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交わり始めるものごと
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「あっ! はいどうぞ取り皿に乗せますね」
口をつけていないカトラリーでよそい、差し出す。
「違うよ。私は食べさせてといったんだ」
いつの間にかヴォルデ侯爵が椅子を一人分用意し、エレーナの隣に置いていた。リチャード殿下はそこに座る。
「──誰にですか?」
とりあえずとぼけてみることにする。
「決まってるよ。レーナだ」
「他の方にも同じようなことをお願いして──」
そんなことしてたかしら? と思い出してみるが、リチャード殿下は彼女たちの料理を押し付けられていただけだった。
「ううん。レーナだけ」
「…………」
ボッと体温が上がった気がした。
──私がリチャード殿下に食べさせる?! 他の人はしてないのに???
「えっあのっ」
また周りの視線が生暖かくなる。どうやら友人達は肯定的なようだ。
「ほら、早く」
心が追いつかないエレーナにリチャード殿下は急かす。これはエレーナがやらない限りどかないつもりだろう。それくらい彼女にも分かる。
──今までこんなことなかったのに。どうして急に。こっこんなの恋人や新婚夫婦がすることじゃないの!?
「……どうぞっ!」
考えるだけ無駄だ。時間だけが過ぎていく。
バッとフォークで豚肉を刺して、にこにこしているリチャード殿下の口の中に入れる。
「美味しいね。ありがとう」
そう言って満足したのか、リチャード殿下はジェニファー王女の元へ戻っていく。
「初々しいわね」
赤面しているエレーナを見てエリナは言った。
「うっうるさいわよ!」
軽く睨みつけたが効果はないようだ。
「殿下もようやく動くことにしたのか」
そう言ったのは今まで口を開かなかったサリアの夫──ディアヌ公爵。彼に続いてサリアが頷いた。そして友人たちはエレーナを置いて何かを話始める。
自席に戻ったリチャード殿下をちらりと見れば、ジェニファー王女が耳元で何かを囁いていた。そして蕩けるように表情を緩めたと思ったら、口を尖らせた。
あんな表情をする殿下は珍しい。エレーナだってそんなに見ることは無い。
もやもやが心の中に生まれて、エレーナは無理やり押さえつけた。気がつかなかったふりをした。
手を動かせば忘れられるだろうと食べ終わった食器を集めて、カートの上に置いたちょうどその時。ぶぉぉぉっと喇叭が高らかに鳴る。午後の狩りの開始だ。
外が騒がしくなり始める。エレーナも見送りをしようと外に出た。侯爵が馬を繋いだ場所まで来て、彼が騎乗するのを見届ける。
「午後も頑張ってくださいませ」
「頑張るよ。ここからひと仕事あるからね」
跨りながら侯爵は背伸びをして、リチャード殿下の方へ馬を寄せる。
ヴォルデ侯爵は殿下に何かを言って、2人は森の中に入っていった。
「さて、暇になるわねぇ」
天幕に戻りアレクサンドラは口を開く。
そこでエレーナはようやく思い出した。
「私、拾ったハンカチを返しに行ってくるわ。休憩の間に行こうと思っていたのすっかり忘れてた」
「一緒にいこうか?」
「ううん。私だけで行ってくるから皆と話してて」
そう言って再び外に出た。
「エレーナ様どちらに?」
「ええっと……他の天幕まで」
コンラッド卿に呼び止められる。
「一緒に行きましょうか?」
「いいえ、場所は分かるので一人で行きます。お心遣いありがとうございます」
「そうですか……お早めにお戻りくださいね」
何か言いたげにコンラッド卿は口を閉ざした。
「分かりました」
頷いて歩みを進める。リリアンネ様の天幕は近くだ。エレーナはすぐに見つけて、中に入った。
「リリアンネ・ギャロット様は居ますか?」
「私ですが何かご用でも?」
奥の方から鈴の音のような声が聞こえた。エレーナが近づこうとすると中にいた令嬢達が横に掃けていく。彼女の元まで直線の道が出来上がった。
「天幕でハンカチを拾ったのですが、リリアンネ様の物ではないかと。1度見ていただけませんか?」
リリアンネの前に着き、手に持っていたハンカチを差し出す。
彼女は無言で受け取った。
「これは私のですね。拾ってくださってどうもありがとう」
柔らかい笑みを彼女は浮かべた。その表情に既視感を覚える。
──確か……あの時の
エレーナが初恋を自覚した時。リチャード殿下の隣にいた。あの人ではないか。
数年前の記憶だ。細かい部分まで覚えてはいない。だが、エレーナの頭がこの人だと言っている。確信している。
(なんで今更……思い出したんだろう?)
リリアンネはリチャード殿下が出席する夜会には全て出ていて、リチャード殿下を慕う令嬢たちの筆頭のような人物。接触したことは何度かあったが、それも礼儀上の挨拶をするだけ。
今までこんなに直接的に会話をすることはなかったのだった。もちろん顔をよく見たこともない。だから思い出さなかったのかもしれない。
「お礼をするわ。もっと奥に。皆さんはどうぞそのままで」
付き従う令嬢達をその場に留めて、立ち上がったリリアンネはエレーナを手招きする。
肌は日焼けを知らない様な異様な白さ。瞳は透き通った海を思わせる金春色で、髪は綿飴のようにふんわりと柔らかい亜麻色をしていた。
リリアンネはエレーナの方へ振り返る。
燃えるような紅をさした唇は、ゆっくりと弧を描いていた。
口をつけていないカトラリーでよそい、差し出す。
「違うよ。私は食べさせてといったんだ」
いつの間にかヴォルデ侯爵が椅子を一人分用意し、エレーナの隣に置いていた。リチャード殿下はそこに座る。
「──誰にですか?」
とりあえずとぼけてみることにする。
「決まってるよ。レーナだ」
「他の方にも同じようなことをお願いして──」
そんなことしてたかしら? と思い出してみるが、リチャード殿下は彼女たちの料理を押し付けられていただけだった。
「ううん。レーナだけ」
「…………」
ボッと体温が上がった気がした。
──私がリチャード殿下に食べさせる?! 他の人はしてないのに???
「えっあのっ」
また周りの視線が生暖かくなる。どうやら友人達は肯定的なようだ。
「ほら、早く」
心が追いつかないエレーナにリチャード殿下は急かす。これはエレーナがやらない限りどかないつもりだろう。それくらい彼女にも分かる。
──今までこんなことなかったのに。どうして急に。こっこんなの恋人や新婚夫婦がすることじゃないの!?
「……どうぞっ!」
考えるだけ無駄だ。時間だけが過ぎていく。
バッとフォークで豚肉を刺して、にこにこしているリチャード殿下の口の中に入れる。
「美味しいね。ありがとう」
そう言って満足したのか、リチャード殿下はジェニファー王女の元へ戻っていく。
「初々しいわね」
赤面しているエレーナを見てエリナは言った。
「うっうるさいわよ!」
軽く睨みつけたが効果はないようだ。
「殿下もようやく動くことにしたのか」
そう言ったのは今まで口を開かなかったサリアの夫──ディアヌ公爵。彼に続いてサリアが頷いた。そして友人たちはエレーナを置いて何かを話始める。
自席に戻ったリチャード殿下をちらりと見れば、ジェニファー王女が耳元で何かを囁いていた。そして蕩けるように表情を緩めたと思ったら、口を尖らせた。
あんな表情をする殿下は珍しい。エレーナだってそんなに見ることは無い。
もやもやが心の中に生まれて、エレーナは無理やり押さえつけた。気がつかなかったふりをした。
手を動かせば忘れられるだろうと食べ終わった食器を集めて、カートの上に置いたちょうどその時。ぶぉぉぉっと喇叭が高らかに鳴る。午後の狩りの開始だ。
外が騒がしくなり始める。エレーナも見送りをしようと外に出た。侯爵が馬を繋いだ場所まで来て、彼が騎乗するのを見届ける。
「午後も頑張ってくださいませ」
「頑張るよ。ここからひと仕事あるからね」
跨りながら侯爵は背伸びをして、リチャード殿下の方へ馬を寄せる。
ヴォルデ侯爵は殿下に何かを言って、2人は森の中に入っていった。
「さて、暇になるわねぇ」
天幕に戻りアレクサンドラは口を開く。
そこでエレーナはようやく思い出した。
「私、拾ったハンカチを返しに行ってくるわ。休憩の間に行こうと思っていたのすっかり忘れてた」
「一緒にいこうか?」
「ううん。私だけで行ってくるから皆と話してて」
そう言って再び外に出た。
「エレーナ様どちらに?」
「ええっと……他の天幕まで」
コンラッド卿に呼び止められる。
「一緒に行きましょうか?」
「いいえ、場所は分かるので一人で行きます。お心遣いありがとうございます」
「そうですか……お早めにお戻りくださいね」
何か言いたげにコンラッド卿は口を閉ざした。
「分かりました」
頷いて歩みを進める。リリアンネ様の天幕は近くだ。エレーナはすぐに見つけて、中に入った。
「リリアンネ・ギャロット様は居ますか?」
「私ですが何かご用でも?」
奥の方から鈴の音のような声が聞こえた。エレーナが近づこうとすると中にいた令嬢達が横に掃けていく。彼女の元まで直線の道が出来上がった。
「天幕でハンカチを拾ったのですが、リリアンネ様の物ではないかと。1度見ていただけませんか?」
リリアンネの前に着き、手に持っていたハンカチを差し出す。
彼女は無言で受け取った。
「これは私のですね。拾ってくださってどうもありがとう」
柔らかい笑みを彼女は浮かべた。その表情に既視感を覚える。
──確か……あの時の
エレーナが初恋を自覚した時。リチャード殿下の隣にいた。あの人ではないか。
数年前の記憶だ。細かい部分まで覚えてはいない。だが、エレーナの頭がこの人だと言っている。確信している。
(なんで今更……思い出したんだろう?)
リリアンネはリチャード殿下が出席する夜会には全て出ていて、リチャード殿下を慕う令嬢たちの筆頭のような人物。接触したことは何度かあったが、それも礼儀上の挨拶をするだけ。
今までこんなに直接的に会話をすることはなかったのだった。もちろん顔をよく見たこともない。だから思い出さなかったのかもしれない。
「お礼をするわ。もっと奥に。皆さんはどうぞそのままで」
付き従う令嬢達をその場に留めて、立ち上がったリリアンネはエレーナを手招きする。
肌は日焼けを知らない様な異様な白さ。瞳は透き通った海を思わせる金春色で、髪は綿飴のようにふんわりと柔らかい亜麻色をしていた。
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燃えるような紅をさした唇は、ゆっくりと弧を描いていた。
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