1 / 40
1. 激怒経験者の皆様方にご相談です
しおりを挟む
皆さんは激怒したことがあるだろうか。ソフィアにはあった。彼女は魔法省に務めている。主に、魔法道具の研究、開発に携わり、時には現場に出ることもあった。年中、魔法省の職務に忙殺されているなかで、彼女は皇太子の側室も兼ねている。側室が兼業と聞こえるが、仕事に割く時間の割合を考えると妥当であった。なぜなら、ソフィアは側室となってから、ずっと仕事放棄をしていたからだ。
これには訳がある。彼女が側室となった経緯に原因があった。簡単に話すと、信頼していた学校の後輩である皇太子ラインハルトがソフィアに何も言わず、無断で、彼女の実家への根回しや友人、知人らに己の側室となる話を広めるなど、外堀を埋めたのだ。このような回りくどいやり方をされるのは、ソフィアは大嫌いだった。信じていたにも関わらず、どこか裏切られた気持ちだった。
また、ラインハルトには幼い頃から正室が約束されていた (要は婚約者) 、マリアナがいた。彼女は皇太子と同い歳で、ソフィアは学校の後輩として接していた。ソフィアは二人で仲睦まじく、幸せにおなりと近所のお姉さん目線だった。二人が18歳で学校を卒業するのと同時に式が行われ、それから、たった一週間後、皇太子はソフィアを側室にした。父は自分の娘が皇太子の側室となることに大変喜んでいた。大変腹立たしいとソフィアは感じた。父娘の仲はあまり良くないのだ。
それから、挨拶と称して、皇太子に呼びつけられた時に、ソフィアにはもうどうすることもできなかった。
「なぜ、このようなことをなされたのですか?皇太子殿下」
「ソフィア、その、いつも通りで……」
「なんのことでしょうか」
柄にもなく敬語を使って話した。学校の先輩、後輩という間柄にかこつけて、少し前までは、ソフィアはフランクな口調だった。
「こうでもしないとソフィアは私の側室になってくれないでしょう?」
殿下は眉をひそめて言った。最後に顔を合わせたのは、3年前のソフィアの卒業式だった。それから、随分と大きくなっていた。そして、見たことのない表情をするようになった、変わったなと、ソフィアは思った。
「あなたは私のことを恋愛対象とは微塵も思わず接していた。私は好きなのに、側にいてほしかったのに」
初めて聞いたと、ソフィアは眉間に皺を寄せた。
「それは知りませんでした。しかし、私は職務が忙しく、側室の仕事を全うできません。魔法省をやめる気はさらさらありませんから」
「辞められたら魔法省も困るよ。だから、うん、できる範囲でお願いしたいな」
「お心遣い感謝いたします」
ソフィアはにっこりと作り笑いを浮かべた。
それから、ソフィアはやれ仕事が、あー仕事仕事、忙しい忙しいと、パーティの参加や皇太子のお誘いを全部蹴り飛ばしていた。ソフィアは、自分に何も言わず、側室にした経緯が心底許せなかった。
のらりくらりとしていたら、あっという間に5年の月日が経った。長期間の側室サボタージュが許されていたのは、皇太子妃や他の側室に子宝が恵まれていることもあるが、何より、皇太子が許容しているからだろう。彼もさすがにいたたまれないのだ。
ソフィアはこの5年で考えた。あの強引さは許せないが、ラインハルトがかわいい後輩であることも事実だった。そして、ラインハルトとは話も合い、ソフィアのかなり身勝手な行動や仕事第一の姿勢も尊重している。ついでに、欲しい物も買ってくれる。ソフィアはこの世界で生きている人間の中では、一番好ましい人ではないかとも感じていた。だが、さすがに5年も経てば、ラインハルトも呆れているだろうし、たとえこのままであってもソフィアに不便はない。しかし、ソフィアは面倒と考えつつも、あの可愛い後輩に伝えなければとも思っている。ソフィアを蔑ろにして側室にしたことは、どうかと思うが、もうさほど怒ってはいないし、年上のアレで許すと言わなければと感じている。
そこで冒頭に戻る。皆さんは誰かに激怒したことはあるだろうか。ある程度、激怒経験者はいるのだろう。では、その後はどうしたのだろうか?怒っていないことや許したことをどうやって伝えたのだろうか。
ソフィアの大きな悩みの種だ。
これには訳がある。彼女が側室となった経緯に原因があった。簡単に話すと、信頼していた学校の後輩である皇太子ラインハルトがソフィアに何も言わず、無断で、彼女の実家への根回しや友人、知人らに己の側室となる話を広めるなど、外堀を埋めたのだ。このような回りくどいやり方をされるのは、ソフィアは大嫌いだった。信じていたにも関わらず、どこか裏切られた気持ちだった。
また、ラインハルトには幼い頃から正室が約束されていた (要は婚約者) 、マリアナがいた。彼女は皇太子と同い歳で、ソフィアは学校の後輩として接していた。ソフィアは二人で仲睦まじく、幸せにおなりと近所のお姉さん目線だった。二人が18歳で学校を卒業するのと同時に式が行われ、それから、たった一週間後、皇太子はソフィアを側室にした。父は自分の娘が皇太子の側室となることに大変喜んでいた。大変腹立たしいとソフィアは感じた。父娘の仲はあまり良くないのだ。
それから、挨拶と称して、皇太子に呼びつけられた時に、ソフィアにはもうどうすることもできなかった。
「なぜ、このようなことをなされたのですか?皇太子殿下」
「ソフィア、その、いつも通りで……」
「なんのことでしょうか」
柄にもなく敬語を使って話した。学校の先輩、後輩という間柄にかこつけて、少し前までは、ソフィアはフランクな口調だった。
「こうでもしないとソフィアは私の側室になってくれないでしょう?」
殿下は眉をひそめて言った。最後に顔を合わせたのは、3年前のソフィアの卒業式だった。それから、随分と大きくなっていた。そして、見たことのない表情をするようになった、変わったなと、ソフィアは思った。
「あなたは私のことを恋愛対象とは微塵も思わず接していた。私は好きなのに、側にいてほしかったのに」
初めて聞いたと、ソフィアは眉間に皺を寄せた。
「それは知りませんでした。しかし、私は職務が忙しく、側室の仕事を全うできません。魔法省をやめる気はさらさらありませんから」
「辞められたら魔法省も困るよ。だから、うん、できる範囲でお願いしたいな」
「お心遣い感謝いたします」
ソフィアはにっこりと作り笑いを浮かべた。
それから、ソフィアはやれ仕事が、あー仕事仕事、忙しい忙しいと、パーティの参加や皇太子のお誘いを全部蹴り飛ばしていた。ソフィアは、自分に何も言わず、側室にした経緯が心底許せなかった。
のらりくらりとしていたら、あっという間に5年の月日が経った。長期間の側室サボタージュが許されていたのは、皇太子妃や他の側室に子宝が恵まれていることもあるが、何より、皇太子が許容しているからだろう。彼もさすがにいたたまれないのだ。
ソフィアはこの5年で考えた。あの強引さは許せないが、ラインハルトがかわいい後輩であることも事実だった。そして、ラインハルトとは話も合い、ソフィアのかなり身勝手な行動や仕事第一の姿勢も尊重している。ついでに、欲しい物も買ってくれる。ソフィアはこの世界で生きている人間の中では、一番好ましい人ではないかとも感じていた。だが、さすがに5年も経てば、ラインハルトも呆れているだろうし、たとえこのままであってもソフィアに不便はない。しかし、ソフィアは面倒と考えつつも、あの可愛い後輩に伝えなければとも思っている。ソフィアを蔑ろにして側室にしたことは、どうかと思うが、もうさほど怒ってはいないし、年上のアレで許すと言わなければと感じている。
そこで冒頭に戻る。皆さんは誰かに激怒したことはあるだろうか。ある程度、激怒経験者はいるのだろう。では、その後はどうしたのだろうか?怒っていないことや許したことをどうやって伝えたのだろうか。
ソフィアの大きな悩みの種だ。
1
あなたにおすすめの小説
公爵さま、私が本物です!
水川サキ
恋愛
将来結婚しよう、と約束したナスカ伯爵家の令嬢フローラとアストリウス公爵家の若き当主セオドア。
しかし、父である伯爵は後妻の娘であるマギーを公爵家に嫁がせたいあまり、フローラと入れ替えさせる。
フローラはマギーとなり、呪術師によって自分の本当の名を口にできなくなる。
マギーとなったフローラは使用人の姿で屋根裏部屋に閉じ込められ、フローラになったマギーは美しいドレス姿で公爵家に嫁ぐ。
フローラは胸中で必死に訴える。
「お願い、気づいて! 公爵さま、私が本物のフローラです!」
※設定ゆるゆるご都合主義
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
ある日、私は聖女召喚で呼び出され悪魔と間違われた。〜引き取ってくれた冷血無慈悲公爵にペットとして可愛がられる〜
楠ノ木雫
恋愛
気が付いた時には見知らぬ場所にいた。周りには複数の女性達。そう、私達は《聖女》としてここに呼び出されたのだ。だけど、そこでいきなり私を悪魔だと剣を向ける者達がいて。殺されはしなかったけれど、聖女ではないと認識され、冷血公爵に押し付けられることになった。
私は断じて悪魔じゃありません! 見た目は真っ黒で丸い角もあるけれど、悪魔ではなく……
※他の投稿サイトにも掲載しています。
婚約破棄を言い渡したら、なぜか飴くれたんだが
来住野つかさ
恋愛
結婚準備に向けて新居を整えていた俺(アルフォンソ)のところへ、頼んでもいないキャンディが届いた。送り主は一月ほど前に婚約破棄を言い渡したイレーネからだという。受け取りたくなかったが、新婚約者のカミラが興味を示し、渋々了承することに。不思議な雰囲気を漂わす配達人は、手渡すときにおかしなことを言った。「これはイレーネ様の『思い』の一部が入っています」と――。
※こちらは他サイト様にも掲載いたします。
実家を追い出され、薬草売りをして糊口をしのいでいた私は、薬草摘みが趣味の公爵様に見初められ、毎日二人でハーブティーを楽しんでいます
さくら
恋愛
実家を追い出され、わずかな薬草を売って糊口をしのいでいた私。
生きるだけで精一杯だったはずが――ある日、薬草摘みが趣味という変わり者の公爵様に出会ってしまいました。
「君の草は、人を救う力を持っている」
そう言って見初められた私は、公爵様の屋敷で毎日一緒に薬草を摘み、ハーブティーを淹れる日々を送ることに。
不思議と気持ちが通じ合い、いつしか心も温められていく……。
華やかな社交界も、危険な戦いもないけれど、
薬草の香りに包まれて、ゆるやかに育まれるふたりの時間。
町の人々や子どもたちとの出会いを重ね、気づけば「薬草師リオナ」の名は、遠い土地へと広がっていき――。
【完結】醜い豚公爵様と結婚することになりましたが愛してくれるので幸せです
なか
恋愛
自分の事だけが大好きで
極度のナルシストの婚約者のレオナード様に告げた
「婚約破棄してください」と
その結果お父様には伯爵家を勘当され
更には他貴族達にも私のあらぬ噂をレオナード様に広めまれた
だけど、唯一
私に手を差し伸べてくれたのは
醜い豚公爵と陰で馬鹿にされていたウィリアム様だけだ
彼の元へと嫁ぐ事になり馬鹿にされたが
みんなは知らないだけ
彼の魅力にね
メイド令嬢は毎日磨いていた石像(救国の英雄)に求婚されていますが、粗大ゴミの回収は明日です
有沢楓花
恋愛
エセル・エヴァット男爵令嬢は、二つの意味で名が知られている。
ひとつめは、金遣いの荒い実家から追い出された可哀想な令嬢として。ふたつめは、何でも綺麗にしてしまう凄腕メイドとして。
高給を求めるエセルの次の職場は、郊外にある老伯爵の汚屋敷。
モノに溢れる家の終活を手伝って欲しいとの依頼だが――彼の偉大な魔法使いのご先祖様が残した、屋敷のガラクタは一筋縄ではいかないものばかり。
高価な絵画は勝手に話し出し、鎧はくすぐったがって身よじるし……ご先祖様の石像は、エセルに求婚までしてくるのだ。
「毎日磨いてくれてありがとう。結婚してほしい」
「石像と結婚できません。それに伯爵は、あなたを魔法資源局の粗大ゴミに申し込み済みです」
そんな時、エセルを後妻に貰いにきた、という男たちが現れて連れ去ろうとし……。
――かつての救国の英雄は、埃まみれでひとりぼっちなのでした。
この作品は他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる