異世界転移に夢と希望はあるのだろうか?

雪詠

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第三章 王立学校

第三章蛇足⑧ 記憶

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 王立学校は週三日登校日がある。これは設立時に決まったもので、長い歴史の中で変わったことはないらしい。

 それでも生徒のレベルが高く、国内におけるトップの称号を欲しいままにしているのは、生徒一人ひとりの意識がとてつもなく研ぎ澄まされているからだ。

 たとえ休日であろうと自ら学ぶ姿勢を維持し、訓練所には人が集まる。逆に卒業後の進路で軍に入ることを考えていない者は図書館なり、研究室なりに通っているとのことだ。

 身近な奴の例で言うと、キリヤは前者、グラントは後者だな。

 かくいう俺は、この学校を卒業した後のことは一切考えていない。恐らくはフリードの元に帰ることになるだろうが、もしメアの薬が見つからなければ少しは残るかもしれないな。

 今のところ俺の休日はその薬の手がかりを探すことに費やされている。といっても中々見つからずに、手詰まり状態だ。リーリヤさんが所属していたという生態研究会なるものはとっくに廃止されてしまっているらしく、そっちに希望は見出せない。

 そんなこんなで最近は、平行して戦いの訓練をやるようになった。授業のため……と言いたいところだが、実際は少し違う。

 この国に来て、何かと不信な出来事が多いから、というのが一番の理由だ。

 罪人の起こした事件に俺の本名が書かれていたこと、一度罪人の一人と遭遇し薬を盛られたこと、俺の身の回りの人にちょっかいをかけているやつがいる可能性が高いこと、もろもろのことを含めて備えは十分にしておいた方がいい。

 そういう訳で、学校の訓練所を借り、雷鳴鬼と模擬戦闘をしているのだ。

 そして今日の結果も敗北。動きにはついていけるが、素の戦闘力で負けている。魔法の速度、動きのキレ、相手の行動の予想、全て上をいかれているのだ。
 当面の目標は、そのどれか一つを超えることだな。

「はぁ~疲れたぁ~。汗かいちゃったよ」

 げんなりした顔で雷鳴鬼は手で煽ぐ。顔を見ると汗一つかいていないが、顔が語る疲労は数日間家を出ていない者が急に外出した時と似ていた。

「ねぇ~帰りにあそこ寄ってかない?」

 慣れた口調で雷鳴鬼の言うあそこ……とは、この街にある温泉のことだ。帰り道を少し逸れたところにあって、何度か雷鳴鬼と行ったことがある。珍しい茶色の濁り湯で、俺の温泉マップにしっかりと刻まれているのだ。

「さっさと帰りたいんだけど」

 運動をすると腹が減るのは当然で、今もこうしてグルグルと空腹を知らせる音が鳴っている。早く帰ってティアの料理を食べたいのだが。

「いつもより早く終わったからいいだろ~? ボクの機嫌取んないんなら、もう手伝わないからね~?」

「こいつ……」

 そう言えば俺が強く出られないことが分かっている。
 仕方なく俺はそれに従うしかない。

「はぁ……分かった。俺もちょうど行きたかったしな」

「やり~! れっつごー!」

 口を緩め、雷鳴鬼が少し歩く速度を上げる。まるではしゃぐ子供のように振る舞うその姿を目で追いながら俺もその後に続いていく。

 こうして見ると、雷鳴鬼の見た目ってかなり目立つな。容姿……もそうだが、なんというか、風格のようなものがある気がする。鬼特有の威圧みたいなものか?

 前に出る雷鳴鬼を何となく見つめていると急に振り返り、

「なんだい? そんなにボクの体を見て、発情してるのかい?」

 後ろ歩きのまま、少し体を前に傾けてそう話しかけてくる。

「馬鹿言うんじゃねぇ。誰がお前なんかで発情するか。つーか、周りの目がある時に変なこと言うな」

「ふーん。じゃあ、二人きりならいいってことかー、そっかそっかぁ」

 ひたすらに俺を煽ってくる雷鳴鬼。もはやこれも慣れたものだが、ストレスはしっかり溜まる。

「めんどくさいから突っ込まないぞ」

「つれないなぁ。ま、君の本心は語らずとも分かるから。そういう事にしておいてあげるよ」

 鼻で笑いながら勝手に人の思考を決めつけてくるものだから思わず、

「……違うからな」

 否定の言葉が口からこぼれ落ちる。しまった、と思う間もなく雷鳴鬼はそれに反応して、

「どーだか。だって、ほんとはボクにそのありあまる劣情を向けたいんじゃない?」

「ありえん」

「またまた~。ご冗談が上手いねぇ」

「てめぇ……」

 この手の煽りの耐性が俺はとことん弱いらしい。乗らないと言いつつ、思わず口出しをしてしまう。

 このまま戦うのはまずいと思い、話に区切りをつけようと、

「とにかく、俺がお前に邪な気持ちを向けることは万に一つもない。断言しとく」

 そうきっぱりと断って、さぁ風呂へと足を進める。

 しかし、

「へぇ~……そこまで言うなら、証明してみてよ」

 薄ら笑いを浮かべ、雷鳴鬼は再度挑発をしてくる。無邪気さに特殊な色っぽさを混ぜた不思議な雰囲気が感じられて一瞬惑うが、すぐに自我を取り戻して質問を返す。

「証明?」

「そ。貸し切りの風呂を借りて二人で入る。それも感覚を共有したままね。それで君が少しでも揺らがなかったら、ボクの非を認めようじゃないか」

 ぺらぺらと提案を述べていく雷鳴鬼だったが、こんなの罠だとはっきり分かる。故に、俺が下す決断は、

「……却下だ」

「あれれれれ~? ってことは~、やっぱり~?」

「違うからな! ただ単にお前と二人で同じ風呂に入るのが嫌なだけだ」

 そう言っても雷鳴鬼は下がることを知らない。俺を決して逃がさないように挑発を繰り返してくる。

「……逃げるのかい?」

「逃げじゃねーし」

「はぁ~なんだ。やっぱ君は口だけか」

「……」

「君の潔白を示すいい機会なのに、よっぽど自信がないんだねぇ」

「……」

「ま、それも仕方ないか! だってボクが魅力的すぎるから―――」

「やってやろうじゃねぇか!」

 堪忍袋の緒が切れた、とはまさにこのことだろう。勢いに乗せられて、俺は完全に間違った選択をしてしまった。

 ▶▷▶

「なんであんなこと言っちまったんだ……」

 現在、風呂に浸かりながら俺はひたすら後悔をしていた。

 そして俺の横には雷鳴鬼が生まれたままの姿で伸び伸びと風呂に入っている。前部分が全開だが、それでもお構いなしらしい。

 いつもは着物姿だから分かりにくいが、雷鳴鬼もちゃんと女性の体つきをしている。むしろスタイルで言えばモデル顔負けと言ってもいいかもしれない。

「感覚の共有は……しなくても平気そうだね~」

 そう言いながら、雷鳴鬼の視線は下の方へと落ちていく。

「……はい。俺の負けです」

 絶対に言い訳の出来ない部分が俺の本心を曝け出している。これはもう言い逃れができない。

「ふふーんだ! やっぱり君はボクにお熱ってわけだ。罰は何にしよっかな~」

 楽し気にそう話すが、「罰」という聞き逃してはいけない単語が聞こえてきた。

「おい待て。罰云々の話は出てないだろうが」

「あれ~そだっけ?」

「とぼけんじゃねぇ! 罰は受けねぇぞ」

 俺の断固たる姿勢に雷鳴鬼は舌をペロっと出し誤魔化してくる。こいつに罰を決めさせたら堪ったものじゃないからな。

「はぁ……ったく」

 一通りのやりとりを経て、束の間の静寂が訪れる。さっきよりもやけに大きく聞こえる、お湯が水面に注がれる音が風情を感じさせ、示し合わせることもなく俺達はこの空気に馴染むのだった。

「……そういや、さ」

「うん?」

「俺が呼び出す前って、どこにいたんだ?」

 不意に湧いた疑問。雷鳴鬼には名前の記憶がない。それを思い出す手がかりを見つけるために知っておいて損はないと思ったのだが、

「……どこだろう」

「それも覚えてないのか?」

「そうだねぇ……自分が『ライメイキ』だってことは分かる。でもそれ以外はすっぽり記憶がないんだ。どこにいて、何をしていたのか。自分の名前さえ分からない」

 天を仰ぎ、雷鳴鬼は諦念に満ちた声色でそう話す。

「ま、鬼である以上、魔界にいたのは間違いないと思うけどね~」

「魔界……か」

「そういえば、君はボクの名前を思い出す手伝いをするって言ってたんだっけ」

「そうだな」

「魔界に行くわけにもいかないし、実際どうやるつもりなんだい?」

「……」

 そう言われると困ってしまう。大してこの世界の仕組みに詳しくないうえ、俺に出来ることは限られている。記憶を呼び起こす魔法なんかがあれば良いのだが。

 ノープランの俺を見抜いてか、雷鳴鬼は一呼吸置いた後、

「ボクの記憶のことは別にいいよ。なんだかんだ今の生活も気に入ってるしさ」

「雷鳴鬼……」

「あー、そしたら君に名前をつけてもらうんでもいいな。第二の人生って感じで」

「俺のネーミングセンス舐めるなよ。どれだけ才能がないかは俺自身、自負している」

 魔法の名付けもなるべくシンプルにして誤魔化しているが、個性を出したらきっと無残なことになってしまうだろう。

「それは……確かに困るね……」

「……記憶を思い出したいとは思わないのか?」

「いやーとくには———」

 そう言いかけるが、少し考えるような表情をし、

「ごめん嘘。気になるかも」

 いつもとは違う、茶化していない本心、その一端を覗かせる。

「……分かった。そんじゃ俺が何とかしてやる」

「何とかするって……具体的にどうするのさ」

「それなんだよなぁ……」

 この世界は前の世界と違って、意外となんとかなることが多い。その要因の大部分を占めているのはやはり超常現象、魔法という技術だ。

 不可能を可能にするにはこれを頼る他ないだろう。

「この在学中になんとか調べてみるよ。図書館とかかなり魔法関連の本があったし、記憶に関する奴もあるだろ」

「ありがたいけど……いいのかい? 君は今、吸血鬼の子の方を優先するべきだろ?」

「ああ、分かってる。でもそれはそれ、これはこれだ。同時並行で上手い事やるさ。メアのことも大切だけど、お前のこともかけがえのないものだと思ってるからな」

 俺の中の大部分を占める人達。メアにシャロにティア、それからフリードやロイドも全員俺の大切な人達だ。無論、その中には雷鳴鬼も入っている。ここに優劣なんかない、紛れもなく大事でなくてはならない存在なのだ。

 だから俺は、その枠組みにいる人達にできることをしたい。してあげたい。それが俺の生きる理由だから。

「なんだよ」

「べ、べっつにー……」

 雷鳴鬼は珍しく黙ったまま顔を湯船にブクブクと沈めていく。

「ま、いつか俺がお前の本当の名前を呼ぶ時を楽しみにしようぜ」

 湯気に包まれたまま、俺達はもう一度深くその温度に浸るのだった。

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