39 / 150
先触れ
しおりを挟む
朝からエレーナは侍女達の監視付きで、移動する際には車椅子を使わないと自室の外に行かせてもらえなかった。
仕方なく車椅子に乗って食堂に行き、ひとりでゆっくり朝餉を食べ、本でも読もうかと思っていた矢先のこと。
ざわつくエントランスが気になり、様子を見に寄り道した。
「なあに? みんなどうしたの?」
押してくれる侍女と2人で首を傾げながら、群がっている使用人達の輪に近づく。
今日はお母様は郊外に用事が、お父様は夜まで仕事。エルドレッドも王宮に出かけていった。
つまりエレーナは夜までひとりの予定だったのだ。刺繍でもしてのんびりまったりしようと思っていたのだが……。
「そっそれが……」
慌てふためく使用人たちの中でただ1人、佇むデュークは手紙を手にしていた。
「デューク、何を持っているの?」
「先触れの手紙です。約束をしてないのに尋ねてくる謝罪と共に」
淡々としているが、話し方に焦りがあった。
「誰から? わたしに?」
デュークは頷く。
珍しいこともあるものだ。友人たちは約束をしてなくても来ることがあるし、先触れを貰ったことがない。よって親しい者ではないということ。
そもそも先触れとは身分が高い者が出すものだ。頻繁に送られて来るものではないし、エレーナだって過去に数回程しか受け取ったことがない。
(なんだか嫌な予感が……)
手紙を受け取ろうと手を差し出す。
「──リチャード殿下とアーネスト・ヴォルデ侯爵からです」
「ん?!」
手紙が手から滑る。落ちたそれはデュークが拾った。
「…………百歩譲ってヴォルデ侯爵様が来るのは分かる。だけどなぜリチャード殿下が? 話があるのならば私が参上するのが筋じゃない?」
「足を怪我しているのに王宮まで来させるのは酷だと書かれております」
ロボットのようにスラスラとデュークが読む。
「いや、そういう問題じゃないわ……一介の公爵家に王子が訪ねることが問題なのよ……」
デュークだって分かっているだろう。よく見れば口元が痙攣している。これは彼の癖で、感情が表に出てこない代わりにそうなるのだ。
再度手渡された手紙を広げる。そこには連名で公爵家に訪ねると書かれていた。
(まさか侯爵様がリチャード殿下に話したのかしら?)
可能性はある。しかしそれならば昨夜お父様に口止めしたのが意味をなさない。そこから推測されるに話してはいないだろう。侯爵様は中々食えないお方だと思うし。
「……すぐに支度しなくてはなりません。お嬢様も早くお着替えを」
矢継ぎ早にリチャード殿下を迎える指示を出していく。
それをぼーっと見ていたエレーナ。
支度……? なんで? まるで今日リチャード殿下が来るみたいな────
「…………!?」
ばっと手元を見る。綺麗な筆蹟で書かれた訪問日は──今日。
「えっ来るの? ほんとうに?」
「現実を見てください。書き間違いなわけないでしょう」
頭の痛い案件で、デュークはため息をつく。
「──お父様には伝えた?」
これはお父様に知らせる案件だろう。この家の主がいないのに、王子殿下を迎え入れるのは無礼だ。
「……ルドウィッグ様には既に伝えており、許可を貰った。と書かれています」
重なっていた2枚目を見るように促され、読んでみるとお父様の手跡が最後にあった。
「──公認なの?! お父様は何を考えているの? 馬鹿なの? 阿呆なの?」
思わず立ち上がろうとしてしまう。それを侍女が押さえた。
「君、お嬢様を自室に。着替えの用意を」
「かしこまりました」
侍女がすぐさま車椅子の向きを変える。
「王子様のご訪問ですって! お嬢様!」
普段お目にかかれない王子を拝見するチャンス。浮かれているのか足が浮き立っている。そのせいで左右に揺れる車椅子。倒れないかヒヤヒヤしながらしがみついた。
慌ただしく自室に戻されたエレーナは、侍女達によって着飾られる。いつもより意気込んでいる彼女達は、あーでもないこーでもないといいつつ、目を輝かせていた。
誰が見ても足以外は完璧な淑女に仕立て上げられ、出迎えるためにエントランスで待機する。
「ねえデューク」
「なんでしょう」
シワひとつない執事服に身を包み、直立不動で立っている彼に声をかける。
「リチャード殿下が以前来たのは何年前かしら」
「お嬢様が流行病に倒れたときですから……7年前ですかね」
──7年前
どこから聞いたのか、多分お父様からだろうけれど、忙しいはずの殿下は秘密裏に王宮を抜け出し、屋敷にやって来た。
その時の家の者の驚きといったら凄かったらしい。
エレーナに至っては熱に魘され、意識が朦朧とする中、自分を覗き込む顔に気がついて悲鳴をあげたのを覚えている。
大人が移ったらどうするのかと窘めても、リチャード殿下はその日、一緒にいてくれたのだ。
ずっと──手を繋いで宥めてくれていた。
幸い重篤にならず、殿下にも移らず、回復したが、王宮に帰った(無理矢理連れ戻された)リチャード殿下は王妃様にこってりと絞られたらしい。
(まさかまた来るなんて……人生は何があるかわからないわね)
それにしてもヴォルデ侯爵と一緒、ということが胸騒ぎする。なんだかめんどくさくなりそうだ。
エレーナはすっかり忘れていた。
彼女がなぜ昨日怪我を増やしたのかを。
そしてリチャード殿下から逃げたままだったということを。
仕方なく車椅子に乗って食堂に行き、ひとりでゆっくり朝餉を食べ、本でも読もうかと思っていた矢先のこと。
ざわつくエントランスが気になり、様子を見に寄り道した。
「なあに? みんなどうしたの?」
押してくれる侍女と2人で首を傾げながら、群がっている使用人達の輪に近づく。
今日はお母様は郊外に用事が、お父様は夜まで仕事。エルドレッドも王宮に出かけていった。
つまりエレーナは夜までひとりの予定だったのだ。刺繍でもしてのんびりまったりしようと思っていたのだが……。
「そっそれが……」
慌てふためく使用人たちの中でただ1人、佇むデュークは手紙を手にしていた。
「デューク、何を持っているの?」
「先触れの手紙です。約束をしてないのに尋ねてくる謝罪と共に」
淡々としているが、話し方に焦りがあった。
「誰から? わたしに?」
デュークは頷く。
珍しいこともあるものだ。友人たちは約束をしてなくても来ることがあるし、先触れを貰ったことがない。よって親しい者ではないということ。
そもそも先触れとは身分が高い者が出すものだ。頻繁に送られて来るものではないし、エレーナだって過去に数回程しか受け取ったことがない。
(なんだか嫌な予感が……)
手紙を受け取ろうと手を差し出す。
「──リチャード殿下とアーネスト・ヴォルデ侯爵からです」
「ん?!」
手紙が手から滑る。落ちたそれはデュークが拾った。
「…………百歩譲ってヴォルデ侯爵様が来るのは分かる。だけどなぜリチャード殿下が? 話があるのならば私が参上するのが筋じゃない?」
「足を怪我しているのに王宮まで来させるのは酷だと書かれております」
ロボットのようにスラスラとデュークが読む。
「いや、そういう問題じゃないわ……一介の公爵家に王子が訪ねることが問題なのよ……」
デュークだって分かっているだろう。よく見れば口元が痙攣している。これは彼の癖で、感情が表に出てこない代わりにそうなるのだ。
再度手渡された手紙を広げる。そこには連名で公爵家に訪ねると書かれていた。
(まさか侯爵様がリチャード殿下に話したのかしら?)
可能性はある。しかしそれならば昨夜お父様に口止めしたのが意味をなさない。そこから推測されるに話してはいないだろう。侯爵様は中々食えないお方だと思うし。
「……すぐに支度しなくてはなりません。お嬢様も早くお着替えを」
矢継ぎ早にリチャード殿下を迎える指示を出していく。
それをぼーっと見ていたエレーナ。
支度……? なんで? まるで今日リチャード殿下が来るみたいな────
「…………!?」
ばっと手元を見る。綺麗な筆蹟で書かれた訪問日は──今日。
「えっ来るの? ほんとうに?」
「現実を見てください。書き間違いなわけないでしょう」
頭の痛い案件で、デュークはため息をつく。
「──お父様には伝えた?」
これはお父様に知らせる案件だろう。この家の主がいないのに、王子殿下を迎え入れるのは無礼だ。
「……ルドウィッグ様には既に伝えており、許可を貰った。と書かれています」
重なっていた2枚目を見るように促され、読んでみるとお父様の手跡が最後にあった。
「──公認なの?! お父様は何を考えているの? 馬鹿なの? 阿呆なの?」
思わず立ち上がろうとしてしまう。それを侍女が押さえた。
「君、お嬢様を自室に。着替えの用意を」
「かしこまりました」
侍女がすぐさま車椅子の向きを変える。
「王子様のご訪問ですって! お嬢様!」
普段お目にかかれない王子を拝見するチャンス。浮かれているのか足が浮き立っている。そのせいで左右に揺れる車椅子。倒れないかヒヤヒヤしながらしがみついた。
慌ただしく自室に戻されたエレーナは、侍女達によって着飾られる。いつもより意気込んでいる彼女達は、あーでもないこーでもないといいつつ、目を輝かせていた。
誰が見ても足以外は完璧な淑女に仕立て上げられ、出迎えるためにエントランスで待機する。
「ねえデューク」
「なんでしょう」
シワひとつない執事服に身を包み、直立不動で立っている彼に声をかける。
「リチャード殿下が以前来たのは何年前かしら」
「お嬢様が流行病に倒れたときですから……7年前ですかね」
──7年前
どこから聞いたのか、多分お父様からだろうけれど、忙しいはずの殿下は秘密裏に王宮を抜け出し、屋敷にやって来た。
その時の家の者の驚きといったら凄かったらしい。
エレーナに至っては熱に魘され、意識が朦朧とする中、自分を覗き込む顔に気がついて悲鳴をあげたのを覚えている。
大人が移ったらどうするのかと窘めても、リチャード殿下はその日、一緒にいてくれたのだ。
ずっと──手を繋いで宥めてくれていた。
幸い重篤にならず、殿下にも移らず、回復したが、王宮に帰った(無理矢理連れ戻された)リチャード殿下は王妃様にこってりと絞られたらしい。
(まさかまた来るなんて……人生は何があるかわからないわね)
それにしてもヴォルデ侯爵と一緒、ということが胸騒ぎする。なんだかめんどくさくなりそうだ。
エレーナはすっかり忘れていた。
彼女がなぜ昨日怪我を増やしたのかを。
そしてリチャード殿下から逃げたままだったということを。
368
あなたにおすすめの小説
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
私のことはお気になさらず
みおな
恋愛
侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。
そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。
私のことはお気になさらず。
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる