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第一章 幼少期編
第22話 『地上への帰還準備』
しおりを挟む凍て付く氷もろともに体を砕かれたギド・スパイダーは、バラバラと辺りに破片を撒き散らして、残骸へと成り果てた。
完全に討伐した事を確認して、駆け寄って来たリクを笑顔で迎えていたシルヴィアは、その破片の一つを見て、ふと我に返り・・・笑顔が凍り付いた。
そこには、光を失った八つの目が残った魔物の頭部・・・顔の部分が転がっており、悪い事に丁度こちらと目が合う角度であった。急激に顔からさぁーっ、と血の気が引くシルヴィア。
巨大かつ強大な魔物であるが故に。そして、必死であったが為に、今まで戦っていた相手が『巨大な蜘蛛の魔物』だという事を完全に忘れていたのだが・・・それを思い出してしまったのだろう。
「あ・・・あははは・・・」
「お、おい・・・シル?大丈・・・わあっ!?」
カタカタと小刻みに震えながら、乾いた笑いを上げるシルヴィアに驚いたリクが一歩近づく・・・前に、物凄い勢いで彼女は抱き付いてきた。
「ふええぇぇぇぇぇん!!!!」
再び、全力のベアハッグ・・・もとい、しがみ付かれたリクは、彼女の栗色の髪を優しく撫でながら『落ち着くまで待つしかないなぁ』と苦笑する。
一番苦手な物を前にして、今回の彼女は最後までよく耐え抜いたとリクは思う。だから今は、労う意味も込めて、彼女の好きにさせておこうと・・・自分の背骨が軋む音は敢えて無視して。
こうして、シルヴィアが泣き止むまで暫しの時間を要するのだった。
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「さて・・・精霊達、治療してあげないとな」
「・・・うん。そうだね・・・ごめんね、精霊さん達・・・待たせちゃったよね」
未だ精霊達は、ギド・スパイダーの蜘蛛の糸に自由を奪われ、意識を失ったままだった。漸く落ち着きを取り戻したシルヴィアは、ばつが悪そうに指で頬を掻き、精霊達の治療準備を始めた。
その間、リクは慎重に風魔法で蜘蛛の糸を切って、精霊達を一人ずつ救出する。どうやら全員で八人居る様で、それぞれが幼い子供程のサイズだった、外の精霊二人と比べても小さい。
恐らく魔力の枯渇と、瘴気の影響なのだろう。
そうこうする間に、シルヴィアの準備が整った。5本の魔力回復薬を地面に置き、自らの魔力をゆっくりと練り上げながら、彼女はリクへ声を掛ける。
「よしっ、と・・・リっくん、薬の準備が出来たから一人ずつ私の近くに寝かせてあげてくれる?」
「おっけー。俺、これは手伝えないからな・・・頼むよ、シル」
今回、不測の事態に備えてシルヴィアは、現在制作済みであった魔力回復薬の在庫全てを持ち出していた。
大抵の怪我は、自分達の治癒魔法で立ちどころに癒す事が出来る二人だが、当然ながら魔力には限りがある。
成長と訓練により、以前よりも遥かにその総量を増やしているリクとシルヴィアも、最大威力の戦技や魔法を数発も放てば、あっという間に魔力切れを起こしてしまう。
常に身に着けている魔法具『魔力貯蔵具』に貯蓄している魔力は、最大でも自身を一度全快させれば空になる。連戦となれば使いどころが難しい。
自分達にとって、未知の領域の調査という初体験の依頼だった事もあり、持てる回復手段は全て用意しておこうと、シルヴィアは自宅から自分用の在庫を殆ど全て持ち出していたのだった。
リクの手で一人ずつ精霊がシルヴィアの近くへ・・・丁度円を描くように寝かされる。彼もこれから少女の行う治療を心得ているからこそ、この配置なのだ。
そして、シルヴィアは精霊達と自分の距離を目測で測り、効果範囲に問題が無い事を確認すると・・・5本の魔力回復薬の栓を開け、中身を全て周囲へと勢いよく撒くと、同時に練り上げた魔力で治癒魔法を解き放つ。
「【広域治癒】・・・魔力回復薬を閉じ込める様にして・・・・ッ!」
濃い緑色をした治癒の光が、ドーム状に広がる。その中にシルヴィアとリク、そして寝かされた精霊達と・・・振り撒かれた魔力回復薬がすっぽりと包まれた。
シルヴィアの狙いは、このドーム状の治癒の空間内に魔力回復薬の効果を閉じ込め、魔法の治癒効果と、魔力回復薬の効果の相乗化だ。
元々、薬師の魔力を用いて生成する魔力回復薬は、他者への使用時に限定されるが、更に魔力を上乗せする事で、効果を高める事が出来るとの研究結果がある。
但し、それには薬師の魔力と使用者の魔力の親和性が高くなければならない、ともその研究は述べているのだが、この魔力回復薬はシルヴィア自身が生成したものだ。
問題なく魔力は混じり合い、治癒空間内には濃密な魔力回復薬の効果が広がってゆく。
「シル・・・・・魔力大丈夫か?結構、使っただろ?」
「ん・・・ちょ・・・っと、キツイ・・・リっくん、お願いがあるんだけど・・・・」
「何?」
「・・・帰り・・・おぶってくれる?」
「ああ・・・、そういう事か。良いよ、シル今日はすっごく頑張ったもんな。お安い御用だ!」
実の所、シルヴィアの魔力は殆ど残っていなかった。【広域治癒】自体、相当量の魔力を必要とする魔法なのだが、それ以前に、ギド・スパイダーとの闘いの直後なのだ。
【障壁:魔力盾壁】【氷嵐】【結界:暴風】【氷結陣】と立て続けに魔力消費量の多い強力な魔法を連発した代償に、彼女の魔力はごっそりと持って行かれたのだ。
魔力貯蔵具に貯め込んだ分も使い切り、なんとか【広域治癒】を発動出来たと言っても過言ではない位の消耗ぶりであった。
一方リクは、自身の魔力が治癒魔法にはあまり適していない事を承知している。それ故に、手を貸して欲しいという願いだった場合はどうしたものか、と考えていたのだが・・・
彼女の言葉に、自分のやるべき事はシルヴィアを、そして精霊達を無事に地上へと連れ帰る事のみだと再度認識し、笑顔で請け負うのだった。
やがて治療が終わり、緑色のドームが消失する。精霊達は一人、また一人と目を覚まし、辺りの様子を伺いだす。魔力は相当回復した筈だが、体の大きさは余り変化していない。元々、小さい精霊だったのだろうか。
八人全員が目覚めるのには少し時間が掛かり、その後リクとシルヴィアは、状況を把握できていない様子の精霊達に事の顛末を説明する。幸い、外で出会った精霊達の『匂い』がすると認識され、口々に感謝を伝えられる。
「アリガトウ!!助ケテクレテ、怖イノヤッツケテクレテ、アリガトウ!!」
「ふふ・・・どういたしまし・・・・て」
「・・・っと。シル、大丈夫・・・じゃないな。魔力切れ?」
「うん・・・もうダメ。リっくん、後お願い・・・ね」
お礼の言葉に微笑んで答えようとしたシルヴィアの体がふらつき、倒れそうになるのをリクは素早く後ろに立って、その背中を支える。
慌てて心配する精霊達に『大丈夫、ちょっと疲れただけだからさ』と笑みを浮かべて見せ、今にも眠ってしまいそうなシルヴィアを慎重に背負う。
しかし、ここで予想外の事が起こった。
「「「私達モ!!楽シソウ!!混ゼテ混ゼテー!!」」」
「ちょッ!?・・・いや、八人は流石に無茶苦茶だろ!?」
精霊達はリクの行動を『何かの遊び』とでも思ったのか、一斉に彼の腕、肩、頭へとしがみ付く。背中のシルヴィアと合わせて九人を乗せた形でリクは抗議の声を上げるが・・・すぐに諦めた。
別に重いという訳でも無かったからだ。最悪【肉体強化】を使えば何とでもなるので、今は時間の浪費を避ける方が大事だろうという判断もある。
悩むくらいなら取り敢えず動く。シルヴィアとは対照的に、リクは深く考える事よりも、迅速な行動を優先する事が多い。今回はその典型と言えるだろう。
「落ちても文句言うなよ?じゃ、地上に向かって出発だ!」
早くも背中で寝息を立て始めたシルヴィアを起こさないようにと、そっと立ち上がるとリクは精霊達に声を掛け、地上への道を歩き始めるのだった。
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