上 下
2 / 40

2. 人の口に戸は立てられぬ

しおりを挟む
 悩みの種とは言うものの、ソフィアから行動に移す気は無かった。ラインハルトが良くないのに自分から言うのはさすがに嫌、なによりタイミングもわからないとソフィアは思っている。
 そうして、今日も今日とて仕事に逃げる。もとい、打ち込む。
「ソフィア、少しいいか?」
 魔法省の出世頭のドミトリーだ。皇太子妃の兄でもある。ソフィアが魔法省のユニフォームを着ている時は、同級生のよしみでソフィアと呼んでいる。呼ばせた。その他の場合は、側室認定されて様付けをされる。そんな機会は滅多にないのだが。
「どうした?」
「先日起こった殺人事件で魔法道具が使用されていた」
「珍しいものなのか?」
「よく売られているものだが、手の込んだ改良が加えられていた」
「へぇ、見てみたいな」
 ソフィアは珍しい魔法道具の解析が好きだった。分解する趣味があるともいう。
「ドミトリーさ~ん、ソフィアさんも」
 イライザが走ってきた。朝から元気なことだ。彼女は先月ソフィアのチームに入ってきた新米で、ソフィアが指導係をしている。伯爵家の令嬢で魔術や事務能力がとても優秀ではあった。
「お二人とも仲良しですね!」
「はは、同級生でしたから、ソフィア、話はまたあとで」
 ドミトリーは素っ気なく立ち去った。とても乾いた笑いをしていた。
「ソフィアさん。ドミトリーさんは本当にかっこいいですね!」
「そうだね」
 ドミトリーは高学歴、高身長、高収入に加え、家柄もよく、容姿端麗であったため、女性人気が高かった。
「そんなこと言っていいんですかぁ~?ソフィアさんは皇太子殿下の側室なんでしょう?」
「ふふふ、そうだね。それより、頼んでいた書類はもう終わった?」
「え?あれはですね、その」
「自分できちんとやりなさい、いいね?期待してるよ」
「はーい……」
 ソフィアはイライザをあしらうと、ドミトリーが行った方に向かった。
「ドミトリー、悪いね」
 イライザは、仕事を職場の男性に肩代わりをさせたり、ややドミトリーにまとわりついていたりしていた。能力は高いが、勤勉とは到底言えない職務態度だ。
「さっきの魔法道具の話だが、資料室に保管されている。手があいたら見てくれ」
「わかった」
 ドミトリーとはよく仕事の相談をしている。相談というよりも、ソフィアがあれ持ってきて、これ見たいと、何かを頼むことが多かった。
「それより、さっきの子には気をつけた方がいい」
「ん、イライザ?」
「噂を流している」
「あ~、うん。ドミトリーとソフィアは熱愛中って?ふふっ、どうでもいい」
 ソフィアは面倒な話をしてきたなと思った。ドミトリーが仕事以外の話をする時は、側室としての自覚を最低限は持てだの、少しは振る舞いに気をつけろというように着地する。忠言は耳に痛いのだ。
「あの子が狙っているのは皇太子の側室だ」
「へぇ、あわよくば玉の輿ってやつかな」
「さぁな、彼女の兄が後輩にいてな。そういう話が漏れ聞こえている」
「そう、まだ大事にはなってないね。とりあえず、何かあっても基本は穏便に済ますよ。手は出さないでほしい。あの子は優秀なんだ」
「優秀なのか、あれで?」
「うん!計画性が無いのが玉に瑕くらいだが、鍛えたらなんとかなるよ」
「……はぁ、相変わらず年下には甘い」
「可愛いからね。年下ってだけで加点300点!!!」
 ソフィアにとって、年下は可愛いものだった。よって、イライザも皇太子のラインハルトも皇太子妃のマリアナも程度の差はあれど可愛いとは思っている。
「殿下はどうするつもりだ?」
「んん~」
「本当は許しているんだろ」
「ふっ、わかるか」
「昔から特別殿下には甘い」
 ドミトリーはソフィアが側室となる際に激怒していたことは知っていたが、同様に学生時代から皇太子に対して大層甘~く優し~くしていたのも理解していた。
「今更言うのもタイミングがね。それより、あの子のことはどう思う?皇太子妃の御兄上?」
「どういう意味だ?」
「私はイライザが側室となっても良いと思うんだ」
「だめだ。それに、ソフィアが推薦するつもりだろう?勘弁してくれ」
「ええ~、だめ?まあ、わかったよ」
「絶対するなよ、絶対だからな」
「それは逆にしろってやつ?ふり?」
「違う」
「ふふふ、わかったよ、わかった。とりあえず、あの子の心をちょっと折って、仕事に集中させればいいわけだ。指導係の一環だね」
「指導係な……。あくまで、側室として殿下に向き合うつもりはないと」
 ドミトリーはソフィアの目を見つめた。やや責めるような色が入っている。
「まあ、あれだ。歳を取ると年下がたくさんできて嬉しいが、腰は重くなるんだよ」
 夕方までに魔法道具を見に行くと言って、ソフィアは立ち去った。ドミトリーはまたはぐらかされたなと思った。




しおりを挟む

処理中です...