逆行世界のリバースコード

第一話 記憶が先に消えた女

第1章 蒸気の街に降る忘却

時間は、今日も“戻って”いた。

　逆巻く風が、街の空を逆向きに撫でてゆく。鉄の歯車が軋みながら元の位置に戻り、蒸気の雲が煙突へと吸い込まれていく。中世風の石造りの街には無数のホログラムが浮かび、電子聖歌が流れる教会では「明日への退行」が祈られていた。

　リオン・フロストは、時計塔のふもとにある記憶屋の屋根の上で、逆回転する懐中時計をじっと見つめていた。
　秒針が「ひとつ前の瞬間」に戻るたび、彼の胸の奥で何かがざわつく。

　「今日もまた、少しだけ未来を忘れていくんだな……」

　リオンには、小さな異能があった。
　この世界の誰もが「過去へ進んでいる」と感じる中、彼だけがほんのわずか、“未来の名残”を感じ取ることができた。
　ただし、それが何を意味するのかは、彼自身にもまだ分からない。

　そんな彼のもとに、一通の依頼が届いたのは、いつだったか。もはや正確な時間の流れなど、この世界では意味を持たない。