきなさい」


そう言うと、お母様は部屋から出て行った。そのあと入れ替わるようにして入ってきたのは私の専属メイドであるシルヴィアだ。


「お食事をお持ちしました」


シルヴィアは食事を私の元に運んでくる。パンとスープというシンプルなものだが、今の私にはご馳走だ。


「ありがとう。シルヴィア」


お礼を言うと、彼女は少し驚いた様子だったがすぐに普段通りの表情に戻った。


「それでは私はこれで失礼致します」


シルヴィアが部屋から出ていくと、私は食事を摂ることにした。久しぶりの食事だったが、とてもおいしく感じた。

食事を終えると、私は屋敷を探検をすることにした。部屋から出るなとは言われていないし、窓から見える景色には興味があった。

部屋を出て廊下を歩いていると、気になる部屋が一室あった。


「ここは……何の部屋かしら?」


気になって入ってみる。するとそこには大量の魔法道具や書物が保管されていた。どうやら魔法の研究室の様だ。


「凄い……」


室内は整理整頓されていて、綺麗な印象を受けた。そんな室内を歩き回っていると、一冊の本が目に入った。題名は『魔法大全』と書かれている。


「これは……」


パラパラとめくっていく。中身は魔法の基礎知識から、上級魔法まであらゆる魔法について詳しく書かれているようだ。かなり高度な専門書のように思えるが、これが魔法の研究室にあるということはクロエの父親が書いたものなのだろうか? そんなことを考えていると、背後から気配を感じた。振り返るとそこにはシルヴィアが立っていた。


「魔法に興味があるのですか?」


「あ、ごめんなさい……勝手に入ってしまって……」


「構いませんよ。ここはお嬢様のお部屋ですし、自由にお使いください」


そう言って彼女は微笑んだ。どうやら怒られずにすみそうだ。


「そういえば……この部屋は一体?」


「この部屋ですか? エドワード様が魔法の研究をするために用意された部屋です」


やっぱりクロエの父親が作ったものらしい。それにしてもこの書物の数はかなり多いように思えるのだが……一体どれだけ魔法に深い興味があるのだろうか? そんなことを考えていると、シルヴィアが口を開いた。


「魔法を覚えるには魔導書を読み、その内容を理解した上で習得することができます」


この部屋には魔導書が山のように積んである。これを全て読むとなるとかなりの時間がかかるはずだ。


「ですが、魔導書は一度読めばその内容は理解できます。一度理解すれば自分の魔法として使えるようになるのです」


まあ少しずつ覚えていけばいいや、そんなことを考えて魔導書を手に取ったその時だった。


『初級治癒魔法・【治癒(ヒール)】を習得しました』


頭の中で謎の声が聞こえてくる。透き通るような心地よい女性の声だった。


「どうしたんですか?」


「いや、なんか魔法を習得したみたいなんだけど……」


まだ魔導書を読んでもいないのに、なぜか魔法を覚えてしまった。


「聞いたことがあります。魔法の才能がある者は魔導書に触れるだけで魔法を習得できると……」


「なるほど……そういうものなのか……」


まあ便利といえば便利なのかもしれない。わざわざ魔導書を読み込む必要がなくなるのだから。


「お嬢様には魔法の才があるようですね。素晴らしいことです」


シルヴィアは自分のことのように喜んでいる様子だった。


「あの……もしよかったら魔法の使い方を教えて貰えないかしら?」


私がそう言うと、彼女は驚いた表情を浮かべたがすぐ笑顔になった。


「はい! 私でよろしければ喜んでお教えいたします」


こうして私は魔法を学ぶことになったのだった。この日から私の新たな生活が始まったのである……。
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