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和泉さんが手元の機械を操作すると、
天井が夜空に変わり、満天の星と静かな月の光が降り注ぐ。
ガラス張りの研究室は浜辺になり、海から涼やかな潮風が吹いた。
え。
空を横切る小鳥の姿が目に映ったとたん、急速に自分が過去に引き戻されるのを感じた。
『月の光を浴びて夜の海を羽ばたく青い鳥』
自分の立場も居場所も忘れた。
何も聞こえない。息もできない。
胸に迫る強烈な懐かしさ。
ずっと探し求めていた記憶。
心の奥深くに閉じ込めて鍵をかけた。
大好きな。
「…あお、くん」
涙の粒が頬を伝ったことに気付かなかった。
幼いころ、とにかく好きな人がいた。
暇さえあればくっついて回り、いつでもどこでも一緒に居たかった。
山や海や草原や土手で時間を忘れて遊んだ。
彼と見るものは全て楽しく、聞くものは新鮮で、
食べるものは最高だった。
ずっと一緒にいて、大きくなったらお嫁さんにしてもらえるんだと
何の疑いもなく信じていたのに。
彼はある日突然いなくなってしまった。
どこか遠くへ行ってしまった。
もう会えなくなると分かった日に、
泣いて泣いて、いつまでたっても泣いている私に、
彼が魔法を見せてくれた。
青い鳥。
見えなくても、いつでもそばにいてくれる。
『あおくん』
私は彼をそう呼んでいた。
彼は。
「…のい」
和泉さんが吐息のような声を漏らすのが聞こえた。
長い髪の向こうサングラスの奥でその瞳が確かに私を捉えた。
和泉「碧」。
夏の夜の海辺。月明かりの下。
潮風に揺れる髪。美しい顔立ち。
世界に和泉さんと2人だけになる。
夜空を青い鳥が静かに舞う。
和泉さんに近づいて、つま先立ちでサングラスに手を伸ばす。
私と彼を隔てるガラスの膜を外した。
あおくんは。
私を見つめるあおくんの瞳は…
夜の海より深い漆黒の瞳が静かな光を放って私を射る。
和泉さんの揺れる瞳は慈愛の色を浮かべて私を映した。
あおくんは、
宇宙に浮かぶ地球のような青と淡褐色の瞳をしていた。
…あれ?
「ちょっと、本宮!! 何やってんの―――っ!」
橙子さんの怒声と共に後ろからつかみ上げられて、和泉さんから引きはがされる。
「大変失礼いたしました」
橙子さんに頭を押さえつけられて深々と腰を折らされる。
気がつけば、技術開発部の研究室に戻っていて、その場は唖然とした空気に包まれており、私は後ろ向きのまま橙子さんに引きずられて自席に座らされていた。
途中で和泉さんが、何事もなかったかのように私の手からサングラスを受け取り、かけ直す。
「映像を再開します」
和泉さんの艶やかな声が聞こえて、最新の技術映像が始まる。
一体感。リアリティ。音声。温度。感触。
時空を超える。
時間も場所も飛び越えて、一瞬で異世界に移動する。
でも。
最新の驚くべき映像技術も、和泉さんの滑らかな説明も、何も頭に入らなかった。
和泉さんの眼鏡の奥にある漆黒の瞳だけが残る。
あおくん。
あおくんだよね。
瞳の色は違うけど。
『のい』
確かに私をそう呼んだ。
和泉さんの美しい横顔を穴があくほど眺める。
青い鳥を私にくれた。
大好きなあおくんに。
やっと会えた。
天井が夜空に変わり、満天の星と静かな月の光が降り注ぐ。
ガラス張りの研究室は浜辺になり、海から涼やかな潮風が吹いた。
え。
空を横切る小鳥の姿が目に映ったとたん、急速に自分が過去に引き戻されるのを感じた。
『月の光を浴びて夜の海を羽ばたく青い鳥』
自分の立場も居場所も忘れた。
何も聞こえない。息もできない。
胸に迫る強烈な懐かしさ。
ずっと探し求めていた記憶。
心の奥深くに閉じ込めて鍵をかけた。
大好きな。
「…あお、くん」
涙の粒が頬を伝ったことに気付かなかった。
幼いころ、とにかく好きな人がいた。
暇さえあればくっついて回り、いつでもどこでも一緒に居たかった。
山や海や草原や土手で時間を忘れて遊んだ。
彼と見るものは全て楽しく、聞くものは新鮮で、
食べるものは最高だった。
ずっと一緒にいて、大きくなったらお嫁さんにしてもらえるんだと
何の疑いもなく信じていたのに。
彼はある日突然いなくなってしまった。
どこか遠くへ行ってしまった。
もう会えなくなると分かった日に、
泣いて泣いて、いつまでたっても泣いている私に、
彼が魔法を見せてくれた。
青い鳥。
見えなくても、いつでもそばにいてくれる。
『あおくん』
私は彼をそう呼んでいた。
彼は。
「…のい」
和泉さんが吐息のような声を漏らすのが聞こえた。
長い髪の向こうサングラスの奥でその瞳が確かに私を捉えた。
和泉「碧」。
夏の夜の海辺。月明かりの下。
潮風に揺れる髪。美しい顔立ち。
世界に和泉さんと2人だけになる。
夜空を青い鳥が静かに舞う。
和泉さんに近づいて、つま先立ちでサングラスに手を伸ばす。
私と彼を隔てるガラスの膜を外した。
あおくんは。
私を見つめるあおくんの瞳は…
夜の海より深い漆黒の瞳が静かな光を放って私を射る。
和泉さんの揺れる瞳は慈愛の色を浮かべて私を映した。
あおくんは、
宇宙に浮かぶ地球のような青と淡褐色の瞳をしていた。
…あれ?
「ちょっと、本宮!! 何やってんの―――っ!」
橙子さんの怒声と共に後ろからつかみ上げられて、和泉さんから引きはがされる。
「大変失礼いたしました」
橙子さんに頭を押さえつけられて深々と腰を折らされる。
気がつけば、技術開発部の研究室に戻っていて、その場は唖然とした空気に包まれており、私は後ろ向きのまま橙子さんに引きずられて自席に座らされていた。
途中で和泉さんが、何事もなかったかのように私の手からサングラスを受け取り、かけ直す。
「映像を再開します」
和泉さんの艶やかな声が聞こえて、最新の技術映像が始まる。
一体感。リアリティ。音声。温度。感触。
時空を超える。
時間も場所も飛び越えて、一瞬で異世界に移動する。
でも。
最新の驚くべき映像技術も、和泉さんの滑らかな説明も、何も頭に入らなかった。
和泉さんの眼鏡の奥にある漆黒の瞳だけが残る。
あおくん。
あおくんだよね。
瞳の色は違うけど。
『のい』
確かに私をそう呼んだ。
和泉さんの美しい横顔を穴があくほど眺める。
青い鳥を私にくれた。
大好きなあおくんに。
やっと会えた。
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