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Ⅲ.ユラの章【蜜月】
04.
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父の書庫から借りた本の中に、楽園について書かれたものがあった。
楽園には、平和と繁栄、幸福のみが存在するという。
ハクと過ごす時間は平和で穏やかで、何の怯えも苦痛もなく、空腹もなく、常に甘い快感に満たされ、自分以外の確かな存在を感じ、安心と幸福に包まれる。まさに、楽園とはこんな世界のことではないかと思う。
「ハクはどうして、私を連れてきたの?」
最近では、ハクと共に作物の収穫に行き、穀物を煮たり野菜を焼いたり、食事の用意をさせてもらえるようになった。
火や刃物を初めて使うユラを、ハクは注意深く見守り、何とか作り上げた味の薄い雑穀粥を一緒に食べてくれた。
ハクと過ごす時間が長くなり、幸せを感じれば感じるほど、苦しいような切ないような痛みに胸を締め付けられる。人は幸福を手に入れた時、失うことを恐れ始める。
ハクがなぜすぐに自分を殺さず、洞窟の居城に連れ帰り、今なお世話を焼きながらここに置いているのか。丸々太らせてから食べるためか、気まぐれに弄ぶためか、考えても分からず、ユラはその答えを知ることを恐れた。
でも。
ハクと過ごすほどに、ハクに対する感情が膨れ上がり、持て余して苦しくなる。
ハクはユラを慈しみ、甘やかし、常にそばにいてくれる。
まるで、大切に思われているような錯覚を抱いてしまう。
同時に、ハクに対する愛しさが募り、離れがたい気持ちが膨らむ。
他人と接する機会が極端に少なかったユラは、自分が抱く馴染みのない感情に戸惑っていた。この気持ちを何と呼んでいいのかさえ分からない。
ただ、ハクに感じる親しみや信頼、絶対的な安心感、なんとも言えない愛しさは、一方的なもので、ハクに届かないことは分かる。
彼は人狼を統べる獣の長で、人間を同じ感情を持っていない。
そもそも住む世界が違う。いわば、食う食われるの関係。人間と人狼は相容れない。
こんな時間は長く続かない。終わりは簡単にやってくる。
「…嫌か?」
だから。
要らぬ期待を抱かないように。
自分勝手な思いを戒めるように。
ある時勇気を振り絞ってハクに問いかけてみたのだが、ハクは少し困ったようにユラを見つめて金色の瞳を揺らした。
「嫌じゃ、…」
ハクに対する愛しさが込み上げて溢れる。ユラは自分から手を伸ばしてハクに強く抱き着いた。
「嫌じゃない」
首を横に振ると、溢れた思いが涙になって転がり落ちた。
ハクはますます困ったようにユラを膝に抱き上げると長い舌でユラの涙を舐める。
「ハク、…」
「…うん」
「ハク、…」
「なんだ?」
「ハク、…」
ハクを呼んで泣くばかりのユラを持て余したのか、ハクは涙を舐め取ると舌を伸ばしてユラの唇を舐め、誘うように開かれた口の中にゆっくりと押し込んだ。
楽園には、平和と繁栄、幸福のみが存在するという。
ハクと過ごす時間は平和で穏やかで、何の怯えも苦痛もなく、空腹もなく、常に甘い快感に満たされ、自分以外の確かな存在を感じ、安心と幸福に包まれる。まさに、楽園とはこんな世界のことではないかと思う。
「ハクはどうして、私を連れてきたの?」
最近では、ハクと共に作物の収穫に行き、穀物を煮たり野菜を焼いたり、食事の用意をさせてもらえるようになった。
火や刃物を初めて使うユラを、ハクは注意深く見守り、何とか作り上げた味の薄い雑穀粥を一緒に食べてくれた。
ハクと過ごす時間が長くなり、幸せを感じれば感じるほど、苦しいような切ないような痛みに胸を締め付けられる。人は幸福を手に入れた時、失うことを恐れ始める。
ハクがなぜすぐに自分を殺さず、洞窟の居城に連れ帰り、今なお世話を焼きながらここに置いているのか。丸々太らせてから食べるためか、気まぐれに弄ぶためか、考えても分からず、ユラはその答えを知ることを恐れた。
でも。
ハクと過ごすほどに、ハクに対する感情が膨れ上がり、持て余して苦しくなる。
ハクはユラを慈しみ、甘やかし、常にそばにいてくれる。
まるで、大切に思われているような錯覚を抱いてしまう。
同時に、ハクに対する愛しさが募り、離れがたい気持ちが膨らむ。
他人と接する機会が極端に少なかったユラは、自分が抱く馴染みのない感情に戸惑っていた。この気持ちを何と呼んでいいのかさえ分からない。
ただ、ハクに感じる親しみや信頼、絶対的な安心感、なんとも言えない愛しさは、一方的なもので、ハクに届かないことは分かる。
彼は人狼を統べる獣の長で、人間を同じ感情を持っていない。
そもそも住む世界が違う。いわば、食う食われるの関係。人間と人狼は相容れない。
こんな時間は長く続かない。終わりは簡単にやってくる。
「…嫌か?」
だから。
要らぬ期待を抱かないように。
自分勝手な思いを戒めるように。
ある時勇気を振り絞ってハクに問いかけてみたのだが、ハクは少し困ったようにユラを見つめて金色の瞳を揺らした。
「嫌じゃ、…」
ハクに対する愛しさが込み上げて溢れる。ユラは自分から手を伸ばしてハクに強く抱き着いた。
「嫌じゃない」
首を横に振ると、溢れた思いが涙になって転がり落ちた。
ハクはますます困ったようにユラを膝に抱き上げると長い舌でユラの涙を舐める。
「ハク、…」
「…うん」
「ハク、…」
「なんだ?」
「ハク、…」
ハクを呼んで泣くばかりのユラを持て余したのか、ハクは涙を舐め取ると舌を伸ばしてユラの唇を舐め、誘うように開かれた口の中にゆっくりと押し込んだ。
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