あなたの婚約者は、わたしではなかったのですか?

りこりー

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 無事に屋敷を出ると、メルが先導するように案内してくれて馬車に乗り込むことが出来た。
 しかし王宮に到着するまでは気を抜くことが出来い。
 オリヴィアはそわそわとしながらずっと窓の奥ばかり気にしていると、メルが話しかけて来た。

「オリヴィア様、大丈夫ですか?」
「あ……、ごめんなさい。だめね、こんなことで狼狽えてしまうなんて……」

 オリヴィアは力なく笑った。

「そんなことはございません。オリヴィア様は立派な方だと思いますよ。あの場で夜会に参加することを決断されたのですから」
「……わたしには大切なものがあるから、それを奪われたくなかっただけ」

 もしあの場で逃げてしまえば、リーゼルに全てを奪われていたのかもしれない。
 今まで築き上げてきた地位も、大切な人も。
 彼女はそんなことを思いながら、静かに答えていた。

「それほどまでに大切なものなんですね。それならば、私も今日は頑張ってオリヴィア様の警護をしますので、安心して夜会に参加してくださいねっ!」
「ふふっ、心強いわね。……アメリアさんと、イリーナさんは大丈夫かしら」

 オリヴィアは再び窓の奥を眺めながら、二人の安否を心配した。

「二人のことなら心配ありません。特にアメリアさんに敵う人なんて、そういないと思いますから。アルティナ帝国の戦の女神とまで言われた人ですからねっ! ……あ、今のは忘れてください」
「アルティナ帝国の方だったの?」

 メルは自慢げに話している様子だったが、言い終わった後にハッとして自分の口元を慌てて塞いだ。
 きっと口を滑らせてしまったのだろう。

(アルティナ帝国と言えば、イヴァン様の国よね……)

「うっ……、今のは聞かなかったことに……は出来ないですよ?」
「聞いてしまったけど、聞かなかったことにするわ」

「本当ですか?」
「今回のことはアルティナ帝国も関わっている話なの?」

「うっ、やっぱり気になってしまいますよね……。完全に失敗した。後でイリーナさんにどやされること決定だ……」

 メルはしょんぼりと肩を落としながら、ブツブツと一人事を呟いていた。

「この事は聞かなかったことにするわ。だから教えて……。わたしだけが何も知らないなんて、もう嫌なの」

 オリヴィアは守られているだけでいるのは嫌だった。
 自分の身の回りで起きている事なのに、オリヴィアだけが何も知らない。
 気付いていない状態であれば良かったのかもしれないが、知ってしまった以上事実を知りたくなるのは当然のこととも言えるはずだ。

「……お願い。絶対にメルさんから聞いたなんて言わないから」
「でも……」

「お願いします……」

 オリヴィアはメルに向けて深々と頭を下げた。
 そこまでしてでもオリヴィアは今起こっていることを知りたかった。

「オリヴィア様、頭をお上げくださいっ! そんなことをされては更にイリーナさんに怒られてしまいます。分かりました、話しますからっ!」
「本当に?」

 その言葉を聞いてオリヴィアはゆっくりと顔を上げた。
 メルを困らせてしまったのは悪いとは思ったが、どうしてもここは譲りたくはなかった。

「はい……。えっと、私達は冒険者と言うことに現在はなっていますが、先程の私の話で分かる通り、出身地はアルティナです。今はある人の警護を任されていて、このヴィルフェルト国に滞在しています」
「帝国に所属している騎士と言うことなら、それほどの地位に当たる方の警護だと考えるべきよね」

(皇族か、それに近い存在……ってところかしら。

「さすがですね。その通りです。ですがその名を明かす事だけはご容赦ください。騎士程度の私が勝手に話してしまえば、怒られるだけの問題ではなくなってしまいますっ……」
「ええ、聞かないわ。だからそんなに怯えた顔をしないで。それよりも今回どうして、わたしの護衛に買って出てくれたの?」

 オリヴィアもそこまで聞くつもりは無かった。 
 知りたいことは、自分の身に起こっていることだけだ。

「私は、王太子殿下から直接依頼されたことだと聞きました」

(ジーク様が……?)

「これ程までに大それた行動に出るのですから、敵は周囲にも当然監視の目を向けているはずです。こちらの動きに勘付かれてしまえば、一層警戒心を持たれて動きづらくなる。恐らく、ターゲットにされているオリヴィア様を含め、ブリ―ゲル公爵家は敵の監視下に置かれている可能性が極めて高いと思います」
「たしかに……狙いがわたしだと決まっているのなら、その可能性は高いわね」

「そういった理由から、全く関係がない私達に依頼が来たのだと思っています。この国と戦ったことはないですし、騎士である私達の顔は知られていないと思うので、都合が良かったってところですかね」
「そうだったのね」

「このことはジーク様は知っているようだけど、陛下はご存知なのかしら?」
「恐らくですが、話していないんじゃないかな……。もし知っているのでしたら、わざわざ私達を雇う必要なんてないと思いますし」

 たしかにメルの言う通りな気がする。
 王家の方も全てを把握出来ていないのだとすれば、少し話は変わって来るはずだ。
 しかし情報量が少なすぎて、今のオリヴィアにはそれ以上は分からなかった。
 
 確かなことはジークヴァルトと、アルティナ帝国に帰属する騎士三名が味方に付いているということ。
 敵だと疑われている人間は、教会の者、ラーザー家、そして王宮に仕える者の中には彼らに手を貸している者が潜んでいるということ。
 リーゼルが直接関わっているのかは現段階では分からないが、警戒をするためにも今は敵だと思って行動をした方が良いのかもしれない。

「予想以上に手強そうね」
「そうですね。さすがに大勢が集まる場所で目立つ行動に出るとは思えませんが、一応警戒心だけは持っていて頂けると、守る方としても助かります」

「ええ、当然よ。本当に今日はありがとう」

 そんな話をしていると宮殿が見えて来て、無事に敷地の中へと入ることが出来た。

「オリヴィア様、中には敵も大勢紛れ込んでいるとは思いますが、私以外の味方も隠れています。ですので堂々とした態度で臨んでください」
「そうね。私はジークヴァルト殿下の婚約者として、恥じないように頑張るわ。そうしたら敵の計画も失敗するわけだし、やるしかないわね」

「その意気です!」
 
 メルは体の前でガッツポーズを作り、オリヴィアのことを励ましてくれた。
 話し相手がいることで、オリヴィアの中にあった不安も消えて、今では敵の思い通りにはさせないという強い意志によりキリッとした顔立ちに変わっていた。


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