84 / 124
blue.83
しおりを挟む
「碧さんが、いなくなりました」
顔面蒼白で憔悴しきった感じの木下さんが病室に来たのは、入院2日目の昼間だった。
なんだかずっとざわざわしていた頭を鈍器で殴られたような気がした。
嫌な予感はあった。
だって。
和泉さんに会ってない。
電話してもつながらない。
忙しいのかな、って思ってもみたけど。
「お願いします。碧さんを助けて下さい。碧さんを助けられるのは、本宮さんだけです」
木下さんは私のベッドに突っ伏して泣き崩れ、しばらくしてから、ポツポツと話をしてくれた。
周りの人を遠ざけるような感じは消えていて、
「私、本宮さんに嫉妬してたんだと思います」
すっきりした美人顔を悲しそうに歪めて微かに笑った。
広報課で派遣社員として勤務している木下沙良さんは、元々は和泉さんと同じ(株)ウィンエンターテイメントにいたらしい。
「一目惚れでした」
入社してきた和泉さんを一目で好きになったものの、
「好きな人がいるから付き合えないって言われて。でも、…それでもいいからって何度も食い下がって、そばに置いてもらったんです。碧さん、すごく優しくて、私、幸せでした。…『ブルーレイン』の事故が起こるまでは」
木下さんの切れ長の瞳に涙が光る。
「当然のように碧さんの隣にいる高梨麻雪が心底憎らしかった。でもどうしようもなかった。どうしようもないけど、諦められなくて、少しでもそばに居たくて、碧さんと同じ会社に派遣で通わせてもらった。自分が世界で一番不幸だと思ってたけど、違った。碧さんの方がもっとずっと辛かったのに」
木下さんの細面な顔にいくつも涙の筋が見える。
「ブルーレインの事故は碧さんの責任じゃないって分かって、高梨麻雪が捕まって、私、碧さんの元に行ったんです。これでまた、碧さんのそばに置いてもらえるって。でも、…」
木下さんが悲しみで瞳を揺らしながら私を見つめた。
「碧さんはあなたしか見ていなかった。やっと分かりました。碧さんが好きなのは、ずっと好きだったのはあなたなんだって」
木下さんの瞳から涙がこぼれて白いベッドの上に透明な染みをつくる。
和泉さんの優しい笑顔。
穏やかな声。大きくて温かい手。
『…のいの、あおくんじゃなくてごめんな』
大好きで。大好きなのに。
「碧さん、あなたが危険な目に遭ったのは、自分のせいだと思ってるんです。だから、姿を消したんです。会社には有給休暇の消化申請と辞表が送られてきたそうです。所長を説得して一緒にマンションにも行ってみましたけど、…誰もいませんでした」
そんな。
本当に?
和泉さん。何にも言わずに、どこかに行っちゃったの?
木下さんの涙が胸を刺して、言いようのない痛みに襲われた。
顔面蒼白で憔悴しきった感じの木下さんが病室に来たのは、入院2日目の昼間だった。
なんだかずっとざわざわしていた頭を鈍器で殴られたような気がした。
嫌な予感はあった。
だって。
和泉さんに会ってない。
電話してもつながらない。
忙しいのかな、って思ってもみたけど。
「お願いします。碧さんを助けて下さい。碧さんを助けられるのは、本宮さんだけです」
木下さんは私のベッドに突っ伏して泣き崩れ、しばらくしてから、ポツポツと話をしてくれた。
周りの人を遠ざけるような感じは消えていて、
「私、本宮さんに嫉妬してたんだと思います」
すっきりした美人顔を悲しそうに歪めて微かに笑った。
広報課で派遣社員として勤務している木下沙良さんは、元々は和泉さんと同じ(株)ウィンエンターテイメントにいたらしい。
「一目惚れでした」
入社してきた和泉さんを一目で好きになったものの、
「好きな人がいるから付き合えないって言われて。でも、…それでもいいからって何度も食い下がって、そばに置いてもらったんです。碧さん、すごく優しくて、私、幸せでした。…『ブルーレイン』の事故が起こるまでは」
木下さんの切れ長の瞳に涙が光る。
「当然のように碧さんの隣にいる高梨麻雪が心底憎らしかった。でもどうしようもなかった。どうしようもないけど、諦められなくて、少しでもそばに居たくて、碧さんと同じ会社に派遣で通わせてもらった。自分が世界で一番不幸だと思ってたけど、違った。碧さんの方がもっとずっと辛かったのに」
木下さんの細面な顔にいくつも涙の筋が見える。
「ブルーレインの事故は碧さんの責任じゃないって分かって、高梨麻雪が捕まって、私、碧さんの元に行ったんです。これでまた、碧さんのそばに置いてもらえるって。でも、…」
木下さんが悲しみで瞳を揺らしながら私を見つめた。
「碧さんはあなたしか見ていなかった。やっと分かりました。碧さんが好きなのは、ずっと好きだったのはあなたなんだって」
木下さんの瞳から涙がこぼれて白いベッドの上に透明な染みをつくる。
和泉さんの優しい笑顔。
穏やかな声。大きくて温かい手。
『…のいの、あおくんじゃなくてごめんな』
大好きで。大好きなのに。
「碧さん、あなたが危険な目に遭ったのは、自分のせいだと思ってるんです。だから、姿を消したんです。会社には有給休暇の消化申請と辞表が送られてきたそうです。所長を説得して一緒にマンションにも行ってみましたけど、…誰もいませんでした」
そんな。
本当に?
和泉さん。何にも言わずに、どこかに行っちゃったの?
木下さんの涙が胸を刺して、言いようのない痛みに襲われた。
0
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
数合わせから始まる俺様の独占欲
日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。
見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。
そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。
正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。
しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。
彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。
仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる