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第二章 アカデミー編

第41話 『拳で語る男達』

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男子の部の順位戦は大詰めを迎えていた。

残った受験生はリクとアレイの二人のみ。脱落者達は軒並み気絶したままグラウンドの隅・・・防護結界が施された退避区域へと運ばれている。

その中で、数少ない意識を保ったまま座って観戦する二人・・・ルーカスとシードは、リクとアレイのどちらが勝つのかという事を話していた。


「遂に残り二人・・・リクとあのアレイって人と、どっちが勝つんだろう・・・」

それがしの見た所・・・アレイ殿はまだ本気を出して居なかったようでござるが、あのリクという御仁からは・・・底知れぬ、膨大な力を感じるでござる」

「・・・つまり、君の見立てではリクの方が優位って事なのかい?」

「そうとは言い切れんでござる。アレイ殿の本気の実力も未知数でござるしな・・・む、そろそろ始まるようでござる」


戦闘については素人に近いルーカスは、先程までアレイと互角の戦いを繰り広げていたシードの見立てを聞き、若干リクが優勢なのかと考える。

しかし、シードは続けてアレイの本気の実力も侮れないであろう事を挙げ、勝負の行方は簡単には予測出来ないと、自分の意見を纏めた。

ここまでアレイは本気では戦っていない。唯一、シードとの戦いのみが、殆ど本気に近い力で臨んだ一戦と言える。

リクに至っては、ルーカスに対してもかなり加減をした戦いぶりであった。つまり、これからのアレイとの一戦で初めて本気の戦いを見せるのだろう。

そして、リクとアレイの二人がグラウンドの中央部へ移動し・・・互いに距離を取って構えるその瞬間を、ルーカスとシードは固唾を飲んで見つめる。

一方、観客席でもシルヴィアとミーリィ、そして女子の受験生達が開戦を今か今かと緊張の面持ちで待っていた。


「・・・大丈夫かな・・・リ・・・ク君」

「時々噛むのは何でだよ・・・」

「き、気にしないで?・・・それより、ホントに大丈夫かなぁ・・・」

「アイツ等なら大丈夫だろ?多分、どんだけぶつかり合っても死にゃしないさ」

「そうじゃないの、ミーリィ。その・・・リク君、間違いなく本気になるだろうから、教練グラウンドが大丈夫かな、って」

「・・・マジかよ・・・今の内に逃げた方が良いんじゃねぇのか、それ・・・」


思わず『リっくん』と口にしてしまいそうになり、噛み噛みで何とか言い直すシルヴィアに呆れるミーリィ。だが、続くシルヴィアの言葉に彼女は声を失う。

真面目な表情でシルヴィアは、アレイの心配ではなく、教練グラウンドそのものが心配だと言うのだ。本気でリクが戦闘を行えば、防護結界が保たないのではないか、と。

冗談で言っている様には見えないその姿に、ミーリィは本気でここから退避するべきかと思うのだった。


「・・・さてと、大体こんなもんで立ち位置は良いかな。アレイも同じ位は距離を開けたみたいだし・・・」


周りで色々と自分とアレイの戦いが注目される中、リクは決戦の準備を終えていた。同様にアレイも離れた場所で準備が出来た旨を教官へと伝えているのが見える。


「いよいよアレイと戦うのか・・・武器も、小細工も・・・手加減も勿論無しだ!」


気合を漲らせ、固く両の拳を握るリク。この戦いだけは全力で・・・武器ではなく、己の肉体のみで戦う事を決めていた。

それは、アレイの戦闘スタイルを垣間見た事で、同じ戦い方・・・即ち、徒手空拳のみで戦ってこそフェアであるとリクは思ったのだ。

その思いと覚悟は、離れた場所で同じく構えるアレイに笑みを浮かべさせる。


「やってくれるな・・・俺と同じ土俵で戦い、打ち破って見せるという意思表示・・・その覚悟、確かに受け取った!」


返礼とばかりにアレイは両の拳を打ち付けて見せ・・・そこから右腕を大きく後方へと引き絞って構える。リクに対して『最初は右の拳で行く』という宣言である。

自分の拳に正面から挑んで来い、という意思表示。そんなアレイに今度はリクが笑みを浮かべ・・・やはり右の拳を大きく後方へと引き絞った。


「残った二名、準備は良いな?・・・それでは、試験を再開する!」


教官の大きな声が響き渡り、リクとアレイは同時に互いを目掛けて走り出す。両名とも最初から【肉体強化フィジカル・ブースト】を全開で発動させての突貫である。


「うおぉぉぉぉぉッ!!!!」

「ぬうぉぉぉぉぉッ!!!!」


瞬く間に互いの間の距離を埋め、それぞれの右の拳が唸りを上げて放たれて・・・激しく激突する。全力対全力のぶつかり合いの衝撃で、地面が大きくひび割れ、退避区域に張り巡らされた防護結界を揺さぶる衝撃波が飛んでくる。

破壊こそされなかった結界だが、たった一度の激突で大きく揺さぶられた事実に、教官達が慌てて魔力マナを注ぎ込み結界を強化し始める。


「くッ・・・!!なんて出力だ・・・押し負けてるッ!?」

「【肉体強化フィジカル・ブースト】は俺が最も得意とする所なのでな!そして・・・お前と俺では、体格差がある事も要因だ!!吹き飛ぶがいい!!」

「簡単に・・・ッ!!やられるかよッ!!」


激突の瞬間は互角に見えた二人の拳。しかし、徐々にリクの拳はアレイに押し込まれていたのだ。驚愕の声を上げ、右腕に力を込めるリクだったが、それを更に上回る力でアレイは拳を振り抜く。

肉体強化フィジカル・ブースト】の出力の差も確かに大きいが、アレイの言通り二人の体格差の方が大きな要因である。そもそもの膂力に差がある為、単純な力比べとなればアレイに軍配が上がるのだ。

アレイの剛腕の威力をマトモに受ける寸前、リクは自ら後方へと跳躍して威力を大きく逸らし・・・後方宙返りをしつつ着地、間髪入れずに再びアレイへと風を纏って突進する。


「今度はこっちの番だアレイ!!喰らえッ【剛爆蹴ごうばくしゅう】!!」

「ぬうッ!?・・・・何という重い蹴りだッ!!それも片足で・・・だと!?」


素早く体勢を立て直し、追撃の左拳を放とうとするアレイ。しかし、その拳を身に纏う風で強引に弾き飛ばして、リクはアレイの左側面へと回り込み・・・右足を軸にして左足で回し蹴りを彼の胴へとカウンター気味に叩き込む。

そして命中インパクトの瞬間に、体に纏った風を全て左足へと集めて爆発させた。以前から多用してきた【剛爆】を応用した片足での蹴り技・・・それが【剛爆蹴ごうばくしゅう】である。

ガラ空きになった胴に強烈な蹴りと風の爆発を同時に受け、たまらずアレイは大きく後ずさる。それでも体制を少し崩しただけで、依然として彼は倒れる事なく構えを取る。


「見事だ・・・ッ!ここまで後退させられたのは生まれて初めてだ・・・やはりお前は凄いな、リク!」

「確かに【剛爆】より威力は落ちるけど・・・俺の蹴りに耐えた奴もそうそう居ないぞ?ホントに頑丈だな、アレイ・・・」

「それが取り柄だからな・・・だが、もう一つ俺には武器があるぞ?お前になら・・・いや、お前にはを使うしかないだろうッ!!」


重い一撃に顔を歪めて耐え切るアレイ。その頑強さに驚き、そして褒めるリクであったが、アレイはニヤリと笑うと更なる力・・・『切り札』を見せる事を宣言する。

言うなりアレイは試験用の訓練着・・・その上衣を勢いよく脱ぎ捨てる。鍛え抜かれた上半身が露わになり、気合を入れ直す様に再びアレイはリクへと向き直った。


「・・・言っていなかったが、俺は普段・・・自分の魔力マナを抑えつける為に封印を施されている。生まれつき魔力マナの量が多すぎてな・・・普通では制御出来んのだ」

「おいおい・・・それは『切り札』ってレベルじゃないだろ?・・・・・『禁じ手』って奴だろ!」

「確かにそうだな。だが、お前にはこうでもしなければ互角にさえ戦えないだろう。力は俺が上でも、その他はことごとくお前が上を行っている・・・さあ、行くぞ!!【肉体超強化フィジカル・フルブースト】ッ!!!」


リクの表情は驚愕に染まった。ただ服を脱いで、上半身を晒しただけの筈のアレイの体を、濃密極まりない魔力マナが包み込んでいたのだ。

彼の言うように、その量はあまりに多い。およそ、成人したての人間が持ち合わせるような物では無い・・・異常な魔力マナ保有量。それをアレイは全て解放する事を決断した。

総合的に見て、自分よりもリクは遥かに強いとアレイは冷静に分析し、己の全てをもって戦わなければ到底勝ち目はないと思ったのだ。

そして、発動する【肉体超強化フィジカル・フルブースト】によって、アレイの鋼の肉体は赤い、炎の如く激しい魔力マナを纏い・・・リクへと襲い掛かる。


「これがッ・・・俺の全力ッ!!【魔撃剛烈拳ハイパワーフィスト】!!!」

「くッ!?・・・・う・・・おぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!【闘気オーラ】解放ッ!!」

「何ッ!?これを・・・こらえるのか!?」


溢れ出る異常な量の魔力マナ。その大半を右拳に込めて放たれるアレイの必殺の一撃を、リクは両腕を交差させてしっかりとガードした・・・のだが、激突の衝撃の大きさで両足が地面から浮き上がる。

驚愕の表情を浮かべ、必死に踏ん張ろうとするリクに対し、渾身の力で腕を振り抜こうとするするアレイが押し切るのは最早避けられない状況となったその時、遂にリクは【闘気オーラ】を解放して対抗する事を決断した。

体から吹き上がる赤い・・・アレイの魔力マナにも劣らぬ程に燃え上がる炎の如き【闘気オーラ】は、リクの両足を再び地につけさせ・・・反撃の体制を取る為の力を与える。

アレイの全力に対するリクの返礼、そしてこれこそまごう事なき・・・リクが自身の全力戦闘を解放するという意思の表れだ。


「凄まじい一撃だよ、アレイ・・・正直、やられたかと思った・・・だからこそ、俺の全力で今からお前を倒すッ!!」

「今度は俺がそれを耐える番、という訳だな?やって見せろ、リク・・・俺の鋼の肉体を打ち破れる物ならなッ!!」

「行くぞ・・・これが今の俺の全力ッ!!【闘気集束オーラ・バンドル】!!」


先のアレイと同じく技を放つ前に宣言したリクは、己の体に纏った赤い【闘気オーラ】を右の拳へと集束させていく。圧縮され、渦巻くそれは様々な制限の下での戦いの中で、今リクが繰り出せる最大級の威力の一撃となる。

防御態勢を取り、その一撃に備えるアレイも有り余る魔力マナを全て【肉体超強化フィジカル・フルブースト】に注ぎ込み、極限まで己の体を強化して迎え撃つ。

そして・・・リクが電光石火の踏み込みと共に、吠えた。


「・・・必殺ッ!!【闘気の拳オーラ・ナックル】ッ!!いっ・・・けぇぇぇぇぇッ!!!」

「【肉体超強化フィジカル・フルブースト】全開ッ!!・・・ぐッ!?・・・・・・ぬぉぉぉぉぉッ!!!」


全てを解き放った【闘気オーラ】と【肉体超強化フィジカル・フルブースト】の激突。退避区域の防護結界を再び大きく揺さぶる衝撃が伝播し、観客席からも、脱落した受験生達からもどよめきが起きる。

誰もが自分達とは別の次元で戦う二人の勝負の行方に固唾を飲み、どちらが勝者となるのかと目を離せないで居た・・・観客席のただ一人を除いて。

そのたった一人の人物・・・栗色の長い髪の少女は、リクが【闘気オーラ】を発動させたその瞬間、既に彼の勝利を確信しており驚く事は無い。そして・・・遂に決着の時が訪れる。


「ぐぬッ・・・!・・・うぐぉぉぉぉぉぉぉッ!?」

「【剛爆】も上乗せだッ!!アレイ・・・!ぶっ飛べぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」


持てる全ての魔力マナを【肉体超強化フィジカル・フルブースト】に注ぎ込んだアレイの堅い守り。それをリクの渾身の【闘気の拳オーラ・ナックル】が真正面から打ち砕いた。

膨大なアレイの魔力マナを残らず吹き飛ばし、更に両足からの【剛爆】発動による爆風で加速した拳をリクはアレイの胸板へと叩き込む。

これには鉄壁の防御でここまでリクの攻撃を全て受け止めて来たアレイも、流石に【肉体超強化フィジカル・フルブースト】を維持する事が出来ず、その威力をまともに喰らい・・・


「ぐはぁッ!!!」


その巨体を大きく宙へと吹き飛ばされ、背中から地面へと落ち・・・そのまま教練グラウンドを抉りつけながら防護結界へと叩き付けられ、ようやく止まった。

アレイの体が猛烈な勢いで突っ込んできた衝撃をモロに受けた結界は、勢いを殺す事にこそ成功するものの・・・耐え切る事は出来ず、甲高い音と共に砕け散る。

まだ意識は保っているものの、立ち上がる力は流石に残っていないのか動かないアレイ。その姿を遠目に見たリクは、追撃の為に左拳へ圧縮していた【闘気オーラ】を霧散させた。


「ふうっ・・・・!【闘気破砕砲オーラ・ブレイカー】を撃ってたらあの結界じゃ耐えられなかったな・・・ヤバかった」


渾身の力で叩き込んだ【闘気の拳オーラ・ナックル】ではあったが、アレイの膨大な魔力マナを打ち破れるか、リクは正直計りかねていた。

もしかすると、耐え切った上で反撃してくるかも知れない・・・それに備えて【闘気オーラ】を再び圧縮し、放つ用意をしていたのだが、もし戦闘が終了していなければ教練グラウンドは壊滅的な被害を被っていただろう。

ギリギリで大破壊を免れたリクは、内心ホッとしつつ、アレイの元へと歩み寄る。


「・・・見事過ぎる一撃だったぞ、リク。生まれて初めて、全力を出し切って負けた。だが、本当に楽しかった・・・」

「俺も楽しかったよ、アレイ。正直、こんなに熱くなれた試合は始めてだし・・・またやろうぜ?」

「ああ、まだまだ俺も強くなれる余地があるようだしな・・・アカデミーに来て良かったぞ。これからが本当に楽しみだ・・・!」

「一緒に強くなろう、俺達皆でさ!」


激闘の中、リクとアレイの二人はお互いに笑みを浮かべ・・・そして力を尽くし戦った。

今まで本気で戦ってきたつもりでも、常に相手を圧倒してしまったアレイは、初めて全力を出し切ってもまだ及ばない相手との戦いに底知れない喜びを。

そして、自分の全力を受けてなお無事でいる強靭な相手に、互いに高め合える存在がここにも居ると知った事を喜ぶリク。

二人は固く握手を交わし、リクがアレイを引き上げるようにして立たせる。【闘気の拳オーラ・ナックル】の直撃で肋骨が何本か折れたようで、アレイは痛みから僅かに顔を顰めるが・・・


「・・・さあ、お前が勝者だ!」


笑みを湛え、アレイがリクの右腕を高々と上げさせる。戦いを終え、心から勝者を称えるその姿に、脱落した受験生達からも、観客席の女子達からも、温かい拍手が送られた。


「勝負はついたようだな。男子の部はこれで終了だ・・・勝者、リク・ガーディ!」


拍手の音が伝播する会場の空気が一段落するのを見計らい、監督官が戦闘の終結を宣言し・・・リクの勝利で順位戦男子の部は幕を下ろしたのだった。


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