悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!

夕香里

文字の大きさ
9 / 88
第一章 私と殿下

晩餐会です(5)

しおりを挟む
「お帰りなさいませ……ってお嬢様、如何なさったのですか!? 何故……」

 馬車が公爵邸のエントランスに着いた途端、ルーナは主人の帰りに一度腰を折り、顔を上げた。そして悲鳴のような驚きのような声を上げて私に近づいてきた。

「あっルーナ。まだお母様とお父様は帰ってこないわ。私が先に帰ってきたの」

「そんなことはどうでもいいのです! いや、ダメなんですけど……何故アタナシア様が泣いているのですか? ギルバート殿下に何かされたのですか? それとも晩餐会で何か……?」

 あたふたといつもは冷静な彼女が戸惑っている。

(泣いている……? 私が?)

 ルーナはそっと持っていたハンカチを私の目じりに優しく置く。

「だっ大丈夫よルーナ! 私は……泣いてなんか……ヒック」

 彼女にハンカチで目頭を押さえられ、気付いてしまった。私は先程の出来事が、今になって何故か酷く悲しくて泣いているのだ。
 全てを受け入れるかのように優しく私を包み込んでくれるルーナに、顔を埋めて私は嗚咽混じりにいっそう泣いてしまう。

「お嬢様……大丈夫ですよ。ルーナはずっと何があってもお嬢様の味方です。晩餐会で何が起こったかは私には図りかねますが、きっとお辛かったのでしょう? お嬢様が泣き止むまでずっと一緒にいますよ」

「ルーナぁ」

──何故涙が出てくるのか。こんな悲しいのか。

 それは私を優しく見てくる殿下も、仲睦まじくずっと夫婦でいるお母様とお父様。自分が慕うご令息と踊るために頑張るご令嬢、私を恨めしそうに見てくる貴族達、私が王妃となり、彼と結婚する未来を疑わない人々。悪意ある視線。

 全部全部、辛くて悲くて羨ましい。だって周りが思っている、描いているは私には来ない。全部儚く消えてしまうことを知っているから。
 それなのに私に期待させるような行動を取る殿下も仲睦まじいお母様とお父様の姿も恨めしくて羨ましい。

──私には手に入れられない未来と未来に繋がる瞞しだから。

 このまま行けば私は王妃となり彼と共にこの国を支えていくと誰もが思っているだろう。だから、恨めしそうに貴族達は見てくる。仲睦まじいわねとからかう人もいる。

 それは彼等が描いている「」があるのが大前提だ。それが覆ると思っていないから、信じているから言えるのだ。

 でも私は知っている。私はこのままいくと真実の愛を見つけたという殿下に婚約破棄をされる
 記憶さえ思い出さなければ私もを信じて、彼から向けられる視線にも嬉しさを持っただろう。

 でも、蘇ってしまったからには持てないのだ。潔く身を引くことしか私には出来ないのだ。

 だから、悲しくてルーナという私のことを一番知っている彼女を見たら安堵して泣いてしまった。

 泣き続けている内に漠然と未来に向かう一歩を踏み出すのが怖いと思っている自分に気付く。
 自分の行動によって、そのあとの出来事が変わってしまうかもしれない。嫌われてしまうかもしれない。ルーナからも見捨てられてしまうかもしれない。

────何もしてないのに私がしたことにされて、濡れ衣を着せられたあの日のように。

 誰も助けてくれなかった。見捨てられた日のように。

 ぞわりと足元から恐怖が私に襲いかかる。

「ルっルーナは私のことを見捨てないわよね? ずっと私の味方よね?」

「勿論ですよ。見捨てるわけないじゃないですか。お嬢様は私の中でたった一人の可愛いお嬢様です」

 怯えて震えている私の手をそっと握り、目の位置まで持っていくと彼女は私を見ながら微笑んだ。

「そっそうよね。ルーナが私を見捨てるなんてないわよね……」

「……お嬢様どうしたのですか? いつものお嬢様らしくないですよ。さっ涙を拭いて、御屋敷の中に入りましょう?」

「いつもと同じよ。ただちょっとだけ悪い夢を見てしまったから不安になってしまったの。今日は疲れたから部屋に戻ってもう寝るわ」

 夢なんて今見ているはずもないのに分かりやすい嘘をついてしまった。それでも、ルーナは何も言わなかった。

「……そうですか。分かりました。ネグリジェを持ってきますのでお嬢様は部屋の中に居てくださいね。くれぐれも、そのドレスのままベッドにダイブしないで下さいね! 絶対ですよ!」

「ねっ寝ないわよ。だってしわになっちゃうじゃない!」

「……そう言って、しわを作った人はどこのどなたでしたっけ?」

 じーっとこっちを見つめるルーナ。きっ気まずい…そうよ。私……しわを作ったことあります。ええ。

「寝ないから! 寝ないから、そんな表情で見ないで! 悪いとは思ってたのよ? でも眠たかったんだもん! ……貴方、信用してないわね……」

 そう言って一旦ルーナと別れてわたしは自室へと向かう。
数分経ってコンコンっとノックが聞こえたのでドアを開ける。

「お嬢様、これに着替えてください。あと今着ているお召し物を此方に」

「ええ分かったわ」

 ルーナに手伝ってもらって素早くドレスや髪飾りを全て取る。
 そしてゆったりとした光沢のある絹のネグリジェに着替え、靴を脱いでスリッパに履き替える。

「それではお嬢様、いい夢を。おやすみなさいませ」

「ルーナ、お休みなさい」

 私がベッドに入ったことを確認して彼女は私の部屋から退出した。

 目をつぶると直ぐに眠気が私を夢の中に誘い、すぐに私は眠ってしまった。

 少し時間がたったあと、部屋のドアがゆっくりと中で寝ている彼女を起こさないように開く。
 
 半分ほど開けた所で、中を覗いた人物はルーナだった。ルーナは抜き足さし足で起こさないようにアタナシアの元へ歩く。
 そしてアタナシアを覗き込み、ちゃんと寝ているか確認してから傍にあった靴を見つけて目を見張る。

(これは……汚れているわ。何故お嬢様の靴が……)

 大体予想はついていた。主が泣きながら帰ってくるなんて、基本的に嫌がらせを受けた時なのだ。

 いつもは気高く振舞っているが、こういうのに主は弱い。まあ、誰であっても傷つくものではあるが。

(ロン様と公爵様にお伝えしないと)

 そっと音を立てずに靴を持つと、急いで彼女は退出する。
 ルーナは自室へと戻ると書き付けられる紙に急いでアタナシアの靴が汚れていたこと、泣きながら帰ってきた事を綴り魔法で王宮にいるはずの公爵とロンの元に飛ばす。

「お嬢様は何をあんなに恐れているのだろう? 嫌がらせだけにしては変だわ」

 魔法で飛んでいく手紙を、窓から見ながらルーナは自身の主人を心配していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

処理中です...