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第二章 アルメリアでの私の日々

アルメリア魔法学校

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「………お城かしら?」

 重厚な門を通り、森の中を馬車が進むこと約10分。目的地に着き、馬車から降りた私は視界に入った建物を見てそう呟いてしまった。

「お嬢様、お城ですがお城ではございません。学校でございます」

 先に降りて隣に控えていたルーナは私の独り言をキッパリと否定した。

「目の前に見えるのが…?」

「左様です」

 石造りの建物は深い森の中心に位置して、何も知らずに来たら絶対学校の建物だとは思わない。知っていた私だってお城のように見えてしまうのだから。

 窓を見ると昨日説明してもらった月水晶がはめ込まれているようでキラリと光っていた。古城の中央に位置する大きな塔は色のついたステンドグラス張りになっており、太陽の光を受けて反射した光が地面に降り注いで、地面が様々な色になっている。
 優しい春風が吹くと葉が擦れ、小鳥達の囀りが風に乗って聞こえて来る。

 目を閉じれば初夏の時期に戻る公爵領にいるようだ。

「お嬢様、先に寮にご案内しますね。部屋の内装をマーガレット王女殿下付きの侍女様と相談させてもらいながら整えたのですが、確認して頂きたいので」

「分かったわ」

「ではこちらに」

 正面にあるエントランスホールを通り抜けて右の建物に入ると生徒は誰一人いなく、静かな廊下だった。

 ルーナはその廊下を迷いもせずに進んでいくので私もその後ろからついて行くと、数メートルくらいの間隔でドアがあり、その横にはネームプレートが設置されている。

 少し軋む階段を上り、突き当たりの部屋の前でルーナは止まった。

「お嬢様の部屋はここです。中に入って正面にあるお部屋が共有のリビングとなっていて、向かって右手側がマーガレット王女殿下のお部屋、左手側がお嬢様のお部屋です」

「広いのね」

「昨日、中を拝見させて頂きましたがとても広いです。外からの見た目とは格段に違いますので、恐らく空間魔法を使用して作られているのでしょう。流石大陸随一の魔法学校と言われるはずです」

「空間魔法!ソルリアでは使い手があまりいない魔法ね」

────空間魔法

 外と中で空間の大きさを変えたり、別空間の世界を作ったりする魔法。たまに魔法市場で空間魔法を使ったバスケットやクローゼット等が売られているので、大陸で見るとそれほど貴重な魔法ではない。

 しかしこの類いの魔法は出身国によって行使できる人数が大幅に変わる。この世界において魔法は国ごとにも貴重さが変わるのだ。他国ではとても貴重な魔法であっても、隣の国に行くと何人もの人が使え、特段珍しくないというのは多々ある。

 空間魔法はソルリアでは行使できる者が少ないが、アルメリアでは多数いると書物に書いてあった。しかし、小物の空間を変えるのではなくて、これほど大きい部屋の空間も変えてしまうのは見たことがない。

「お嬢様中へどうぞ」

 ドアノブを捻り、ルーナはドアを開けてくれる。

「ありがとう」

 中に入り、取り敢えず左にあるドアを開ける。するとふわりと優しい風が頬を掠めた。見ると窓が開いていたようでふわふわとカーテンが風によってなびいている。

「すみません。空気の入れ替えをするために窓を開け放したままでした。直ぐに閉めます」

 後から入ってきたルーナは慌てて窓の方へ向かう。

「大丈夫よ。ルーナ、そのまま開けておいて」

「ですが……分かりました。少しの間だけですよ」

「ありがとう」

 窓枠に手をかけていたルーナは手を離してカーテンだけを赤いリボンで括った。

「私の手荷物が入っている鞄は何処かしら?」

「こちらです。この鞄以外は全て収納済みです」

 手渡された鞄を受け取って取り敢えず備え付けられていたベッドの横に置いておく。

「所でルーナは何処で生活するの?ここには私のベッドしかないようだけど」

 アルメリア魔法学校は貴族も勿論通うので侍女が子息・令嬢達と一緒に入ってくると聞いたが、流石に一緒に生活するようなことは無いだろう。ベッドも1人用みたいだし…

「私は廊下を挟んで反対側の部屋です。お嬢様のお世話をする時間以外は、ほとんど部屋におりますので何か申し付けがありましたらこのベルをお鳴らしください」

「このベルを鳴らすとルーナに?」

 ベッドサイドに置かれていた掌に乗るほどのサイズのベルを少し揺らす。家にあった物よりも小さく、銀色のベルはチリンチリン小さな音で鳴る。
 それは小鳥のさえずりより小さいくらいで到底他の部屋に聞こえる音量では無い。

「左様です。何でも魔法が使われているようでして、このイヤーカフを通じてそれぞれの主が揺らすベル音が伝わるようです」

 ルーナは見やすいように横を向いてこの学校の紋章が入っているイヤーカフを見してくれる。

「魔法もだけど魔道具も画期的なものばかりで、本当に凄いわね!」

「私も思います。昨日他の貴族の方の侍女方とお話させていただいたのですが、アルメリアは魔道具の種類が豊富なようです。日常生活でも、様々な用途で使うと言っていました」

 成程。それなら便利な魔道具を見つけたら家に送ろう。お兄様は自分の仕事に対して便利な魔道具をよく買っていたから喜んでくれそうだ。

 そんなことを考えながらベッドに腰かけるとルーナは慌て始めた。

「お嬢様、お疲れかもしれませんがお嬢様は理事長様がいらっしゃる理事長室にいかないといけません。ご案内しますのでよろしいですか?」

「大丈夫だけど……ルーナは既にこの学校の配置図を覚えたの?とてつもなく広いのよ?」

 エントランスホールを通って寮のこの部屋に来るまでだって7~8分ほど歩いている。それほどまでに建物内は広いのだ。エントランスホールに設置されていた案内図を一瞬だけ見たけど、それでも100以上の場所があるのは確実だった。

 だから直ぐに覚えられる量では無い。それなのにルーナは案内すると言った。

 つまり、何処に何があるのかを把握しているということ。理事長室と寮の配置だけを覚えた可能性もあるけど、ルーナの性格上それはありえない。彼女は自分の仕事のことになると、知らなくてもいい内容まで完璧に頭に入れるタイプだから。

「覚えましたけど……それが何か?」

 なんでもない様に答える彼女の記憶力はどれほどのものなのだろう…。私より絶対上なのは確実。

「………凄いわ。案内よろしくね」

 その記憶力に勝負はしていないが、負けたような気がしたので、後で学校の案内図を貰い、覚えようと心に決め、窓を閉めると理事長室に向かう。

 今度は階段を降りてエントランスホールの奥に進む。窓からは見たことがない植物が見えるので、外を見ながらルーナの後を歩いて行き、生徒達に会釈をしつつ最上階にある理事長室に向かった。

「お嬢様ここです。この扉の先に理事長様がいらっしゃいます。私は扉の前で待っていますのでおひとりで中へ」

「分かったわ」

 ルーナに促されて木で造られた扉をノックする。

「御名前をどうぞ」

 直ぐに低音の大人の声が聞こえて、鼓動が早くなる。

「アタナシア・ラスターです」

「ああ、ソルリアの…どうぞ中に入ってください」

「失礼致します」

 今更自分の服装に目をやり、皺がないか確認する。

 そしていつもと同じように挨拶すれば大丈夫と自分に言い聞かせて、緊張で冷たくなった右手で扉をゆっくり開けたのだった。
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