ルナソルの魔封城

TIEphon

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フォージア編

第五話 殺人鬼との接触

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 あれから数時間くらい見回っただろうか。

 未だそれらしい人物を見ていないし、悲鳴や戦闘音も聞こえてこない。別動隊からの連絡もない。



「今日ははずれみたいだな」



 俺はそんなことを言いながら時計を確認する。

 時刻は午前4時過ぎ。日の出まで1時間ってとこだろうか。

 萃那曰く、被害は夜に集中しているらしいので今日のところは収穫なさそうだ。

 萃那も時計を確認し同様のことを思ったのだろう。少し残念そうな表情を浮かべ、小さくため息をつく。



「そうみたいですね。無念です」

「被害がないことに変わりはないさ。また頑張ろうぜ」



 俺の励ましの言葉を受けた彼女はこちらをじろっと睨みつけた。

 なんだ。その目は。



「もしかして貴方が殺人鬼?」

「へ?」



 根も葉もない疑いを掛けられ、素っ頓狂な声を上げる。



「だって貴方いつもやる気のないことばかり言っていたくせに、頑張ろうぜ、とかキモすぎません?」



 なんてことを言う奴だ。



「あ、でも貴方なんかにレグウスのメンバーがやられるわけないか」



 真顔で、ポンッと掌に拳を立てて解決ポーズをとる彼女に呆れた視線を向ける。

 次からはきっちり断ろう。そうしよう。否、第一俺は断ったんだ。強制的に連行しておいてこれはひどい仕打ちである。



「とりあえず、他のペアと合流して指示を仰ぎましょう」



 と、無線機を取り出した萃那はそれを耳に当てる。が、反応はない。



「なるほ…」

「なるほどな!」



 萃那の言葉を遮り、俺は言葉をつづる。



「無線に出ないということは出られない状況にあるということ…つまりこいつらサボっているな!」

「馬鹿ですね。貴方と同じ思考回路じゃないんですよ」

「というと?」

「恐らく何者かに襲われたのでしょう。救援も呼べなかったということは、例の殺人鬼の可能性が高いですね」



 そんなわけがない。もしどこかで戦闘を起こそうとするなら、大量の魔力を俺の能力で検知するはずだ。魔力を使わなかったら、レグウスを一瞬でやれるわけがない。

 だからこそ殺人鬼の可能性は低い訳だ。

 俺はチラッと萃那の表情をを確認する。



「…勤務時間終わったよね?」

「行きますよ。発信機で位置はわかりますので」

「嫌だぁぁぁ!死にたくない!殺人鬼だよ?そんなんすぐ殺されちゃうよ!」

「何を馬鹿な事…貴方なら…」

「?」

「いえ、さっきはやる気出して…まさか勤務時間が終わったからあんなことを⁉」



 俺はお菓子を買ってもらえなかった子供の如く叫ぶが虚しく、萃那に襟を掴まれて引きずられていった。



 ▲  △  ▲



「お前で13人目」



 俺は不敵な笑みを浮かべながら、手に持っていた刀をレグウスの一人に突きさした。

 ほとんど声も上げずに、そいつは力なく地面に倒れ込む。

 その横には先ほど気絶させたレグウスが横たわっている。

 彼はカペラから送られてきたリストに載っていなかった。わざわざ殺してやる必要はない。



 警察やレグウス上層部の奴らも俺たちの存在に気づき始めたのか、奴らの追跡も熱を帯びてきた。今夜だけで8人と接敵するとは。

 しかしそれはシリウスが誰なのか突き止めていないということ。これほど時間が掛かっているのは考えられないことだが。一体どうなっていることやら。

 いずれにしても時間は掛けられないが、まだ余裕はある。



 そんなことを考えつつ刀を鞘に戻していると、不意に通信魔法に着信が入った。

 慌てて周囲を確認し、通信先を確認する。ベスタからだ。



「何用だ」

『お前の方向にレグウスが二人向っている』

「またかよ…そいつらはリストに載っているのか?」

『載っていないが…』

「なに?」



 俺はその内容に驚愕した。



「…了解した」

『頼むぞ。ポラリス』



 ▲  △  ▲



 その場に到着した私こと菟梁 萃那は目の前の事態に驚きを隠せなかった。

 つい数時間前に行動を共にしていた、レグウスのメンバーの二人が倒れていたのだ。

 そのうちの一人は明らかに致命傷を負っており、腹部から大量の血があふれ出ている。

 出血量からして今から回復魔法を使っても助からないだろう。



 そうして私の視線は、そのすぐ横で腰に刀を忍ばせた黒衣の男に向けられた。

 左肩に顕現されている破戒の文様は赤色に輝いている。つまり、ルナソル完全破戒を行っている証拠。

 そしてあの刀もかなり珍しい種類だ。見るにヴァネットさんの弓と同様に魔族特効の魔力が付与されている。非常に高価なものだ。

 その凛とした佇まいからその男が、地面を舐めている彼らを攻撃した殺人鬼だと確信することができた。



 私が刀を抜くと、それに気づいた男がこちらを睨み、同時に悪寒が走る。身体が金縛りにあったように動かない。



「‼」



 背筋が凍るとはこのことだ。男は魔法や能力を使ったわけではなく、殺気だけで私たちを威嚇し、硬直させたのだ。

 刀を握る手さえも小刻みに震える。



「…げてください」

「?」



 ようやく硬直が解けた私の震える声に、彼こと屈魅 狭霧はキョトンとした表情を浮かべた。

 うまく聞き取れなかったらしい、彼はまだ呆然とこちらを見ている。

 彼の目の前を腕で守るように遮る。



「逃げてください!貴方じゃ危険ですから!」



 今度は聞き垂れるように、声を張り上げる。



「じゃ、なんで連れてきた?」



 …おっしゃる通り。



 月明かりに照らされ、殺人鬼の不敵な笑みが浮かび上がる。

 その笑みが何処か不気味で、私は初めて血の気が引く、という言葉の意味を理解した。



「それで…お前は?」



 背後から彼に声を掛けられ、ハッと我に返る。

 心配してくれるんですね。私があなたを危険に巻き込んだというのに。



「行ってください!後で絶対合流しますから、その時は…ぜひとも聞きたいことが…」



 彼のほうに振り返ったが、その場にもう彼はいなかった。



「なるほど、私を見捨てるまでの判断1秒未満…と」



 不意に寂しさを憶えるが、すぐに目の前の男に意識を移した。

 改めて対峙してみてわかる。目の前の殺人鬼は私の実力を遥かに超えている。



「貴方が噂の殺人鬼ですか?」



 ダメもとで質問を繰り出してみる。相手は殺人鬼、話が通じるとは思えないができる限りの情報を得ておきたい。



「否、俺はただの通り魔。一連の殺人とは無関係」



 殺人鬼はけろりとそんなことを述べて見せた。意味不明だが危険分子であることに変わりはない。

 強者の余裕というものだろうか。男の顔には焦りの文字は見えない。

 第一、私が刀を抜いているのに対して、男は帯刀に触れてすらいなかった。完全に舐められている証拠だ。



「貴方の目的は何なんですか?なぜ殺人を27件も…」

「?凄い濡れ衣だな」

「違うのですか?」

「ああ、半分くらい身に覚えがない」

「半分は貴方なんですね。で、何故殺人を?」

「聞き出させてみたらどうだい?力づくで」



 その瞬間、私の首元目掛けて男の刀が振りかぶられた。

 殺人鬼との距離は7メートルくらいあったはずだが、男はその距離を一瞬で詰めてきたのだ。



 恐らく瞬間移動の類。大勢の能力者を返り討ちにしている彼もまた能力者だ。

 能力は不可能を可能にする力を持っている。常識に縛られた戦いをしていては足元をすくわれてしまう。



「くっ!言われなくとも!」



 赤級の者には破戒の布告は不要だが、一応この世界の住人として言っておこう。



「ルナソル破戒」

「余裕だな!」

 一瞬反応が遅れたが、条件反射で身体を反ってその斬撃を躱し切り、相手の懐目掛けて刀を振る。しかし、それは甲高い音と共に捌かれてしまった。

 すぐさま体制を立て直し、攻撃を続ける。しかし男はそれをすべて片手で弾き返した。



 鋭い目つきで男を観察する。瞬間移動できる距離、能力のクールタイム、そのデメリット。瞬間移動させられるのは自分自身だけなのか、移動先の指定方法はあるのか。



「流石は最強剣士の一人娘。その観察力と洞察力は父親譲りなのか?」

「私の父を知っているようですね」

「有名だからな。お前の周りに人辺りが良いところもそっくりだ。あの男は例外らしいがな。特別扱いってやつか?」

「私の事をよくご存じの様で」

「ああ、知っているさ」



 そうして男は容赦なく刀を振るう。

 戦力差は一目瞭然、私も能力を使用するべきだろう。

 一旦殺人鬼と距離を取り、私は能力を発動する。



 その刹那、またも男が瞬間移動をしてきた。しかし私はそれに反応して相手の漸劇を躱し、即座に切り込む。

「ルナソル破戒【天羽々斬あめのはばきり】」

 瞬きをする程度の時間で、上下左右完全ランダムな8連撃。



 私の能力は身体速度の上昇。普通の相手なら、今の不意打ちで微塵切りになっているはずの攻撃。しかし男はぎりぎりのところでそれを捌ききっていた。

 殺人鬼の苦悶の表情が見えた瞬間。鳩尾に強烈な痛みが走る。それと同時に私は後方に吹き飛ばされ、外壁にぶつかってその場に倒れ込んだ。激痛で立ち上がることさえ不可能。この男から放たれた蹴りが鳩尾に入ったのから、当然ともいえる。



 戦力差が激しすぎる。能力を駆使しても反応できない程の蹴り。

 男がこちらによってくる最中、私は自分の死を覚悟する。

 そうして次の瞬間、首に激痛が走ると共に私の意識は落ちていった。
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