あなたの婚約者は、わたしではなかったのですか?

りこりー

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 オリヴィア達を乗せた馬車が到着すると、二人は下りて王宮の建物の中へと入っていった。
 本来であれば王太子の婚約者と言うことで、一度別室にて待機して一番最後に入場することとなるはずだった。
 しかし今回は一人で参加することに加えて、もう開始の時刻を回っていたこともあり、一般入場口からの入ることになった。
 入り口は既にガランとしており、人目を気にすることなく進めて、オリヴィアにとっては不幸中の幸いだった。

「なんとかここまで無事に来れましたね」
「メルさん達のおかげよ。本当にありがとう」

「これは任務ですから。当然の事です! これより先はお傍に付くことは出来ませんが」
「ええ、大丈……」

「あれ、オリヴィア嬢?」

 不意に背後から聞き慣れた明るい声が響き、二人は反射的に後ろを振り返った。
 そこにはクラスメイトである、イヴァンが立っていた。

「イヴァン様?」
「こんなところで会うなんて奇遇だね」

 思いがけない人物と遭遇して最初は驚いてしまったが、見知った人物の顔を見ることが出来て少しだけほっと出来ていたのかもしれない。

「たしかに奇遇ね。に会うなんて」
「ははっ、準備に手間取ってしまって、少し遅れてしまったけど大丈夫かな?」

 イヴァンは苦笑交じりに答えていた。
 黒色の夜会服をしっかりと着こなし、学園で見る制服姿とは違って一段と大人っぽい印象を感じる。

「今日はお一人ですか?」
「うん、まあね。僕はこの国の人間では無いし、婚約者もいない身だ。だから同伴する女性も残念ながらいないんだ。君の方こそ一人なの?」

 イヴァンは不思議そうに問いかけて来た。

「……っ、少し事情がありまして」

 オリヴィアは本当のことは話せないので、言葉を濁すようにして誤魔化した。

「良ければ途中まで一緒に行かないか? 今日の君は一段と美しいからね。一人でなんて歩かせたら、直ぐに下心を持った男共の餌食になってしまいそうだ」
「ふふ、イヴァン様はお世辞が上手いのね」

(イヴァン様って、こういうことも言われるのね)

 イヴァンは突然お世辞を言い始めてきたので、オリヴィアは上手く笑って受け流した。

「オリヴィア様には、大切に思っていらっしゃる婚約者様がいます! お戯れもその辺に……」

 傍で聞いていたメルは突然ムスッとした顔で、イヴァンに向けて言い返してきた。

「はは、君の侍女に怒られてしまったね」
「……ふふ」

 イヴァンが笑っていたので、オリヴィアはも笑って流すことにした。
 しかし今の言葉で、メルが彼女の侍女だと印象付けることが出来たはずだ。

(メルさん、わたしのために演技をしてくれたのかしら……)

「それでは僕は先に行かせて貰うよ。ここにいたら君の侍女に睨まれてしまうからね」
「今日は楽しんでいってくださいね」

「ああ、ありがとう。君もね」

 イヴァンは優しく微笑むと、オリヴィア達を残して先に会場の奥へと消えていった。

「さて、私達も行きましょうか」
「そうね。もしかして、さっきの方を敵だと思ったの?」

 二人は歩きながら話をしていた。

「オリヴィア様に随分と馴れ馴れしくしていたので、つい出過ぎた真似を……」
「ふふ、良いのよ。だけどのあの方は敵ではないと思うわ。メルと同じアルティナ出身で、今はこの国に留学中なの。わたしと同じ薬学科の生徒よ」

 メルが突然あんな態度を取ったことに、オリヴィアは少し驚いていた。
 しかし事情を知らないメルには、怪しい人物に映っていたのかもしれない。
 まさかここでイヴァンと遭遇するとは思ってもいなかった為、事前に説明する事も出来ずメルに誤解を与えしまったようだ。

「……知ってます」
「え?」

 隣からぼそりと聞こえてきた声に、オリヴィアは顔を傾けた。

「いえ、なんでもありません。それよりも、会場に入ったらさすがに傍に付くことは難しくなります。私は奥の方で待機していますね」
「ええ、分かってるわ。ここまで本当にありがとう」

 心強く感じていたメルとも、ここで一旦お別れだ。
 オリヴィアは深く息を吐いて、心を落ち着かせると夜会会場へと入っていった。


 ***


 天井からは煌びやかなシャンデリアが辺りを照らし、周囲からは賑やかな声や軽快な音楽響いている。
 ここに来るといつも別世界に来たような感覚を持ってしまう。
 気が早いかもしれないが王族の一員になれた気がして、気持ちが上がって行く。
 オリヴィアにとっての社交場は、目に見える形で認めて貰える場所であるため嫌いではなかった。

 会場の扉をくぐり抜けると、視線を前に向けて真っ直ぐに進んでいく。
 チクチクと刺さるような視線を感じているのは、彼女が意識しすぎているだけではないはずだ。
 やはりこの場で一人でいることが、周囲にとっては物珍しく映っているのだろう。
 しかし、こんな時こそ堂々とした態度を見せなくてはならないことを、オリヴィアはちゃんと理解していた。

 耳を澄ませてみると『今日のオリヴィア嬢は一段と美しいな』とか『さすが王太子殿下の婚約者だ』と言った声も混じっていて、どこかほっとしていた。
 こんな風に周囲から言って貰えるのは、彼女が認められているからだろう。
 
 オリヴィアが会場の真ん中くらいまで辿り着いた頃、主催者である王族からの挨拶が始まろうとしていた。
 この国の王が席から立ち上がると、周囲から拍手や歓声が鳴り響く。
 オリヴィアは人を掻き分けるようにして、急いで前方へと向かった。

「今日は、皆良く集まってくれた。早速ではあるが、本日は皆に知らせておきたいことがある」
 
 陛下の言葉に周囲はざわざわとし始める。
 
「詳しいことは、王太子であるジークヴァルトより説明してもらう。前へ」
「はい」

 陛下に名を呼ばれると、後方で待機していたジークヴァルトが答え、皆のいる前へと移動した。
 今日の彼は真っ白なを正装を纏っていて、その隣には同じく白いふわっとしたドレスを来たリーゼルが並んで立っていた。
 まるで色を合わせているように見えて、オリヴィアは眉を顰めた。

(偶然よね……)

 何も知らない周囲からは、ざわめきが巻き起こる。
 それも当然だろう。
 今まで彼の隣に立っていたのは、いつだって婚約者であるオリヴィアだったのから。

『一体どうなっているんだ? あの女性は誰だ!?』
『そういえば、最近オリヴィア様とは上手くいっていないという噂があったが、あの女性が原因なのか!?』

 などと、オリヴィアに関することが所々から聞こえてきて、彼女は戸惑いを隠せずにいた。
 完全に周囲からは誤解されているようだ。
 今の彼女は一人でいることもあり、それが拍車をかけるように肯定付けてしまっているのかもしれない。

 この後ジークヴァルトの口から、リーゼルが傍にいる理由が語られるはずだ。
 この場には多くの貴族が集まっているのだから、同時に誤解を解くのにも絶好の機会でもある。
 オリヴィアは今日こそ誤解を解いてくれるのだと信じていた。

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