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blue.15

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「あのぅ、皆さん。お茶が入りましたー」

お盆に急須と湯呑み茶碗を乗せて、研究室の皆さんに配るという古典的なゴマすりをしてみたところ、誰にも相手にされずに冷たい空気が漂っただけだった。

これ見よがしに研究室内に置かれたコーヒーマシーンに立ち急ぐ人、あからさまに舌打ちする人、「暇でいいね」と聞こえるように言う人。

仕方がないので、茶碗を自主回収して洗う。

和泉さんはもう帰っていいって言ったけど、研究室の中で帰る人は誰もいない。

掃除でもするかとバケツと雑巾を抱えて棚を拭き始めたところ、

「誰だよ、こんなところにバケツ置いたの!」
「あ、すみま、…」
「おい、ディスクが使い物にならないだろう!?」

誰かがつまずいて水をぶちまけたらしく、大騒ぎになった。
一気に研究室内が不穏な空気でいっぱいになり、私に向けられた攻撃の刃は、

「草壁くん、新しいディスクすぐ作るね」

ふんわりと温かく包み込まれるような声が代わって受け止めてくれた。

「…麻雪さん」

本気でつかみかからんばかりにキレていた男の人が、その声を聞いた途端、借りてきた猫のようにおとなしくなり、

「自分、作るんで大丈夫です」

別人のような笑顔を見せて去って行った。

「のいちゃん。ここ、一緒に片付けようか」

淡雪のような儚くて優しい声の主は、高梨麻雪さんという。
和泉さんと再会した日に私に会釈してくれた小柄で髪のきれいな女の人だ。

女の私でも思わず抱きしめたくなってしまうような、美しさと儚さと何とも言えない可憐さがある。

「や。そんなことして頂くわけには。すみません、すぐ片付けます」

麻雪さんの白くて細くて美しい指で、汚い雑巾を触らせるわけにはいかない。
慌ててガシガシと雑巾で濡れた床を拭き始めると、

「何言ってるの、のいちゃん」

麻雪さんが柔らかい笑い声を上げながら手伝ってくれた。

…これでまた研究室の皆さんの恨みを買うんじゃなかろうか。

こっそり周囲を伺い見ると、
みんな優雅な麻雪さんのしぐさにうっとりとみとれながら、
「俺たちの麻雪さんに何やらせてるんだ、このクソザル」という怒りの視線を隠そうともしていなかった。

麻雪さんは温かくて優しくて研究室の皆さんに愛されている。
そして。

「のい、まだ帰ってなかったのか」

個室に籠って実験をしていた和泉さんが研究室に入ってきた。

「私が引き留めてたの。ごめんね、イズミくん」

麻雪さんはどんな空気もふんわり包んで優しく溶かす。
だけど、和泉さんを呼ぶ声だけには特別な響きが込められている。

「そうか…」

そして和泉さんが麻雪さんを見る目にも特別な優しさが込められている。

麻雪さんは温かくて優しくて研究室の皆さんに愛されていて、
そして。

和泉さんの恋人だ。
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