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第二章 アカデミー編
第31話 『リスティアへの道』
しおりを挟む晴れ渡る空の下、ライラックの村を出発した隊商の一団は一路、人族の王都・リスティアを目指し馬車を走らせていた。
村を離れるにつれ、街道はだんだんと整備されたものへと変わっていく。
半日ほど進んだ現在では『一応』程度ではあるが、舗装された石畳の道になっており、リクとシルヴィアは興味深そうに頻りに辺りを見回していた。
「馬車って結構速いんだな。村の馬ってそんなに速く走ってる印象無かったんだけどなぁ・・・」
「馬車の馬は、ほら・・・前に居る御者の人が魔具で馬に【肉体強化】とか【体力回復】を使ってるんだよ?だから、村の馬より速いんだって」
「へぇ~・・・魔具なら誰でも使えるし、馬が疲れにくい上に速く走れるようにするって、考えた人凄いな」
「そうだねぇ・・・でも、それでも着くのは明日のお昼頃になるんだって。リスティアって、遠いんだね」
「・・・・・やっぱ走った方が速いよなぁ。・・・やらないけどさ」
隊商の護衛、と村長には言われているものの・・・整備された街道で魔物に出会う事は極めて稀な事だ。
時折魔力を周囲へと放ち、一応の索敵は行っていたが、半日過ぎても何事もなく旅は順調そのもので・・・
要するに、周りの風景を楽しむ位の余裕があった。というより、護衛としては暇な限りである。
昼食と馬の休憩の為に、隊商が街道の所々に設けられた車止めに馬車を停止させ、各々が休む中でも、二人は手持ち無沙汰で話を続けていた。
「まあ、何も起きないのが一番なんだよな。今までが寧ろおかしかったんじゃないか?って、最近ちょっと思ってる」
「・・・うん、私も。ただね、何だか落ち着かない自分が居るのも・・・だよね?」
「シルも?・・・そうなんだよ。何も訓練してないで、馬車に乗せて貰ってるだけって・・・体が鈍りそうなんだよ」
隊商の人から貰った固い保存用のパンと水とで、簡単な昼食を取りつつ、リクとシルヴィアはただただ安全な旅に体を持て余していた。
とは言え、村人総出で自重を求められた以上は、いつも通りの行動をする訳にもいかず。
せめて狩りにでも行けないだろうか、と再び走り出した馬車の中から獲物を探し出す始末であった。
そして夕刻・・・隊商にとっては悲報、リク達にとっては朗報と言える事態に遭遇する。
「・・・?・・・あれ?何かこっちに凄い勢いで向かってくる反応があるよ?」
異変に最初に気付いたのはシルヴィアだ。持て余していた魔力を周囲に放って索敵を繰り返していた彼女は、自分たちの右側面へ遠くから何かが近づいている事を察知した。
真剣な表情に切り替え、注意深く相手の様子を探るシルヴィアの姿に隊商の面々がにわかに騒ぎ出す。敵襲と思ったのだろう。
「お?そっち?・・・あ、でもこれは魔物じゃあないなぁ。・・・大きさ的に、イノシシか何かか?」
「うん、多分そうだと思う。移動速度も速いし、真っすぐ突っ込んで来てるし・・・ね、リっくん」
「ああ。これは・・・・・今夜の晩メシは豪勢になるな、シル!」
「い、いや!?君達、一体何を言ってるんだ?まだ姿も見えないのに、魔物かも知れないだろう!?」
「大丈夫です、魔物なら瘴気を感じますから。この反応なら、大型だけど普通の動物ですよ?」
慌てて臨戦態勢を取ろうとする者、馬車と荷物を少しでも逃がそうと動き出す者と、慌てる面々とは対照的にシルヴィアは落ち着いて事態を説明するのだが・・・
「もうそこまで来てるな・・・普通に見えた、あれは・・・確か『ギガントボア』だったっけ?」
「「「げえぇっ!?ギガントボア!?」」」
シルヴィアが示した方向をじっと見つめていたリクが、突っ込んでくる相手の正体を口にする。それを聞いた商人達は一斉に慄いた。
ギガントボアは、普通のイノシシの数倍はある体躯を誇る大型の獣だ。圧倒的な体重を生かした体当たりは絶大な破壊力を持ち、正面から衝突すればまず命は無い。
足もイノシシより遥かに速く、突進を躱す事は至難の業とされる・・・強敵といえる相手だ。
「うん、あれなら皆の分の夕食も・・・明日の朝食と昼食までいけそうだねっ」
「だな、腹一杯食えるぞー。皆ツイてるな、アイツの肉は美味いんだ」
「「「何言ってるんだ君達!?早く逃げないと!!」」」
居並ぶ面々の驚きをよそに、リクとシルヴィアはその強敵を『食料』としか見ていなかった。
総出でツッコむ商人達を尻目に、リクは長剣を抜き放つと軽い足取りで、こちらへと突っ込んでくるギガントボアに向かって行く。
シルヴィアはただその背中をニコニコと笑顔で見送るだけだ。彼女は既にギガントボアをどう調理するか、という事を考えているのである。
「さて、悪いけどパパっと行かせて貰うか!・・・【肆式・風裂剣】!!」
リクは刀身に青く輝く魔力を纏わせ、対象を傷付けずに切断する事を主眼とした戦技・・・風裂剣を発動した。そして、猛烈な勢いの突進を体を軽く捻り鮮やかに回避する。
「ギリギリまで引き付ければ、案外見切れるもんだよ?・・・おりゃッ!!」
目標を逸したギガントボア。その首へとリクは風裂剣を一閃した。スパン!と音を立て、刎ね飛ばされた大きな頭部は弧を描き・・・商人達のド真ん中へと着地する。
「「「ひえええええ!?」」」
「リっくん、お疲れ様!鮮やかだねっ」
「じゃ、シル。コイツの血抜きとか下処理は俺がやるから、美味い料理期待してるよ?」
「うん、任せて!!今日は腕を振るっちゃうから!」
確かに相手は魔物ではなかった。だが、一般人である彼ら商人達一行からすれば、大型の獣の襲撃はとてつもない脅威だ。事実、彼等はパニック寸前にまで陥ったのだから。
隊商の代表である商人は今更ながら、ライラックの村の村長・ガタルキが言った言葉の意味を理解していた。
『あの子達は、本当に腕が立つ。王都でもそうそう並ぶ者などおるまい・・・村の代表として保証するぞい』
「・・・こんなに強いなんて思いませんでしたよ、村長・・・上級騎士でさえ足元にも及ばない位じゃないか」
テキパキと食事の用意を始めた二人を皆で見つめ、商人達はこの旅が最後まで安全である事を確信するのであった。
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