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「るうちゃんと茉由子さん、ここと一緒の部屋で寝る感じ?」
あどけない寝顔を披露しているるうちゃんを優しく撫でながら、千晃くんが問いかける。
「あ、うん。そう、します?」
前回は一緒にリビングで寝ちゃったんだけど、
今、リビングは千晃くんが使ってるから。
「ん~? ここで雑魚寝で、…」
若干、トロンと瞼を伏せていた茉由子さんが適当に頷きかけて、
「え。…ここちゃん、あの部屋で寝てるの⁉」
急に覚醒した。
やや吊り気味の猫のような瞳をらんらんと輝かせて、茉由子さんが前のめりに私を見る。
「…はい」
勢いに押されて自然とのけぞってしまう。
「なあんだ、そっか、そっか」
私が頷くと、茉由子さんはにこにこして、
「良かった! 雅、もう梨子ちゃんのこと引きずってないんだ!」
心底安心したように、さらっとその名を口にした。
…りこちゃん。
自分の笑顔が薄っぺらく貼り付いているのが分かる。
茉由子さんは「そっか、そうかあ」と何度も繰り返し、
「じゃあ、お部屋、借りちゃおうかな」
嬉しそうに千晃くんからるうちゃんを引き取ろうとするも、
るうちゃんががっちり千晃くんの服を握りしめていて離れない。
「…ここ。部屋、入っていい? るうちゃん置いてくる」
少し困ったような千晃くんに頷きかけると、2人は連れ立ってるうちゃんを寝かしに行った。
付いていくべきだったかもしれないけれど、とっさに足が動かなかった。
…梨子ちゃん。
チーフの忘れられない彼女が、急に現実になった。
このマンションは、梨子さんと住むためのものだったんだ。
あの部屋は、梨子さんが使うはずだったんだ。
いがぐりを飲み込んで、いがが喉に刺さったような気分だった。
見てはいけないものを見てしまったような、何とも言えない後味の悪さが残る。
りこ。と。ここ。
「ちょっと似てるし、…」
どうでもいいことを思っても、少しも笑えない。
出来れば。
チーフの忘れられない人なんて。
一緒に暮らしたいと思うほど大切に想っていた人なんて。
知りたくなかった。
ていうか。
もう引きずってないとしても、それは。
「先輩のおかげかもしれないし、…」
元カノを気にしている場合じゃないことに気づいたものの、
それはそれで、落ち込む。
打ちのめされていた私の耳に、玄関ドアの開く音が届いた。
「…チーフ」
どんな顔をして会ったらいいか分からない。
とか、思っていたはずなのに、
足が勝手に玄関に走る。
「…もう、大丈夫か、佐倉」
落ち着いた低い声。頭に触れる大きな手。
私を見つめて揺れる薄いヘーゼルの瞳。
長い腕が安否を確かめるように、そっと私を引き寄せて、
その胸に片腕で抱きしめた。
涙がにじむ。
仕立ての良いモノクロスーツの肌触り。
髪をくすぐる吐息。かすかに感じる温もり。
チーフの鼓動。チーフの匂い。
願わくは、抱きしめてほしいと思っていたのに。
苦しい。
チーフのスーツから、ほのかにクラシックローズの香りがする。
まりな先輩の、…香水の匂い。
あどけない寝顔を披露しているるうちゃんを優しく撫でながら、千晃くんが問いかける。
「あ、うん。そう、します?」
前回は一緒にリビングで寝ちゃったんだけど、
今、リビングは千晃くんが使ってるから。
「ん~? ここで雑魚寝で、…」
若干、トロンと瞼を伏せていた茉由子さんが適当に頷きかけて、
「え。…ここちゃん、あの部屋で寝てるの⁉」
急に覚醒した。
やや吊り気味の猫のような瞳をらんらんと輝かせて、茉由子さんが前のめりに私を見る。
「…はい」
勢いに押されて自然とのけぞってしまう。
「なあんだ、そっか、そっか」
私が頷くと、茉由子さんはにこにこして、
「良かった! 雅、もう梨子ちゃんのこと引きずってないんだ!」
心底安心したように、さらっとその名を口にした。
…りこちゃん。
自分の笑顔が薄っぺらく貼り付いているのが分かる。
茉由子さんは「そっか、そうかあ」と何度も繰り返し、
「じゃあ、お部屋、借りちゃおうかな」
嬉しそうに千晃くんからるうちゃんを引き取ろうとするも、
るうちゃんががっちり千晃くんの服を握りしめていて離れない。
「…ここ。部屋、入っていい? るうちゃん置いてくる」
少し困ったような千晃くんに頷きかけると、2人は連れ立ってるうちゃんを寝かしに行った。
付いていくべきだったかもしれないけれど、とっさに足が動かなかった。
…梨子ちゃん。
チーフの忘れられない彼女が、急に現実になった。
このマンションは、梨子さんと住むためのものだったんだ。
あの部屋は、梨子さんが使うはずだったんだ。
いがぐりを飲み込んで、いがが喉に刺さったような気分だった。
見てはいけないものを見てしまったような、何とも言えない後味の悪さが残る。
りこ。と。ここ。
「ちょっと似てるし、…」
どうでもいいことを思っても、少しも笑えない。
出来れば。
チーフの忘れられない人なんて。
一緒に暮らしたいと思うほど大切に想っていた人なんて。
知りたくなかった。
ていうか。
もう引きずってないとしても、それは。
「先輩のおかげかもしれないし、…」
元カノを気にしている場合じゃないことに気づいたものの、
それはそれで、落ち込む。
打ちのめされていた私の耳に、玄関ドアの開く音が届いた。
「…チーフ」
どんな顔をして会ったらいいか分からない。
とか、思っていたはずなのに、
足が勝手に玄関に走る。
「…もう、大丈夫か、佐倉」
落ち着いた低い声。頭に触れる大きな手。
私を見つめて揺れる薄いヘーゼルの瞳。
長い腕が安否を確かめるように、そっと私を引き寄せて、
その胸に片腕で抱きしめた。
涙がにじむ。
仕立ての良いモノクロスーツの肌触り。
髪をくすぐる吐息。かすかに感じる温もり。
チーフの鼓動。チーフの匂い。
願わくは、抱きしめてほしいと思っていたのに。
苦しい。
チーフのスーツから、ほのかにクラシックローズの香りがする。
まりな先輩の、…香水の匂い。
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