美しい希

みぽにょ

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余韻

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 楽屋廊下に着くと、すぐに彼の声が聞こえてきた。
「お疲れ様でしたぁ!」
 楽屋前には人が群がり、バンドメンバーやダンサーたちの姿が見える。首筋には汗を何滴も垂らしているのにもかかわらず、彼らの表情は充溢かつ爽やかだった。彼らの中にはもちろん、彼の姿もあった。右手にはタオル、左手にはペットボトルを持ち、彼らと雑談をしている。
「ありゃあ、もうちょっと後で戻った方が良さそうだな。今はお邪魔になりそうだし」
 あの様子だと、今楽屋に行くのは場違いか。それ以前に、あそこにいるライブ関係者たちの前に行ったら、私のこと怪訝に見るだろうな。それは気まず過ぎて嫌だし。
「そうですね。そうしましょう」
「あ、美希ちゃん!ライブはどうだった?」
 踵を返して会場に戻ろうとしたところに、楽屋から舞さんが飛び出してきた。
「麻衣さん!お疲れ様です!」
「なんとかライブが成功して良かったわ。予想以上の盛り上がりで、こっち側もやり甲斐があったわ」
 走り回っていたからか、麻衣さんの顔は少し熱っているようで赤かった。首にはグッズとして売られていたタオルがかけられていた。
「それでそれで、美希ちゃん。ライブどうだった?すごかったでしょ」
 首にかけたタオルで額の汗を拭いながら、麻衣さんは尋ねる。
「すごかったです!めちゃくちゃ楽しかったです。あんなに感動して鳥肌が立ったの、人生で初めて」
「それはよかったわ。私がやったわけじゃないけど、その言葉を聞けてとても嬉しいわ。後で雄人にも直接感想言ってあげてね」

 自分が感じたものを彼に今すぐ伝えたい。無性にそう思ってしまう。彼のライブで、私がどれだけ感無量したかを。だって、感想を述べ出したら切りがないほど、頭の中に蘇る彼のライブ風景に私は幾度も衝撃を受けたのだから。
「はやく、早く雄人さんに感想言いたいです。-でも、今は忙しいですよね?」
 第一の感情を押し殺して、麻衣さんに尋ねる。
「そうね。雄人はまだやらないといけないことがあるわね」
「俺らは手伝わなくていいんすかね?」
 私と麻衣さんの間に、翔也さんが顔を出す。
「なに、その確認。昨日、スケジュール確認して嬉しがってたやつはどこのどいつよ」
 麻衣さんはそう言って軽く翔也さんの頭を叩く。
「仕事はここまで。あとは他の人たちに任せるわ。私たちは荷物まとめて行きましょうか」
「どこに行くんですか?」
「ホテルよ!」
 麻衣さんは二人の顔を見て、両手を胸の前で合わせた。控室の廊下に、パンっという明るい音が響いた。
 関係者との挨拶を済ませた麻衣さんに同行してもらい、ドームの地下入り口を出た。外はすっかり暗くなり、ドーム全体はライトで照らされていた。昼の時と違って、ドームのスケールがより強く感じて見えた。

 ここで、彼は歌ったんだ。五万人のファンと一緒に。そびえ建つ大阪ドームを見上げながらしみじみ思う。ついさっきまでライブをしていたのに、周りにはもうほとんど人がいない。まばらにまだ写真撮影をしている人はいるが、多くはドームからつながる道路に沿って駅・バス停、タクシー乗り場の方に歩いていた。
 歩道は行きし以上に混んでいた。私たちはその人混みに混じってタクシー乗り場の方に向かった。すると案の定、タクシー乗り場には長い列ができていた。
「……ライブ、もう最高だった。やっぱ雄人くん推しに勝るモノない。好きだわぁ」
 列の最後尾に続けて並んでいると、前に立っていた三人の女性軍の話が耳に入ってきた。
「なんであんなかっこよくて可愛いんだろうね。その二つ組み合わせられたら、もう最強じゃん?どう考えても、四十手前には見えないし。永遠の少年だよ。幸せ、いっぱい貰えたから、これでしばらく頑張れるわ」
 どうやら彼のライブを感嘆しあっているようだ。これも「余韻」というやつだな。
「やっぱ生の歌声って心震えるよね。ライブで聴いてめちゃ感動した。特に最後の『amazing』で号泣しちゃったもん。途中で雄人くんが涙ぐんでたところで涙腺崩壊したし」
「私も。最後にあの曲はやられた。でもやっぱ、ひろくんはあの曲が一番似合ってるよね」
 そうそうそうそう。私も心の中で会話の中に入って賛同した。
 彼のことを「雄人くん」「ひろくん」と呼びながら話す会話の内容に頷くほど共感できた。私も彼女たちと同じだ。彼の歌声に魅了されて心を奪われた。
 彼がアンコール前に歌った曲。自身で書き下ろしたという曲を、彼はギター一本で披露したのだ。
 会場にいる誰もが、彼の歌声に聴き入っていた。彼の歌声に吸い込まれていくかのように、私は自然と彼の世界に溶け込み、彼に同情したかのように気づけば私の頬にも涙がこぼれていた。感動したような、悲しみを感じ取ったような不思議な感覚が、今でも余韻として感じられる。

「......雄人の一番好きな景色だから。だからこそ、.......余計に感極まったのよね」
 女性軍の話に返すように、麻衣さんはボソッと呟いた。私はその独り言から哀愁を帯びた表情が目に入る。
 私はその表情を見て、にわかに溜まる唾液を飲む。
「こっちにもタクシー何台かきた。美希ちゃん、乗ろ」
 後ろから翔也さんが考え込む私の肩を叩いた。彼の手の感覚に、過敏に飛び上がる。
「タクシー、きたよ?美希ちゃん、ほら。荷物貸して」
「あ、はい。ありがとうございます。これ、お願いします」
 私は心に残る曇りを消し去るように頭を振り、翔也さんに荷物を渡した。
  
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