恋愛小説

七海美波

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ドミートリーは「おじゃまします」と一礼して家に入ると、「ソフィーの親御さんとお見受けいたします。今日はソフィーのことでお話があって、おじゃまさせていただいたしだいです。僕にソフィーさんと一緒に旅をさせてくださいませんか? もちろん、父の伯爵には、きちんと話をして許可をもらいますから」
両親は、しばらく小声で話し合った。
「どうする? 本当に行かせちまって、良いのかい?」
「いや、でも、下手に断れば、権力で何をされるかわからんしな」
両親の不安そうな様子とは対照的に、ドミートリーはニコニコしていた。
「ご心配にはおよびませんよ。何なら、ここで約束をしたという念書でもしたためましょうか?」
そのまま、「ソフィーを借り受け、僕と一緒に旅をさせる。ドミートリー」という念書を書いて、印璽を押す。両親は、あっけらかんとしていた。
「さあ、これで法的な準備は整った。明日には出発するから、ソフィーは荷物をまとめておいてくれ」
ドミートリーは念書を残し、意気揚々と帰って行った。
翌朝、朝食の黒パンとスープを食べ終えると、あたしは迎えに来たドミートリーと一緒に出発した。
「とりあえず、シンビルスクまで向かおう。シンビルスクは大都市だし、大学の文芸サークルの仲間たちも住んでいる。一日も早く、彼らにソフィーのことを紹介したいんだ」
それからのあたしたちは、山道を歩いたり街道を歩いたりしながら、シンビルスクを目指して何日もひたすら歩き続けた。道中では、ドミートリーもあたしみたいに農民の服装を着ていたので、金が無いと思われたのか、盗賊には襲われなかった。
「シンビルスクに着いてから正装に着替えれば良い。盗賊よけのためでもあるが、僕はとにかく、庶民の中に分け入り、生活を直に見たいんだ」
実際、ドミートリーは道中の茶屋で出された粗末な食事も、文句一つ言わずに、きれいにたいらげた。貴族なら、白パンや肉などの高級な食事に、舌が慣れているはずなのに。
歩き続けると、まるで湖かと見まがうほどの、大きな水量の多い川に出た。
「これはボルゴ川だね。大きな川だから、川を下ったり上ったりする船も多いんだよ。そして、ほら、川沿いの大きな町が、シンビルスクだ」
ドミートリーが指差すほうを見ると、尖塔のある建物がいくつか見え、その周囲を囲むように、民家や屋敷が密集していた。こんなに大きな集落を見たのは、生まれて初めてだった。今でも、そのときの感動を鮮明に思い出せるぐらいだ。
町の中は、商人や鍛冶屋や兵士でごったがえしていた。
「さて、ここでソフィーにやってもらいたいことがある。この町の悪徳役人、リカンクンを暗殺してほしいんだ。武器は、このモーゼル拳銃を使うと良い」
ドミートリーは、あたしに黒光りする拳銃を渡す。拳銃はズシリと重かった。ドミートリーは、あたしを路地裏に連れ込み、路地裏をぬって、一軒のバーにたどり着く。
「ここが、リカンクンがひいきにしているバーだ。一見、さびれたバーだが、中では女の子にひどいSMプレイを強要している。ソフィーはバーに乱入して、リカンクンを射殺し、女の子を救出してほしいんだ」
あたしは、いきなりのことに脳がついていけず、返事をためらった。
「どうする? 無理強いはしないが、やらないなら、僕とはここでお別れだ。覚悟の決まらないやつに、革命はできないからな」
あたしは、この一言で、覚悟が決まった。別れてポーレ村に帰るにしても、遠い道程を女一人で帰るのは危険すぎるし、何よりドミートリー無しの生活は考えられない。以心伝心でドミートリーに伝わったらしく、ドミートリーが勢いよくバーの扉を蹴破る。薄暗い店内にいた男女の給仕たちは、ソフィーのモーゼル拳銃に震え上がった。ドミートリーが「静まれ! イワノフ伯爵家の手の者だ!」と叫びながら、奥にある個室の扉を一つずつ開けていく。そして、最も奥まった部屋を蹴破ると、中では、太った裸の男が、裸の女の子の耳にピアス穴を開けながら犯している最中だった。男が「何奴?」と叫びながら振り向く。
「こいつがリカンクンだ。ソフィー、撃て」
ドミートリーが叫ぶと同時に、あたしは何も考えられずに、無我夢中で連射し続けた。引き金を引いても弾が出なくなったので、ドミートリーのほうを見やると、「充分だ。十発の弾のうち、三発がリカンクンに命中した」と言った。あたしが恐る恐る前を見ると、あおむけに倒れた男の頭と心臓と左腕に弾が命中したらしく、鮮血がほとばしっていた。女の子は恐れをなしたのか、服も着ずに部屋から逃げ出す。あたしはといえば、初めて人を撃ったショックと、拳銃の反動で、体中がガクガク震えていた。
「よくやった。ソフィーの革命への忠誠心、しかと見せてもらったぞ。さあ、仲間を紹介するから、大学へ向かおう」
あたしはドミートリーに手を引かれ、人混みをすり抜けて、町の中心部にあるシンビルスク大学へと向かう。
「着いたぞ。ここが僕の大学だ」
大学は、上層階級の子弟が通うだけあって、建物は立派だった。上等のレンガ造りの建物である。
「うわぁ、ポーレ村の木やわらで造られた家とは、ずいぶん違いますね」
「とにかく、講義棟裏の納屋へ行こう。納屋は使われてないから、文芸サークルは、そこに机といすを持ち込んで活動してるんだ」
あたしたちは納屋へ行ったが、納屋はかなりボロくて、木とわらでできていて、崩れかけていた。
「なぜ、こんなボロ屋で活動なさってるんですか?」
「文芸サークルは非合法に近い活動をしているからね。まともな部屋がもらえないんだ」
扉を開けて中に入ると、三人の男女がテーブルを囲んで、何やら話していた。
「皆に紹介しよう。新しく仲間になったソフィーだ」
あたしはペコリと一礼する。続いて三人が自己紹介する。まずはやせぎすの男だ。
「俺は、ペトロ・パウロフスクだ。よろしく」
次は背の高い女だ。
「私は、タマラ・スモーリヌイ。よろしく」
最後はノッポの男だ。
「オイラは、ロック・ゲルシュニだ。よろしく」
ドミートリーとあたしが着席したのを見はからって、ペトロが言う。
「ようやく、内務大臣のオフラーナ大公を暗殺する準備が整った。爆弾も、懇意にしている地下組織を通じて入手予定だ」
「ついに決行ね。腕がなるわ」
内務大臣なんていう役職自体、初めて聞くあたしには、全く理解できなかった。
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