25 / 75
Ⅰ.あかり
23.
しおりを挟む
「こんにちは」
声をかけると、鳴瀬のお父さんは驚いて私を見た。
晴れた陽の光の下、じっと流れていく川面を眺めていて、周囲に注意を払っていなかったようだ。
「ああ、…諏訪さん」
でもすぐに私が分かったようで、穏やかな笑顔を向けてくれた。
「この辺り、よくいらしてるんですか」
尋ねると、
「最近、たまに。…この近くに、以前、有輝が入院していた病院があるんです」
鳴瀬のお父さんは川面に視線を戻すと、穏やかな口調のまま、話してくれた。
「入院中も、退院してからも、時々この辺りをフラフラしていたようです。有輝が何を見て、何を感じて、何を考えていたのか、…わかることが出来ればと思ったんですが」
お父さんの微笑みは、少し寂しそうだった。
隣に立って、同じように川の流れに目を向けた。
鳴瀬が入院していたのは、おそらく、澄川円香さんが亡くなった時だ。
「…好きだった空手を続けられなくなって、母親を亡くして、中学校を変わったんですけど、そこでまた、人が亡くなって、…つらい思いをしてきただろうと、思います。
3年生の時は、ほとんど学校に行っていませんでした」
きらめく川の流れ。照り付ける日差し。
沸き起こる歓声。駆け回る子どもたち。
鳴瀬が何を見て、何を感じて、何を考えたのか。
私も、…わかりたい。
「だから急に、高校に行きたいと言った時は驚きました。
何かを見つけたのかな、と思いました」
お父さんの伏せたまつ毛が、図書室の鳴瀬を連想させた。
小指をつないで、眠ってた鳴瀬。
あの時、鳴瀬は何を思っていたの。
「高校から、問題を起こしたって言われて、悲しかったんですけど、…諏訪さん」
お父さんが私に向き直る。
「有輝のこと、伝えに来てくれてありがとう。有輝のしたことであなたが助かったのなら、それは有輝にとって、とても意味のあることだったと思います」
お父さんの言葉が臆病な私の心に明かりを灯した。
「あ、の…、鳴瀬くん。帰ってくると思います」
私が言うと、お父さんはとても優しく笑ってくれた。
本当は。
鳴瀬からの電話のことを伝えたかった。
でもあの電話は、私に宛てたものじゃない。
それがもどかしい。
鳴瀬を分かりたいなんて、傲慢だってわかってる。
鳴瀬が想っているのは、別の人だってわかってる。
だけど、鳴瀬。
会いたいよ。
鳴瀬に会いたい。
鳴瀬が何を見て何を思って何を伝えたかったのか。
ちゃんと教えてほしいよ。
お願い、鳴瀬。
一人で行かないで。
声をかけると、鳴瀬のお父さんは驚いて私を見た。
晴れた陽の光の下、じっと流れていく川面を眺めていて、周囲に注意を払っていなかったようだ。
「ああ、…諏訪さん」
でもすぐに私が分かったようで、穏やかな笑顔を向けてくれた。
「この辺り、よくいらしてるんですか」
尋ねると、
「最近、たまに。…この近くに、以前、有輝が入院していた病院があるんです」
鳴瀬のお父さんは川面に視線を戻すと、穏やかな口調のまま、話してくれた。
「入院中も、退院してからも、時々この辺りをフラフラしていたようです。有輝が何を見て、何を感じて、何を考えていたのか、…わかることが出来ればと思ったんですが」
お父さんの微笑みは、少し寂しそうだった。
隣に立って、同じように川の流れに目を向けた。
鳴瀬が入院していたのは、おそらく、澄川円香さんが亡くなった時だ。
「…好きだった空手を続けられなくなって、母親を亡くして、中学校を変わったんですけど、そこでまた、人が亡くなって、…つらい思いをしてきただろうと、思います。
3年生の時は、ほとんど学校に行っていませんでした」
きらめく川の流れ。照り付ける日差し。
沸き起こる歓声。駆け回る子どもたち。
鳴瀬が何を見て、何を感じて、何を考えたのか。
私も、…わかりたい。
「だから急に、高校に行きたいと言った時は驚きました。
何かを見つけたのかな、と思いました」
お父さんの伏せたまつ毛が、図書室の鳴瀬を連想させた。
小指をつないで、眠ってた鳴瀬。
あの時、鳴瀬は何を思っていたの。
「高校から、問題を起こしたって言われて、悲しかったんですけど、…諏訪さん」
お父さんが私に向き直る。
「有輝のこと、伝えに来てくれてありがとう。有輝のしたことであなたが助かったのなら、それは有輝にとって、とても意味のあることだったと思います」
お父さんの言葉が臆病な私の心に明かりを灯した。
「あ、の…、鳴瀬くん。帰ってくると思います」
私が言うと、お父さんはとても優しく笑ってくれた。
本当は。
鳴瀬からの電話のことを伝えたかった。
でもあの電話は、私に宛てたものじゃない。
それがもどかしい。
鳴瀬を分かりたいなんて、傲慢だってわかってる。
鳴瀬が想っているのは、別の人だってわかってる。
だけど、鳴瀬。
会いたいよ。
鳴瀬に会いたい。
鳴瀬が何を見て何を思って何を伝えたかったのか。
ちゃんと教えてほしいよ。
お願い、鳴瀬。
一人で行かないで。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
青春リフレクション
羽月咲羅
青春
16歳までしか生きられない――。
命の期限がある一条蒼月は未来も希望もなく、生きることを諦め、死ぬことを受け入れるしかできずにいた。
そんなある日、一人の少女に出会う。
彼女はいつも当たり前のように側にいて、次第に蒼月の心にも変化が現れる。
でも、その出会いは偶然じゃなく、必然だった…!?
胸きゅんありの切ない恋愛作品、の予定です!
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる