94 / 124
blue.93
しおりを挟む
「えーっと、少々お待ちください」
五星ホテルは車で5分ほどの距離にあった。
真夜中にいきなり乗り込まれて、従業員さんたちは動揺しながらもオーナーみたいな偉い風の人たちを呼びつけてくれたけど、地下通路の存在を知っている人はいないようだった。
消防隊員に無言の失望感が漂い、東堂秘書が自分の記憶に自信を無くしかけた時、杖を付いた長老っぽい人が現れた。
「…これです」
その人は全てを承知しているようで、古びた鍵を差し出し、
「ついてきてください」
案内してくれた。
東堂秘書が密かにどや顔をして見てきたので、
「さすがおじ様からの信頼が半端ない東堂さん!」
と分かりやすくおだてておいた。…知らんけど。
長老に続いていくつものセキュリティゲートをくぐると、一般の人はまず入れないような奥まったところに、特別感漂う部屋があった。
秘められた個室って感じのゴージャスな部屋。
ここは一体だれが何のために使うんだろうか、と微かな疑問が頭をよぎる。
東堂秘書を見ると、興味津々丸出しで、絶対疑問に答えてもらえないことが分かった。
長老が壁を探ってスイッチを押すと、部屋の中央に置かれた天蓋付きのベッドが音もなく動いた。
その下に敷かれていたカーペットには目を凝らさないと分からないような切れ目が入っており、長老が厳かにカーペットをめくると、板張りの床に重そうな引き戸が現れた。
隠し扉、…
なんかファンタジーっぽい。
現実にこんなものがあるんだ、とちょっと感心すらしてしまう。
長老(あくまで推定)が鍵を差し込んで扉を上に引っ張ると、やや鈍い音をたてながら人ひとりがやっと通れるほどの入り口が開き、暗い穴の中に奥へと続いていく階段が見えた。
「行くぞ、のい子」
機敏に地下に降りる消防隊員に続き、どさくさに紛れて地下に進んだ。
急にフレンドリーになった東堂秘書に呼ばれ、暗く湿った狭い通路をどこまでも降りて行った。
「これってなんか、地下鉄の通路みたいじゃないですか?」
ホテルの隠し扉からひたすら続く細い階段を降りると、急に開けた通路に出た。
電車やホームは見当たらないけど、足元に線路のようなものが見え隠れしていて地下鉄を連想させる。
「廃線になった地下鉄の通路に地下道を繋げたんじゃないか」
「…なるほど」
普通に生きているとホテルの隠し扉をくぐったり地下鉄の通路を歩いたりすることはまずない。
世の中知らないことばかり。
「地下鉄会社と連絡取れたか」
「どこか救急車の乗り入れが可能なところはあるか」
消防の方々があちこちに連絡を取りながら、すごい速さで進んでいくので見失わないように必死でついて行く。
「のい子っ、…社長がっ、ご無事だったらっ、私のこの功績を必ずお耳に、…」
結構な距離を走って、東堂秘書がだいぶ後ろからなんかせこいことを言い始めた時、
「誰かいる!」
消防隊員の声と同時に、ライトの輪の先が微かに人の姿をとらえた。
「奏くん‼」
本能がそう告げていた。
気づいたら消防の方々を追い抜き、人影に飛び掛かりそうな勢いで駆け寄っていた。
近寄ると、何人か倒れているのが分かる。
奏くんとお父さん、和泉さんと、璃乙くん。
奏くん、いた‼︎
みんな、連れてきてくれた…‼︎
倒れているみんなは土ぼこりにまみれてぐったりと動かない。
「奏くん? 奏くん、…っ!」
奏くんの傍にひざまずいて、そうっと身体を揺り動かす。
奏くんのきれいな顔は土に汚れ、洋服からは焦げたような匂いがする。
どんな危険な目に遭ったんだろうと思うと、胸が締め付けられて勝手に涙が出てくる。
「…い?」
ぽたぽた落ちる涙が奏くんの顔を濡らすと、奏くんがわずかに瞼を動かして、あの地球色の美しい瞳をのぞかせた。
「奏くん‼」
呼びかけると奏くんが腕を力なく動かして、
「お前、また、…泣いて、…」
かすれた声でささやくから、涙が溢れて止まらなくなる。
「奏くん! 奏くんっ‼」
奏くんの手を取って胸に抱きしめる。
温かくて優しくてどんな時でも私を救ってくれる大好きな大好きな奏くんの手。
「のい、…」
奏くんの美しい瞳が私を映して揺らめきながら、ゆっくりと閉じていく。
「…愛してる」
甘く震える大好きな声が幻のように優しく告げて、そのまま奏くんが動かなくなった。
五星ホテルは車で5分ほどの距離にあった。
真夜中にいきなり乗り込まれて、従業員さんたちは動揺しながらもオーナーみたいな偉い風の人たちを呼びつけてくれたけど、地下通路の存在を知っている人はいないようだった。
消防隊員に無言の失望感が漂い、東堂秘書が自分の記憶に自信を無くしかけた時、杖を付いた長老っぽい人が現れた。
「…これです」
その人は全てを承知しているようで、古びた鍵を差し出し、
「ついてきてください」
案内してくれた。
東堂秘書が密かにどや顔をして見てきたので、
「さすがおじ様からの信頼が半端ない東堂さん!」
と分かりやすくおだてておいた。…知らんけど。
長老に続いていくつものセキュリティゲートをくぐると、一般の人はまず入れないような奥まったところに、特別感漂う部屋があった。
秘められた個室って感じのゴージャスな部屋。
ここは一体だれが何のために使うんだろうか、と微かな疑問が頭をよぎる。
東堂秘書を見ると、興味津々丸出しで、絶対疑問に答えてもらえないことが分かった。
長老が壁を探ってスイッチを押すと、部屋の中央に置かれた天蓋付きのベッドが音もなく動いた。
その下に敷かれていたカーペットには目を凝らさないと分からないような切れ目が入っており、長老が厳かにカーペットをめくると、板張りの床に重そうな引き戸が現れた。
隠し扉、…
なんかファンタジーっぽい。
現実にこんなものがあるんだ、とちょっと感心すらしてしまう。
長老(あくまで推定)が鍵を差し込んで扉を上に引っ張ると、やや鈍い音をたてながら人ひとりがやっと通れるほどの入り口が開き、暗い穴の中に奥へと続いていく階段が見えた。
「行くぞ、のい子」
機敏に地下に降りる消防隊員に続き、どさくさに紛れて地下に進んだ。
急にフレンドリーになった東堂秘書に呼ばれ、暗く湿った狭い通路をどこまでも降りて行った。
「これってなんか、地下鉄の通路みたいじゃないですか?」
ホテルの隠し扉からひたすら続く細い階段を降りると、急に開けた通路に出た。
電車やホームは見当たらないけど、足元に線路のようなものが見え隠れしていて地下鉄を連想させる。
「廃線になった地下鉄の通路に地下道を繋げたんじゃないか」
「…なるほど」
普通に生きているとホテルの隠し扉をくぐったり地下鉄の通路を歩いたりすることはまずない。
世の中知らないことばかり。
「地下鉄会社と連絡取れたか」
「どこか救急車の乗り入れが可能なところはあるか」
消防の方々があちこちに連絡を取りながら、すごい速さで進んでいくので見失わないように必死でついて行く。
「のい子っ、…社長がっ、ご無事だったらっ、私のこの功績を必ずお耳に、…」
結構な距離を走って、東堂秘書がだいぶ後ろからなんかせこいことを言い始めた時、
「誰かいる!」
消防隊員の声と同時に、ライトの輪の先が微かに人の姿をとらえた。
「奏くん‼」
本能がそう告げていた。
気づいたら消防の方々を追い抜き、人影に飛び掛かりそうな勢いで駆け寄っていた。
近寄ると、何人か倒れているのが分かる。
奏くんとお父さん、和泉さんと、璃乙くん。
奏くん、いた‼︎
みんな、連れてきてくれた…‼︎
倒れているみんなは土ぼこりにまみれてぐったりと動かない。
「奏くん? 奏くん、…っ!」
奏くんの傍にひざまずいて、そうっと身体を揺り動かす。
奏くんのきれいな顔は土に汚れ、洋服からは焦げたような匂いがする。
どんな危険な目に遭ったんだろうと思うと、胸が締め付けられて勝手に涙が出てくる。
「…い?」
ぽたぽた落ちる涙が奏くんの顔を濡らすと、奏くんがわずかに瞼を動かして、あの地球色の美しい瞳をのぞかせた。
「奏くん‼」
呼びかけると奏くんが腕を力なく動かして、
「お前、また、…泣いて、…」
かすれた声でささやくから、涙が溢れて止まらなくなる。
「奏くん! 奏くんっ‼」
奏くんの手を取って胸に抱きしめる。
温かくて優しくてどんな時でも私を救ってくれる大好きな大好きな奏くんの手。
「のい、…」
奏くんの美しい瞳が私を映して揺らめきながら、ゆっくりと閉じていく。
「…愛してる」
甘く震える大好きな声が幻のように優しく告げて、そのまま奏くんが動かなくなった。
0
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる