120 / 150
番外編
厄介な客人(2)
しおりを挟む
◇◇◇
「──説明してくれるな」
ジェニファーを睨めつけるリチャードの腰には、エレーナがぎゅうっと抱きついていた。瞳は蕩け、頬は紅薔薇色に染め上がり、焦点はあまり定まっていない。
「リーさま? わたしを見てください」
むうっとした婚約者は不満そうにリチャードを見上げる。
「レーナのことだけを眺めていたいのは山々なのだけどね。私はちょっとジェニファー王女と話をつけなければいけないんだ」
即座に声色を切り替えて、婚約者の頭を撫でればえへへと笑った後に大人しくなった。どうやら眠ってしまったらしく、今度はリチャードにしがみついたまますぅすぅ寝息を立てている。
「もう一度聞こう、説明してくれるな」
リチャードはジェニファーに問う。
先程迎えに戻った時、扉を開けると一目散に駆け寄ってきたエレーナ。彼女はふにゃりと笑いかけながら頬を擦り寄せて来たのだ。
呆気に取られたリチャードは柄にもなくエレーナに抱きしめられたままになってしまった。
『リーさま~! だーいすきっ! ですっ!』
恥じらいもなくまるで朝の挨拶をするように。状況が理解できないリチャードは問い返してしまう。
『──何だって?』
『だから~~すきですよ。とっても!』
高鳴る鼓動と裏腹にため息をついた。
(また酒か)
こんなストレートにリチャードに抱きついたり甘えたりするのは、彼女が十歳に満たない年齢の頃が大半で。この年になってこうしてくるのは、酒を摂取した場合だけなのだ。
『レーナ、ジェニファー王女に何をされたのかな』
『何もされてません~~お話していただけです』
(…………ダメか)
本人から直接、事の仔細を聞くのは諦め、少しふらついているエレーナを支えながらソファに腰を下ろす。
それからリチャードはジェニファーを睨めつけたのだった。
「──酒を飲ませたのか」
「いいえ」
「では酒入り菓子を勧めたのか」
「…………いいえ」
「その間は何だ。本当のことを言え」
「そんな強いお酒が入った物じゃないわ。毒入りでは無いし、エレーナ様に食べさせてはいけないなんて言われてない」
ジェニファーがリチャードの前に置いたのはチョコレートだった。一粒つまんで口の中に放り込んだ。
(どこが強くないだって?)
含んだ途端芳醇な香りに包まれる。
濃厚で甘ったるい。爽やかなハーブティーを飲みたくなるような味だった。
元々そこまで甘党ではないリチャードには甘すぎる。舌が溶けてしまいそうで、苦味を求めてテーブルに置かれていた珈琲を飲み干した。
(これは酒に弱い者が食べたら一発で酔う。レーナだったら尚更)
そもそもギルベルトが付いているはずだった。彼は何故止めなかったのだろうか。
「ギルベルト」
怒りの矛先が自分に向いたことに気がついたギルベルトは、一瞬その場で跳ねた。
「す、すみません! 他の者に呼ばれまして……ちょっと目を離し……あの、えっと」
目を逸らしながらしどろもどろになる。
「…………弁明のしようがありません」
項垂れる。
「まあいい、口を開けろ」
「はっはい」
リチャードは開いた口にチョコレートを突っ込んだ。
「うわ、これ強い。エレーナには無理ですね。エリナも……多分ダメです」
食べ終わったギルベルトは眉をひそめる。どうやらリチャードの舌の感覚は合っていたようだ。
「いきなりこんな強い酒入りチョコレートを食べさせるのがルルクレッツェの礼儀なのか?」
普通に考えてもおかしい。
「強い……かしら? 私達の国ではお酒に弱い者も食べるわ」
「そうよねルヴァ」とジェニファーは尋ね、ルヴァは頷いた。
「ルルクレッツェは造酒が盛んですから。成人した皆様は飲み慣れていて、スタンレーの方とはお酒の耐性度が違うからかと」
説明する間にジェニファーはふたつみっつ手に取って口に運ぶ。
「あまりお酒の味はしないけれど……エレーナ様の身体には毒みたいなものなのね」
しょんぼりと気落ちしているジェニファーは物珍しい。
「できればジェニファー王女を強く責めないでください。主は本当にエレーナ様と親しくなりたくて、害するつもりは全くなかったのです」
無言になってしまったジェニファーの代わりにルヴァが弁明する。
「…………レーナの体質を知らないジェニファー王女が先に察知できるはずもないか」
それにしても度数が高いとは思うが。反省しているのに加えて仮にもルルクレッツェの次期女王。強く咎めることは出来ない。
リチャードはそれ以上何も言えなかったので、急遽用意した賓客用の客室にジェニファーを案内する。そしてソファで眠っているエレーナの名を呼んだ。
「レーナ」
「んっリーさま……?」
濡れた金の瞳がゆるりと開く。
「外に迎えの馬車を待たせている。私が馬車まで送るから公爵邸に帰ろうか」
「…………はい」
エレーナの身体を支えながらリチャードは馬車まで彼女を送る。
「またね。おやすみ」
扉を閉めようとした次の瞬間グイッと裾を引っ張られる。
「行っちゃヤです。ルイス邸までおくってください」
ぽんぽん座面を叩き、何を思ったのか一生懸命リチャードを乗せようと頑張っている。
しばしの間逡巡して、馬車に乗ればぱっとエレーナの顔が明るくなった。
「──説明してくれるな」
ジェニファーを睨めつけるリチャードの腰には、エレーナがぎゅうっと抱きついていた。瞳は蕩け、頬は紅薔薇色に染め上がり、焦点はあまり定まっていない。
「リーさま? わたしを見てください」
むうっとした婚約者は不満そうにリチャードを見上げる。
「レーナのことだけを眺めていたいのは山々なのだけどね。私はちょっとジェニファー王女と話をつけなければいけないんだ」
即座に声色を切り替えて、婚約者の頭を撫でればえへへと笑った後に大人しくなった。どうやら眠ってしまったらしく、今度はリチャードにしがみついたまますぅすぅ寝息を立てている。
「もう一度聞こう、説明してくれるな」
リチャードはジェニファーに問う。
先程迎えに戻った時、扉を開けると一目散に駆け寄ってきたエレーナ。彼女はふにゃりと笑いかけながら頬を擦り寄せて来たのだ。
呆気に取られたリチャードは柄にもなくエレーナに抱きしめられたままになってしまった。
『リーさま~! だーいすきっ! ですっ!』
恥じらいもなくまるで朝の挨拶をするように。状況が理解できないリチャードは問い返してしまう。
『──何だって?』
『だから~~すきですよ。とっても!』
高鳴る鼓動と裏腹にため息をついた。
(また酒か)
こんなストレートにリチャードに抱きついたり甘えたりするのは、彼女が十歳に満たない年齢の頃が大半で。この年になってこうしてくるのは、酒を摂取した場合だけなのだ。
『レーナ、ジェニファー王女に何をされたのかな』
『何もされてません~~お話していただけです』
(…………ダメか)
本人から直接、事の仔細を聞くのは諦め、少しふらついているエレーナを支えながらソファに腰を下ろす。
それからリチャードはジェニファーを睨めつけたのだった。
「──酒を飲ませたのか」
「いいえ」
「では酒入り菓子を勧めたのか」
「…………いいえ」
「その間は何だ。本当のことを言え」
「そんな強いお酒が入った物じゃないわ。毒入りでは無いし、エレーナ様に食べさせてはいけないなんて言われてない」
ジェニファーがリチャードの前に置いたのはチョコレートだった。一粒つまんで口の中に放り込んだ。
(どこが強くないだって?)
含んだ途端芳醇な香りに包まれる。
濃厚で甘ったるい。爽やかなハーブティーを飲みたくなるような味だった。
元々そこまで甘党ではないリチャードには甘すぎる。舌が溶けてしまいそうで、苦味を求めてテーブルに置かれていた珈琲を飲み干した。
(これは酒に弱い者が食べたら一発で酔う。レーナだったら尚更)
そもそもギルベルトが付いているはずだった。彼は何故止めなかったのだろうか。
「ギルベルト」
怒りの矛先が自分に向いたことに気がついたギルベルトは、一瞬その場で跳ねた。
「す、すみません! 他の者に呼ばれまして……ちょっと目を離し……あの、えっと」
目を逸らしながらしどろもどろになる。
「…………弁明のしようがありません」
項垂れる。
「まあいい、口を開けろ」
「はっはい」
リチャードは開いた口にチョコレートを突っ込んだ。
「うわ、これ強い。エレーナには無理ですね。エリナも……多分ダメです」
食べ終わったギルベルトは眉をひそめる。どうやらリチャードの舌の感覚は合っていたようだ。
「いきなりこんな強い酒入りチョコレートを食べさせるのがルルクレッツェの礼儀なのか?」
普通に考えてもおかしい。
「強い……かしら? 私達の国ではお酒に弱い者も食べるわ」
「そうよねルヴァ」とジェニファーは尋ね、ルヴァは頷いた。
「ルルクレッツェは造酒が盛んですから。成人した皆様は飲み慣れていて、スタンレーの方とはお酒の耐性度が違うからかと」
説明する間にジェニファーはふたつみっつ手に取って口に運ぶ。
「あまりお酒の味はしないけれど……エレーナ様の身体には毒みたいなものなのね」
しょんぼりと気落ちしているジェニファーは物珍しい。
「できればジェニファー王女を強く責めないでください。主は本当にエレーナ様と親しくなりたくて、害するつもりは全くなかったのです」
無言になってしまったジェニファーの代わりにルヴァが弁明する。
「…………レーナの体質を知らないジェニファー王女が先に察知できるはずもないか」
それにしても度数が高いとは思うが。反省しているのに加えて仮にもルルクレッツェの次期女王。強く咎めることは出来ない。
リチャードはそれ以上何も言えなかったので、急遽用意した賓客用の客室にジェニファーを案内する。そしてソファで眠っているエレーナの名を呼んだ。
「レーナ」
「んっリーさま……?」
濡れた金の瞳がゆるりと開く。
「外に迎えの馬車を待たせている。私が馬車まで送るから公爵邸に帰ろうか」
「…………はい」
エレーナの身体を支えながらリチャードは馬車まで彼女を送る。
「またね。おやすみ」
扉を閉めようとした次の瞬間グイッと裾を引っ張られる。
「行っちゃヤです。ルイス邸までおくってください」
ぽんぽん座面を叩き、何を思ったのか一生懸命リチャードを乗せようと頑張っている。
しばしの間逡巡して、馬車に乗ればぱっとエレーナの顔が明るくなった。
168
あなたにおすすめの小説
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
旦那様は離縁をお望みでしょうか
村上かおり
恋愛
ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。
けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。
バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。
誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜
山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、
幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。
父に褒められたことは一度もなく、
婚約者には「君に愛情などない」と言われ、
社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。
——ある夜。
唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。
心が折れかけていたその時、
父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが
淡々と告げた。
「エルナ様、家を出ましょう。
あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」
突然の“駆け落ち”に見える提案。
だがその実態は——
『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。
期間は一年、互いに干渉しないこと』
はずだった。
しかし共に暮らし始めてすぐ、
レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。
「……触れていいですか」
「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」
「あなたを愛さないなど、できるはずがない」
彼の優しさは偽りか、それとも——。
一年後、契約の終わりが迫る頃、
エルナの前に姿を見せたのは
かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。
「戻ってきてくれ。
本当に愛していたのは……君だ」
愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。
私のことはお気になさらず
みおな
恋愛
侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。
そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。
私のことはお気になさらず。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる