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番外編
私だけが知っている(5)
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一際大きく鳴った鐘の音でふっと夢から覚めたリチャードは瞳を開けた。
(………自室?)
ぼんやり見えるのはリチャードの部屋の壁である。小窓は開いていて、傾きかけた太陽の光が差し込んでいた。
寝返りを打とうとして違和感に気がつく。
右腕に文鎮が乗っているのかと錯覚するほど何か重いものが乗っているのだ。
(何だこの柔らかさ)
加えて嗅ぎなれたようで慣れていない甘い匂い。
「え、なぜ」
ぎょっとしたリチャードは目を見開いたまま固まってしまう。強く目を擦り、瞬きをしてもう一度目を凝らす。
だが、見えている物は変わらない。
そこにはすぅすぅ寝息をたてるエレーナがいたのだ。ぴったりリチャードにくっついて瞳を閉じている。
(……記憶が飛んでるな)
どうしてもエレーナに会って、体調が悪いと自覚したところまでしかハッキリとは思い出せない。そこから後は、何か苦いものを飲まされた記憶が若干残っている。恐らく薬かそれに連なる物だろう。
こんな抱き合って寝ていた理由は不明だ。
(とりあえず離れたほ────)
左手で彼女の頭を押え、身体の下敷きになっている右腕を引き抜こうとして────
「エレーナ! 殿下の分も終わらせたすんばらしいほど優秀な私を労うよう、後でさりげなく助言し……」
バンッと大きな音を立ててドアを開けたギルベルトは、次の瞬間エレーナに覆いかぶさっているリチャードを目に捉えた。
「…………あ、お取り込み中! すみませんまた後できますっ」
回れ右をして一目散に逃げ出した。
「ギルベルト、あいつ勘違い……後で潰す」
条件反射的に寝台の下に隠してある剣を手探りで探す。けれども体のだるさは変わっていないので、まとも動くことが出来ない。おまけに頭が割れるように痛く、追いかけることを諦めた。
このまま何も見なかったことにしてエレーナの隣で横になろうかとも思ったが、また他の者に誤解されるのも嫌である。
リチャードは起きた時にズレたシーツを元通りにし、寝台の端に腰掛ける。
(どうしたものかな)
気持ちよさそうに眠っているエレーナを起こすのは忍びない。
「廊下ですれ違った涙目のギルベルトに押し付けられて参上しました~! あ、エレーナ様まだ寝てます?」
にこにこ笑みを携えて現れたのはメイリーンである。侍女に扮していたのかお仕着せ姿だ。るんるんと軽い足取りでリチャードの居る寝台に近づき、横から覗き込んだ。
「あらら、ぐっすりですね」
感想を述べるのみで何も突っ込んでこないだけギルベルトよりはマシだった。
「殿下の寝台なのでエレーナ様を起こしますか?」
「…………いい、自分が場所を変える。隣、使えるよな?」
「はい。ギルベルトに伝えておきますね」
隣の部屋は客室という名の無人の部屋だ。調度品は整えられ、定期的に掃除されているので綺麗な状態であるが、使われてない。静かに眠るにはもってこいの場所だろう。
リチャードは少しよろめきながらも立ち上がった。
そしてちらりと振り返る。
さらさらとした天鵞絨の髪が、こぼれるようにシーツの上に流れている。その愛らしい寝顔は彼女が成人しても天使のようで、リチャードからしたらずっと眺めていられる絵画のような光景だった。
自分が抱きしめて離さなかったと推測は出来るが、それにしてもそのまま一緒に寝てしまうなんて無防備すぎではないだろうか。
(私だから大丈夫だと思ってるのかな)
自分に対して警戒心がないのはありがたいが、リチャードだって所詮は男だ。
この場合、無理やりにでもリチャードを引き剥がしにかかるのが正解である。大声を出して人を呼ぶのでも。
(世間体や説教を受ける可能性を考え…………レーナに至っては大丈夫か)
ミュリエルのところに報告が上がっても、にやにやしながら笑っている想像が容易にでき、逆にリチャードをからかって来るはずだ。
リドガルドはリドガルドで的外れな発言をするだけで、怒ることなどほんの少しもありえない。ああ見えてリドガルドもまた本当の娘のように、エレーナを可愛がっているのだ。
この国で一番の権力を保持し、義父母となる王と王妃がそのような感じなのだから、小言を言ってくる者もいない。
「殿下、悪戯はお止めになられては? 疲労と診断が下されましたが、もし風邪だった場合移りますよ」
彼女の寝顔に口づけしようとしてメイリーンから横槍が入る。
「今更じゃないか? さっきまで一緒に寝てたんだぞ。誰も止めさせなかったのか?」
「それは様子を見に来た王妃殿下がそのままにしておいてと命令を下されましたので」
どうやらこの状況は公認だったらしい。来たのなら起こしてくれればいいものの、起こさないのがミュリエルらしかった。
ふふっとメイリーンは笑って、隣の部屋に移動しようとするリチャードに手を貸した。
「私もおふたりの様子を見に来ましたが、結構ぎゅうっと殿下が抱きついてましたよ。仲がよろしいようで臣下としては大変喜ばしい限りですね」
軽くにやついているメイリーンに対し、リチャードは一言だけ返す。
「…………記憶から消してくれ」
その後、リチャードはエレーナに対して何かしてしまったか尋ねたが、彼女は微笑みながら首を横に振るばかり。
それでもどうにかして聞き出せたのは「これからもずっとお傍に居させて下さいね」それだけだった。
(………自室?)
ぼんやり見えるのはリチャードの部屋の壁である。小窓は開いていて、傾きかけた太陽の光が差し込んでいた。
寝返りを打とうとして違和感に気がつく。
右腕に文鎮が乗っているのかと錯覚するほど何か重いものが乗っているのだ。
(何だこの柔らかさ)
加えて嗅ぎなれたようで慣れていない甘い匂い。
「え、なぜ」
ぎょっとしたリチャードは目を見開いたまま固まってしまう。強く目を擦り、瞬きをしてもう一度目を凝らす。
だが、見えている物は変わらない。
そこにはすぅすぅ寝息をたてるエレーナがいたのだ。ぴったりリチャードにくっついて瞳を閉じている。
(……記憶が飛んでるな)
どうしてもエレーナに会って、体調が悪いと自覚したところまでしかハッキリとは思い出せない。そこから後は、何か苦いものを飲まされた記憶が若干残っている。恐らく薬かそれに連なる物だろう。
こんな抱き合って寝ていた理由は不明だ。
(とりあえず離れたほ────)
左手で彼女の頭を押え、身体の下敷きになっている右腕を引き抜こうとして────
「エレーナ! 殿下の分も終わらせたすんばらしいほど優秀な私を労うよう、後でさりげなく助言し……」
バンッと大きな音を立ててドアを開けたギルベルトは、次の瞬間エレーナに覆いかぶさっているリチャードを目に捉えた。
「…………あ、お取り込み中! すみませんまた後できますっ」
回れ右をして一目散に逃げ出した。
「ギルベルト、あいつ勘違い……後で潰す」
条件反射的に寝台の下に隠してある剣を手探りで探す。けれども体のだるさは変わっていないので、まとも動くことが出来ない。おまけに頭が割れるように痛く、追いかけることを諦めた。
このまま何も見なかったことにしてエレーナの隣で横になろうかとも思ったが、また他の者に誤解されるのも嫌である。
リチャードは起きた時にズレたシーツを元通りにし、寝台の端に腰掛ける。
(どうしたものかな)
気持ちよさそうに眠っているエレーナを起こすのは忍びない。
「廊下ですれ違った涙目のギルベルトに押し付けられて参上しました~! あ、エレーナ様まだ寝てます?」
にこにこ笑みを携えて現れたのはメイリーンである。侍女に扮していたのかお仕着せ姿だ。るんるんと軽い足取りでリチャードの居る寝台に近づき、横から覗き込んだ。
「あらら、ぐっすりですね」
感想を述べるのみで何も突っ込んでこないだけギルベルトよりはマシだった。
「殿下の寝台なのでエレーナ様を起こしますか?」
「…………いい、自分が場所を変える。隣、使えるよな?」
「はい。ギルベルトに伝えておきますね」
隣の部屋は客室という名の無人の部屋だ。調度品は整えられ、定期的に掃除されているので綺麗な状態であるが、使われてない。静かに眠るにはもってこいの場所だろう。
リチャードは少しよろめきながらも立ち上がった。
そしてちらりと振り返る。
さらさらとした天鵞絨の髪が、こぼれるようにシーツの上に流れている。その愛らしい寝顔は彼女が成人しても天使のようで、リチャードからしたらずっと眺めていられる絵画のような光景だった。
自分が抱きしめて離さなかったと推測は出来るが、それにしてもそのまま一緒に寝てしまうなんて無防備すぎではないだろうか。
(私だから大丈夫だと思ってるのかな)
自分に対して警戒心がないのはありがたいが、リチャードだって所詮は男だ。
この場合、無理やりにでもリチャードを引き剥がしにかかるのが正解である。大声を出して人を呼ぶのでも。
(世間体や説教を受ける可能性を考え…………レーナに至っては大丈夫か)
ミュリエルのところに報告が上がっても、にやにやしながら笑っている想像が容易にでき、逆にリチャードをからかって来るはずだ。
リドガルドはリドガルドで的外れな発言をするだけで、怒ることなどほんの少しもありえない。ああ見えてリドガルドもまた本当の娘のように、エレーナを可愛がっているのだ。
この国で一番の権力を保持し、義父母となる王と王妃がそのような感じなのだから、小言を言ってくる者もいない。
「殿下、悪戯はお止めになられては? 疲労と診断が下されましたが、もし風邪だった場合移りますよ」
彼女の寝顔に口づけしようとしてメイリーンから横槍が入る。
「今更じゃないか? さっきまで一緒に寝てたんだぞ。誰も止めさせなかったのか?」
「それは様子を見に来た王妃殿下がそのままにしておいてと命令を下されましたので」
どうやらこの状況は公認だったらしい。来たのなら起こしてくれればいいものの、起こさないのがミュリエルらしかった。
ふふっとメイリーンは笑って、隣の部屋に移動しようとするリチャードに手を貸した。
「私もおふたりの様子を見に来ましたが、結構ぎゅうっと殿下が抱きついてましたよ。仲がよろしいようで臣下としては大変喜ばしい限りですね」
軽くにやついているメイリーンに対し、リチャードは一言だけ返す。
「…………記憶から消してくれ」
その後、リチャードはエレーナに対して何かしてしまったか尋ねたが、彼女は微笑みながら首を横に振るばかり。
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