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第二章 アルメリアでの私の日々
理事長の交流
しおりを挟む「ヴィアリナ・エルミネ様、お初にお目にかかります。この度、ソルリアから来ましたアタナシア・ラスターです。至らぬ点もあるかと思いますが、これからどうぞよろしくお願い致します」
緊張していても挨拶の仕方は身体に染み付いていて、自然にカーテシーをすることが出来た。
正面の座席に腰掛けていたのは、くっきりとした顔立ちに、相手を透かすような菫色の瞳、そして柔らかそうな金の髪を緩くひとつに編み込んだひとりの女性。
彼女こそ、この学校の理事長であるヴィアリナ・エルミネ様。
ヴィアリナ様はこの大陸一と呼ばれる魔法学校の理事長を任されるほどの実力者であり、アルメリア唯一の女侯爵でもある。つまりとてもお忙しいお方なのだ。
「さまと言われるのは好きではないの。出来ればヴィアリナ先生と呼んでくれるとうれしいわ」
席から立ち上がりながらヴィアリナ先生は言った。
「ではお言葉に甘えさせていただきましてヴィアリナ先生と呼ばしていただきます」
「ありがとう。じゃあそこに腰かけて?私、貴方が来るのをとっても楽しみにしてたの。あの方が婚約者である貴方がここに来るのを許可するなんて想像も出来なかったから」
言われたソファに腰かけると、ヴィアリナ先生は笑みを浮かべながら正面の席に座った。
「あの方とはギルバート殿下のことでしょうか」
「そう。ギルバート・ルイ・ソルリア第1王子殿下。ここに来るのは貴方の意思だと聞いているけど、ギルバート殿下は渋ったでしょう?」
「あまりそのような様子はありませんでしたが……。自分の思いを伝えたらあっさりと許可してくれました」
ヴィアリナ先生は大きく目を見開いたあと、勢いよく立ち上がった。
「それ、ギルバート殿下よね?ほんとうに?」
「ほっほんとうです。あの、ヴィアリナ先生は殿下と何か付き合いがあるのでしょうか」
顔を近づけて聞いてくるので私は反射的に体を反らす。
「婚約者だからそのうち知るだろうけど、例外中の例外で少し交流があるのよ。10年くらい前から年に数回はギルバート殿下とお会いしているわ」
嫌なものを思い出したかのように顔を顰める先生。今度は私が驚いて目を見開く番だった。
10年前といえば私が彼と出会った頃。どうして殿下はヴィアリナ先生と出会い、今も交流を持っているのだろうか。普通ならば、他国の、しかも王家の血筋を引いてないなく、外交官でもないエルミネ侯爵家との交流はするはずがないので不可解でしかない。しかも、殿下が7歳の頃からだ。何かあるとしか思えない。
「10年前から…ですか?何故…」
「端的に言えばあちらが望み、私には拒否権がなかったというか、利害が一致した。だから承諾した。これ以上は言えないの」
承諾した…?一体何を…と喉元までせり上がってきたが、柔らかい物腰なのに一瞬張りつめる空気。それに呑まれた私は何も言えなくなる。
時間にしたら1分くらい会話が途切れただろうか。
話を振らなければと思い、こちらなら答えてくれるだろうと考えた私はテーブルに置かれた紅茶を一口口に含んだ後、尋ねた。
「そうですか…では殿下が渋る理由とは?」
「そうね、普通に考えて婚約者が自分の手が届かない場所に行ってしまうの嫌じゃない?特に、貴方は第1王子に嫁ぐのが決まっている。他国に来ればその座を狙うものに狙われやすくなる」
「そうなのでしょうか………」
カップから立ち上る湯気が揺れる。
私には殿下が分からない。前回のことを考えると今の優しさは瞞しのようで…それ故に殿下が私が離れるのが嫌だと思っているとは考えられなかった。それに勿論、殺されることは勘弁願いたいが婚約者の座は時が来たら譲るつもりだ。
無理だろうけどそこから落としたいなら穏便に落として欲しいと思ってしまう。
キラリとはめている指輪が光る。
この指輪だって3年後には粉々に砕かれてしまうのだ。悪役令嬢の私は対策をしなかったら何も残らない。家族も、愛も、命も。
冷たい牢獄。冷ややかな何人もの視線。家族にも見限られたときのあの辛さ。そして愛していた人に信じてもらえなかった悲しみ。前回の経験は1度でいい。
だからここに来た。未来を変えるために。最悪から逃れるために。
「大丈夫よ。ギルバート殿下はあなたの事を大切に思っているわ。私にはその思いの全てを理解できないけどね。それと、学校内は私の保護魔法をかけているからこの大陸でいちばん安全なの。だから心配しないで」
「ありがとうございます」
私が顔を暗くしたのはヴィアリナ先生が考えている以外の理由もあるのだが、それらは隠して感謝を言う。
「そうだ、今日一日は荷解きをする日なの。おそらくあなたのルームメイトであるマーガレット王女殿下は暇だろうから校内を案内してもらうといいわ」
「頼んでみます」
「うん、そうしてね。それでは私は仕事があるから……」
申し訳なさそうにヴィアリナ先生は告げた。私は慌てて立ち上がり、もう一度お辞儀をする。
そうよ。ヴィアリナ先生はとてもお忙しい方。こんなに長く居たら邪魔になってしまう。
「お忙しい中、お時間を割いていただきありがとうございました。2年間よろしくお願いします」
「よろしくね。貴方にとっていい留学生活になるようにこちらも頑張るわ」
ひらひらと手を振ってくださるヴィアリナ先生と視線をまじ合わせたあと、私は理事長室を後にした。
「お嬢様、理事長様はどうでしたか」
廊下に出ると待機していたルーナが駆け寄ってくる。
「……とても素敵ですごいお方だと思う。雰囲気は綿菓子のように柔らかいのに、ふとした瞬間に張り詰めるというか…上に立つ者の風格もあった」
だからだろう。ヴィアリナ先生がこの学校のトップであり、女性では難しいと言われる高位貴族の当主の座に着いているのも。
「理事長様はこの学校の皆様からも慕われているようでしたからルーナも素晴らしい方だと思います。では、お部屋に戻りましょう」
ルーナはそう言って歩き出す。
「そうね。部屋にマーガレット王女殿下はいらっしゃるかしら?」
「おそらく到着されているかと」
それなら、部屋に帰って直ぐに王女殿下に校内の案内をお願いしてみよう。まだ王女殿下の人柄を全て把握した訳では無いが、彼女なら喜んで案内してくれる気がした。
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