私は貴方に堕ちている

夕香里

文字の大きさ
6 / 6

チョコよりも甘い

しおりを挟む
 とある日、うきうきとした気分でシャーロットは婚約者であるエドヴィンの住むハリントン公爵邸の地を踏んだ。
 小さい頃から幾度となく訪れているので、ハリントン公爵家に仕える使用人達にも顔を覚えられており、馬車から降りると笑みを深くした執事に迎えられる。

「シャーロット様、いらっしゃいませ」
「ええ、こんにちは」

 シャーロットも満面の笑みで挨拶を返す。

「ロティちゃんいらっしゃい」

 ふと、可愛らしい可憐な声がエントランスホールから聞こえてきて。少し遅れて抱きしめられた。ふわりと品の良い香りがシャーロットを包む。
 この香りをつけている人物はシャーロットの知っている中でただひとり。

「ルディア様、お迎えありがとうございます」
「あらあら、お義母様でいいって言っているのに」
「まだ、結婚したわけではありませんし」
「婚約してる時点で未来は確約されたようなものよ? 私、ロティちゃん以外を息子の妻として認めませんから」

 そうして挨拶代わりに軽いキスを受ける。

 ふわふわな金髪に、エドと同じ月のひとしずくを溶かしたような金の瞳が優しく眇られる。

 軽く談笑しながら、シャーロットはルディアと共にとある場所へ移動する。

「さてと、早速だけど始めましょう」

 パンっと仕切り直しのためにルディア様は手を叩き、置いてあったエプロンを着けた。シャーロットも自前のエプロンを着けて袖をまくる。

「今年は何をこしらえようかしら。ロティちゃん案はある?」
「そうですね、ガトーショコラはどうでしょう。エドも公爵様もチョコレートがお好きなので」
「いい案ね! そうしましょう」

 そう、今日はバレンタインデーなのだ。
 毎年、シャーロットはルディアと共にバレンタインのお菓子を作るのが恒例となっている。

 今年も例年通りルディアとお菓子を作り、エドヴィンの帰りを待っていたのだが。

(…………遅い)

 むうっとふくれながらシャーロットは今日何杯目か分からない紅茶を口に含む。
 お菓子作りが終わり、客間でエドヴィンを待たせてもらうことにしたのだが、一向に帰ってくる気配がないのだった。
 ちなみにルディアの夫であるハリントン公爵は定時と共に速攻帰宅し、シャーロットに挨拶した後にルディアと夫婦の時間を過ごしている。
 
(公爵様の方がお忙しそうなのになんでエドの方が帰ってこないのよ!!)

 足をばたつかせ、膝の上に乗せていたクッションをぽかぽかと殴る。

(……私が来てるってことは知ってるはずなのに)

 ぎゅっとクッションを抱きしめ、顔を埋める。

「こんなことて落ち込んでたらダメよ! いつものことでしょう」

 怒るだけ無駄なのである。そもそも、バレンタインをエドヴィンが覚えているのかさえ怪しい。彼は結構世間の行事に疎いのだ。

「もしかしたら殿下にこき使われているのかもしれないし。もう少し待ってみよう」

(ルディア様からも夕食のお誘いをいただいたからそれまでは)

 そう思い座っていると、いつの間にか眠ってしまった。


 ◇◇◇


「……ティ、ロティ」
「んうう」

 優しく肩を揺すられ、目を覚ましたシャーロットはぱちぱちと瞬きをする。

「エド」
「ロティごめん遅くなった」

(何かを言う前にエドが謝ってくるのは珍しい)
 
 目を擦するシャーロットの正面にエドヴィンは屈む。

「私が今日来ることは知っていたでしょう? お仕事が長引いたの?」
「仕事は……違う」
「では何故」
「それは……」
「理由を教えてくれないと、貴方のこと許さないんだから」

 棘のある声に、エドヴィンはシャーロットが相当怒っていると勘違いしたらしく、珍しく焦り始める。

「それに、後ろに隠している物は何?」
「何も隠してないよ」
「嘘おっしゃい」

 目が泳いでいる。明らかに何かある。
 しばしの間睨みつけていると、彼は観念した。
 エドヴィンは背中に隠していた花束をシャーロットに差し出す。

「外国では男から渡すこともあるらしくて、いつも貰ってばかりだから……」

 赤い薔薇の花束。もちろん数本という量ではなく、何十本も使われていて、芳香な薔薇の匂いがシャーロットの鼻に届く。

「あげると決めたのは言いものの、手配するのを忘れていて慌てて仕事終わりに街に行ったんだ。けど、どこも売り切れで」

 見るとエドヴィンの額には汗がうっすら浮かんでいた。どうやらこれのためだけに街を走り回ったらしい。
 帰宅が遅れた理由が自分のためだと知り、抱いていた怒りが沈静化していく。

(……それに、ちょっと抜けてるのがエドらしい)

 シャーロットは緩む口元を隠すために受け取った花束に顔を埋める。
 そうして少し弾んだ声で返すのだ。

「仕方ないわね。許してあげるわ」
「本当に許してくれるの?」

 シャーロットの表情が読めないエドヴィンが疑ってくるので、唇を尖らせてしまう。

「許すって言ったわ。信じられないの?」
「いつものロティなら三日は引きずって、口を聞いてくれなくなる」
「失礼ね!」

 確かにそうなのだが。今、ここで口にするのはさすがに空気を読めてなさすぎる。

「そんなこと言うならこれあげないわよ」

 テーブルの上に置いていた白い箱の蓋を開けた。出てきたのは昼間、ルディアと手作りしたガトーショコラだ。
 
「食べていいの?」

 箱にエドヴィンの手が伸びる。シャーロットはひょいっと箱を手中に収めた。

「タダではあげないわ」
「…………何をすればいいのさ」
「頬にキスしてくれたらいいわ」

 咄嗟に思いついた案だった。婚約者でいる期間が長すぎてシャーロットとエドヴィンには恋人らしいことはほとんど無いと言って等しい。
 口付けをされることはあるにはあるが、回数は片手で数える程である。
 友人達との茶会で婚約者との仲睦まじい話を沢山聞く度に羨ましいという気持ちが湧いてくるのだ。

(こういう時にしか……ねだれないし)

「分かった」

 しやすいように横を向くと何故かグイッと正面を向かせられた。

「エド? んっ」

 気づけば唇を柔らかいものに塞がれていた。強引でちょっと荒っぽい。どこにキスしているのか無理やり分からせるようなリップ音を響かせ、エドヴィンが離れていく。

「な、な、ほおって」
「頬にする必要ある? 私はロティの口にキスしたい」

 さらりと言ってのけられた。

(あるわ。私の心臓が持たないもの…!!)

 面と向かって言えるはずもなく、口をはくはくと動かしているともう一度、エドヴィンの顔が近づいてきて。

「愛しているよ」
「!」

 とびきり甘い囁きと共に頬にも口づけが落ちてくる。完敗したシャーロットはエドヴィンにガトーショコラを献上したのだった。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

私の旦那様はつまらない男

おきょう
恋愛
私の旦那様であるロバート伯爵は、無口で無愛想な仕事バカ。 家庭を返り見ず仕事に精を出すのみのつまらない男である。 それでも私は伯爵家の妻として今日も面倒な社交の場に出なければならないのだ。 伯爵家の名を落とさないために。あぁ面倒くさい。 ※他サイトで投稿したものの改稿版になります。

【完結】大好きな彼が妹と結婚する……と思ったら?

江崎美彩
恋愛
誰にでも愛される可愛い妹としっかり者の姉である私。 大好きな従兄弟と人気のカフェに並んでいたら、いつも通り気ままに振る舞う妹の後ろ姿を見ながら彼が「結婚したいと思ってる」って呟いて…… さっくり読める短編です。 異世界もののつもりで書いてますが、あまり異世界感はありません。

俺の可愛い幼馴染

SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。 ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。 連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。 感想もご自由にどうぞ。 ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

上手に騙してくださらなかった伯爵様へ

しきど
恋愛
 アイルザート・ルテシオ伯爵は十七歳で家督を継いだ方だ。  文武両道、容姿端麗、人柄も良く領民の誰からも愛される方だった。そんな若き英雄の婚約者に選ばれたメリッサ・オードバーン子爵令嬢は、自身を果報者と信じて疑っていなかった。  彼が屋敷のメイドと関係を持っていると知る事になる、その時までは。  貴族に愛人がいる事など珍しくもない。そんな事は分かっているつもりだった。分かっていてそれでも、許せなかった。  メリッサにとってアイルザートは、本心から愛した人だったから。

【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました

雨宮羽那
恋愛
 結婚して5年。リディアは悩んでいた。  夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。  ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。  どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。  そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。  すると、あら不思議。  いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。 「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」 (誰ですかあなた) ◇◇◇◇ ※全3話。 ※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜ ※AI不使用です。

ガネス公爵令嬢の変身

くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。 ※「小説家になろう」へも投稿しています

(完結)婚約者の勇者に忘れられた王女様――行方不明になった勇者は妻と子供を伴い戻って来た

青空一夏
恋愛
私はジョージア王国の王女でレイラ・ジョージア。護衛騎士のアルフィーは私の憧れの男性だった。彼はローガンナ男爵家の三男で到底私とは結婚できる身分ではない。 それでも私は彼にお嫁さんにしてほしいと告白し勇者になってくれるようにお願いした。勇者は望めば王女とも婚姻できるからだ。 彼は私の為に勇者になり私と婚約。その後、魔物討伐に向かった。 ところが彼は行方不明となりおよそ2年後やっと戻って来た。しかし、彼の横には子供を抱いた見知らぬ女性が立っており・・・・・・ ハッピーエンドではない悲恋になるかもしれません。もやもやエンドの追記あり。ちょっとしたざまぁになっています。

処理中です...