王子殿下の慕う人

夕香里

文字の大きさ
59 / 150

イニシャルの人物

しおりを挟む
「ほんっっとにああいう奴ら嫌いだわ」

踏み潰したハンカチを睨むがエリナは拾わない。仕方ないのでエレーナが立って拾った。
天幕はテントと違って地面は土だ。靴と地面に挟まれたハンカチはとても汚れていた。これでは持ち主を見つけたとしても返せない。

心の中で溜息をつきながら、バスケットを置いて外に出る。
どうするにしても綺麗にしないといけない。中でハンカチをはたいて土塊を落とそうとすれば、付着した汚れが宙をまい、置かれているお菓子や他の物に付いてしまう。だからエレーナは外に出て叩こうと思った。

王女殿下は広場の方に移動したようだ。遠くから話し声が聞こえる。それに伴って入り口の前に立っていたクラウス卿とコンラッド卿も、居なくなっていた。

「ふぅ。これであらかた汚れは落ちたわね。あとは水で洗えば……」

天幕の裏でハンカチを広げれば、イニシャルが入っていることに気がついた。

「えっと、L.G.?」

金の糸と筆記体で綴られたイニシャル。出席者名簿と照らし合わせれば持ち主が分かるかも……。

とりあえず水で洗おうと、水道のある場所まで行く。途中でぶぉぉぉっと喇叭の音が鳴った。どうやら狩りが始まるらしい。

馬の駆ける音がここまで聞こえてくる。

水場に着くと裾をまくって蛇口を捻る。流れていく水でハンカチを濡らして、擦り合わせて汚れを落としていく。最後にきつく絞れば終わりだ。

「よし。あとは持ち主を探すだけね」

持っていた自分のハンカチで手を拭いて、洗ったハンカチをなるべく早く乾くようにパタパタと煽る。

10分くらい行っていればほとんど乾いてしまった。

 「受付に行って、調べてもらおう」

丁寧に折りたたみ、受付に行く。

「すみません。この落し物の持ち主を探しているのですが名簿を見せてもらっても?」

イニシャルを受付人に見えるようにしながら尋ねれば快く快諾してくれた。

「どうぞ」

一緒に名簿を覗き込む。家名がGから始まる人を見ていて気が付かなくていいところに気がついてしまった。

──メイリーン様来てないのね。印が押されてないわ。

出席する主の返事は出したのだろう。だから名前がある。

「あの、この方は欠席ですか」

聞かなくていいのに聞いてしまった。

「ああ、クロフォード伯爵の御息女ですね。伯爵様から娘は体調が悪いので欠席すると」

聞いておいてだが、口の軽い受付人だ。普通教えてはいけないだろう。誤魔化さないと。

まだ若い青年。と言ってもエレーナの少し下くらいの年齢。社会経験が少ないのか、もしくは頭が働いていないのか。エレーナが引っ掛ければ簡単に口を滑らせそうだ。

「……いませんね。そのイニシャルの方」

2回ほど上から下まで全出席者を確認した。

「でもこれ……」

もう一度ハンカチを見つめる。

そういえば今回の主催者ってギャロット伯爵家で娘にリリアンネという名前の令嬢がいたような……

「「あっ!」」

思わず受付人と顔を見合わせる。

なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう? 主催者側なら出席名簿に載ってない。しかもリリアンネ・ギャロットはイニシャルがL.G.ビンゴだ!

「リリアンネ様は何処に?」

「……分かりません。私はずっとここで受付していたので……お力になれずすみません」

「いいえ。あなたのおかげで誰の者かは分かりました。こちらこそお時間を頂いてしまってごめんなさい」

彼の仕事の邪魔をしてしまったのはエレーナだ。狩りは開始されたが、遅刻してくる方もいるだろう。幸いエレーナが時間をもらっていた間に来た人はいないが、後ろを見ると駆け足にこちらに来ている人がいる。

「それでは、受付に来る人がいるみたいなのでこれで」

頭を下げて横にずれた。

「すっすみません! 遅れてしまってまだ受付は出来ますか?」

馬車から全速力で疾走したのか、額に汗が浮いている。

「大丈夫ですよ。遅れてになりますが参加出来ます」

「良かった……」

「良くないわよ! こんのっっっっ馬鹿っ!!!」

突然響き渡った暴言と共に、綺麗な足蹴りが青年に当たった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

私のことはお気になさらず

みおな
恋愛
 侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。  そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。  私のことはお気になさらず。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

【完結】お世話になりました

⚪︎
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

処理中です...