6 / 150
後悔と悩んだ末に決意した心(2)
しおりを挟む
「お父様、いい縁談はありませんか? 優しい方なら縁談を受けようと思うのですが」
家族団欒の夕食で、腫れぼったくなった瞼を擦りながらエレーナは父に尋ねた。
数時間泣きながら考えたのだが、この歳にもなって未練がましくリチャードを追っていたらダメだろう。追っていた結果がこれなのだから。
泣いていても何も始まらない。行動を起こさなければ自分が望む未来を掴めない。王宮での件でようやくエレーナは分かったのだ。
それにいつまで両親に甘えるのか。このままでは親不孝者になってしまう。
「あぁいつも通り縁談は断っておくよ…………ってえっ?! エッエレーナ!? どういう風の吹き回しだい?」
カチャンとテーブルから食器が、父の手からはナイフが、重力に逆らえずに床に落ちた。
「そっそうですよ姉上、熱でもあるのですか?」
「エレちゃん、大丈夫? 体調でも悪いの?」
弟のエルドレッドは慌てて風邪薬を探しに行こうとし、母であるヴィオレッタに至っては、エレーナの額に手を当てて熱を計ろうとしている。
端で控えていた執事と侍女は見てはいけないものを見てしまったかのようにあんぐりと口を開け、仕事を忘れて固まっている。
(……そんなにおかしなこと言ったかしら?)
「熱なんてありませんよ。体調も万全です」
目は泣きすぎて赤くなっているだろうがそれ以外はなんともない。
「頭をぶつけたかい?」
「いいえ」
「それではどうして急にそんなことを」
「このままいくと私、行き遅れになりますよね。そうなるとお父様とお母様、それにエルドレッドにも迷惑がかかりますでしょう? 家族に迷惑をかけるのは嫌なのです」
「私達のために結婚すると言うならばしなくていい。私たちはエレーナに幸せになってもらいたいんだ」
「ええ、だから幸せになるために優しい方と結婚したいのです」
これは本当。結婚するなら優しい人がいい。それに世間一般の令嬢の幸せとは結婚して円満な家庭を築くことだ。と言っても、売れ残りになりつつあるエレーナが嫁げる先に選択の幅があるわけではないけれど。
家格にこだわるつもりは無いし、何なら商家でも構わない。とにかく優しい殿方ならば何処へでも嫁ぐと決めた。
「とりあえず、今ある縁談を教えてくださいお父様」
「いや、リチャード殿下はどうしたんだ?」
「リチャード殿下ですか? 何故そこで殿下のお名前が?」
またまたお皿が割れる音がした。今度は水差しを持っていた執事が水差しを落とし、床一面水浸し。
壁に控えていた給仕のメイドが慌てて床を拭いていく。
「……エルドレッド、エレーナは私が想像していた以上に鈍感らしい」
「父上、残念ながらそのようです。これ程鈍感な人を見たことがありません」
ルドウィッグとエルドレッドはエレーナを哀れな目で見てくる。
どうしてそんな顔をするのだろうか。訳が分からなくて戸惑ってしまう。
ヴィオレッタも近くまで寄ってきて、小声で話しかけてきた。
「レーナ、てっきり貴方はリチャード殿下を慕っているのだと思っていたわ」
ぎゅっと心臓を鷲掴みされたようでとても痛い。ヴィオレッタの言う通りである。
「今は違いますよ」
そう答えないとやっていけない。
リチャードには他に好きな方がいらっしゃる。今更エレーナが想いを告げたところで迷惑になるだけ。
まだ消し去ることはできないけれど、いつかは笑ってこの話をできる日が来ると信じている。
エレーナは涙が枯れるほど泣いて、そうやって自分を納得させることにしたのだった。
「そう……なのね」
いつもと違う雰囲気の娘に、母であるヴィオレッタはそれ以上何も言えなくなってしまう。
「私からは結婚を押すことはしない。だが、エレーナが自分から進んで結婚をしたいと言うなら私は何も言わない」
「はい。ですので縁談を教えてくださいまし。選びますので」
「………分かった。後で部屋に届けるよ」
「ありがとうございます」
にっこり微笑むと両親は一瞬、何かを言いかけて口を閉ざした。
家族団欒の夕食で、腫れぼったくなった瞼を擦りながらエレーナは父に尋ねた。
数時間泣きながら考えたのだが、この歳にもなって未練がましくリチャードを追っていたらダメだろう。追っていた結果がこれなのだから。
泣いていても何も始まらない。行動を起こさなければ自分が望む未来を掴めない。王宮での件でようやくエレーナは分かったのだ。
それにいつまで両親に甘えるのか。このままでは親不孝者になってしまう。
「あぁいつも通り縁談は断っておくよ…………ってえっ?! エッエレーナ!? どういう風の吹き回しだい?」
カチャンとテーブルから食器が、父の手からはナイフが、重力に逆らえずに床に落ちた。
「そっそうですよ姉上、熱でもあるのですか?」
「エレちゃん、大丈夫? 体調でも悪いの?」
弟のエルドレッドは慌てて風邪薬を探しに行こうとし、母であるヴィオレッタに至っては、エレーナの額に手を当てて熱を計ろうとしている。
端で控えていた執事と侍女は見てはいけないものを見てしまったかのようにあんぐりと口を開け、仕事を忘れて固まっている。
(……そんなにおかしなこと言ったかしら?)
「熱なんてありませんよ。体調も万全です」
目は泣きすぎて赤くなっているだろうがそれ以外はなんともない。
「頭をぶつけたかい?」
「いいえ」
「それではどうして急にそんなことを」
「このままいくと私、行き遅れになりますよね。そうなるとお父様とお母様、それにエルドレッドにも迷惑がかかりますでしょう? 家族に迷惑をかけるのは嫌なのです」
「私達のために結婚すると言うならばしなくていい。私たちはエレーナに幸せになってもらいたいんだ」
「ええ、だから幸せになるために優しい方と結婚したいのです」
これは本当。結婚するなら優しい人がいい。それに世間一般の令嬢の幸せとは結婚して円満な家庭を築くことだ。と言っても、売れ残りになりつつあるエレーナが嫁げる先に選択の幅があるわけではないけれど。
家格にこだわるつもりは無いし、何なら商家でも構わない。とにかく優しい殿方ならば何処へでも嫁ぐと決めた。
「とりあえず、今ある縁談を教えてくださいお父様」
「いや、リチャード殿下はどうしたんだ?」
「リチャード殿下ですか? 何故そこで殿下のお名前が?」
またまたお皿が割れる音がした。今度は水差しを持っていた執事が水差しを落とし、床一面水浸し。
壁に控えていた給仕のメイドが慌てて床を拭いていく。
「……エルドレッド、エレーナは私が想像していた以上に鈍感らしい」
「父上、残念ながらそのようです。これ程鈍感な人を見たことがありません」
ルドウィッグとエルドレッドはエレーナを哀れな目で見てくる。
どうしてそんな顔をするのだろうか。訳が分からなくて戸惑ってしまう。
ヴィオレッタも近くまで寄ってきて、小声で話しかけてきた。
「レーナ、てっきり貴方はリチャード殿下を慕っているのだと思っていたわ」
ぎゅっと心臓を鷲掴みされたようでとても痛い。ヴィオレッタの言う通りである。
「今は違いますよ」
そう答えないとやっていけない。
リチャードには他に好きな方がいらっしゃる。今更エレーナが想いを告げたところで迷惑になるだけ。
まだ消し去ることはできないけれど、いつかは笑ってこの話をできる日が来ると信じている。
エレーナは涙が枯れるほど泣いて、そうやって自分を納得させることにしたのだった。
「そう……なのね」
いつもと違う雰囲気の娘に、母であるヴィオレッタはそれ以上何も言えなくなってしまう。
「私からは結婚を押すことはしない。だが、エレーナが自分から進んで結婚をしたいと言うなら私は何も言わない」
「はい。ですので縁談を教えてくださいまし。選びますので」
「………分かった。後で部屋に届けるよ」
「ありがとうございます」
にっこり微笑むと両親は一瞬、何かを言いかけて口を閉ざした。
565
あなたにおすすめの小説
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜
山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、
幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。
父に褒められたことは一度もなく、
婚約者には「君に愛情などない」と言われ、
社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。
——ある夜。
唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。
心が折れかけていたその時、
父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが
淡々と告げた。
「エルナ様、家を出ましょう。
あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」
突然の“駆け落ち”に見える提案。
だがその実態は——
『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。
期間は一年、互いに干渉しないこと』
はずだった。
しかし共に暮らし始めてすぐ、
レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。
「……触れていいですか」
「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」
「あなたを愛さないなど、できるはずがない」
彼の優しさは偽りか、それとも——。
一年後、契約の終わりが迫る頃、
エルナの前に姿を見せたのは
かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。
「戻ってきてくれ。
本当に愛していたのは……君だ」
愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
旦那様は離縁をお望みでしょうか
村上かおり
恋愛
ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。
けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。
バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。
【完結】私の婚約者は、いつも誰かの想い人
キムラましゅろう
恋愛
私の婚約者はとても素敵な人。
だから彼に想いを寄せる女性は沢山いるけど、私はべつに気にしない。
だって婚約者は私なのだから。
いつも通りのご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不知の誤字脱字病に罹患しております。ごめんあそばせ。(泣)
小説家になろうさんにも時差投稿します。
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる