時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

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午前中は準備に追われ、
バタバタしながら荷物を抱えて、
昼過ぎにパーティ会場のホテルに移動した。

営業3課は来賓受付担当。

ホテルの更衣室で着替えて、エントランスに設置した受付で、
取引先、関連会社、顧客からなる来賓の皆様をお出迎えしなければならない。

イベント前の女子更衣室は戦場である。

着替え、小物装着、衣装直し、メイク直し、…

鏡の前がごった返し、化粧品の匂いでむせ返り、
ヘアスプレーを吹き付けられたり、払った髪で打たれたりは当たり前、
ピンヒールで踏まれたり、ロッカー扉をぶつけられたりも、甘んじて受け止める。

っていうのは、まあちょっと大げさだけど。

最上級の自分になるスイッチ合戦が盛大に繰り広げられていて、
ぼけっとしているとあっという間に乗り遅れ、

「ここちゃん、先に行ってるよ」
「ふふっ」

置いて行かれる羽目になる。

だって人が多すぎて通れないし、服脱ぐスペースもなかったし、…

やっと何とかロッカー前のスペースを確保し、チーフに買ってもらったレモンイエローのドレスを取り出した。

複雑な心境ではあるけれど、このドレスは純粋に嬉しい。

頬ずりしてからハンガーにかけようとして、凍り付いた。

え、…

上品で麗しい素敵すぎるドレスが、無残に切り裂かれていた。

目の前の光景が信じられなくて、何度も何度も確認する。

震える手を伸ばして多彩な生地に触れ、
丁寧に縫い込まれた美しい刺しゅうやレースが鋭い鋏のようなものでバッサリと断ち切られているところをなぞる。

左右から2か所。
斜めに長く鋭く。

胸が詰まる。痛々しくて。
愛らしいレモンイエローが悲鳴を上げている。
光の当たる場所で、沢山の称賛に触れ、
華やかに堂々と披露されるはずだったのに。

切り裂かれたドレスが涙でぼやけた。

代替えの衣装を用意して、急いで持ち場に立たなければいけないと、
頭ではわかっている。

ただでさえ準備が遅いのに、こんなところにいつまでも突っ立って、
バカみたいに泣いていてもどうしようもない。

ここには遊びじゃなくて、仕事で来ているんだから。

だけど。

これは。このドレスは。

光沢のあるサテン生地をそっと指でなぞった。

『いいんじゃねえの』
チーフが買ってくれた。

『パーティ楽しもうね、ここ』
皆さんの優しさが詰まっている。

大事な。大切な。
特別で。唯一の。

「…ごめんね」

レモンイエローのドレスを抱きしめる。

切り刻まれたのはドレスだけじゃなくて、大切な人たちの優しい気持ちだ。

歯を食いしばって涙を耐えた。

途方に暮れて、みじめに泣いて、仕事に支障をきたしたら、
傷つけることを楽しんでいる人に、貢献することになる。

呼吸を整えてお財布をつかみ、
ホテルに併設されている地下のブティックに走った。

『お前は強いな』

泣くな。振り返るな。
そんなの全部、後でできる。
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