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1章.告白ミッション
04.
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「つー先輩。創くんのこと、誘ってあげて下さいよ。なんか元気ないんですよ、最近」
大学の講義が終わった後、母校を訪ねると、創くんが調理部の生徒に心配されていた。創くんは今、私の母校で音楽教師をしていて、私は高校の調理部で、OGとして講師を務めている。
「今日のメニューは豚の角煮です。男の胃袋をつかむ典型料理です。とにかく美味しい。皆さん、余った料理はぜひ気になるあの人に差し入れしましょう」
顧問の渡辺先生が嬉しそうに話しているのを聞き流し、米のとぎ汁で豚バラ肉を茹でている生徒たちを見て回る。
「つー先輩、茹でるの普通の水でもいいの?」
「普通の水なら最初茹でこぼすといいよ。肉の臭みが気になるならとぎ汁がおすすめ」
「つー先輩、なんで茹でたり蒸らしたりするの?」
「いい感じに脂が抜けて、柔らかくなるんだよ。冷蔵庫で一晩おくレシピもあるよ」
「あく取った方がいいの~?」
「今回のレシピではそのままで大丈夫」
「もう茹で卵作っていい~?」
「卵いつ入れるんだっけ?」
総勢16名の調理部員たちは元気で仲良し。意外と男子も多い。大学で所属しているクッキングサークルも半数が男子だ。
「めっちゃいい匂いする~」
「味見したい~」
引退した3年生が受験勉強の息抜きに顔を見せに来た。出来上がりを摘まんで帰る美味しい役どころ。
「いただきまーす」
「わ。柔らかい~~~」
「とろとろ~~~」
「味染みてる~~~」
食品を扱う以上、衛生管理には気苦労が多いけれど、食べた人の笑顔を見ると全て吹き飛ぶ。美味しく食べてくれる姿って最高に嬉しい。母を喜ばせたくて始めた料理は、今では将来の夢というか、生きがいになりつつある。
「つーちゃんは、絶対いい奥さんになれるよね」
鬼の勢いで角煮丼をかき込んでいる渡辺先生が口をもぐもぐさせながら私を見る。
「僕ならいつでもOKだもの。あ~あ、得意料理で彼の胃袋をがっちり掴んでいるんだろうねぇ、…」
そんな恨めしそうな目で見られても困る。
まさにこれから下心の角煮丼を持って行くところなんだから。
調理部の講師を引き受けたのは、勿論OGとして部に愛情もあるしやりがいもあるからなんだけど、やっぱり定期的に創くんに会えるというのが大きい。
高校生の頃は毎日会えたのに、今や繋がりを絶やさないことに必死だ。
調理室と同じ棟にある音楽室に向かうと、微かにピアノの音が聞こえてきた。
どこか物哀しい音色。創くんは私の前で感情をあらわにすることはほとんどないけど、ピアノの音色には表れる。創くんの小指が泣いている。
叶音ちゃんのこと、知ったんだろうな…
「はーじめくんっ」
音楽室のドアをノックしても返事がなかったので、勝手に開けて入った。
「角煮食べる?」
無駄に高いテンションで話しかけると、物哀しい音色が止んで創くんがピアノから顔を上げた。
「ああ、つー。今日は調理部の日か」
私を見て、創くんが優しい笑みを作った。癖のないさらりとした黒髪。その下からのぞく穏やかな眼元。ふっくらした唇と少し垂れてる目じりがすごく好き。
「はいはい、食べて食べて」
創くんの前に無理やり角煮を突きつけると口を開けてくれた。
「美味しいよ、つー」
私の作ったご飯、いつも美味しいって食べてくれる創くん。落ち込んでる時も悲しい時も、創くんに元気を届けられたらいいのに。
「創くん、今日、飲みに行こうよ。生徒が心配してたよ、創くんが元気ないって」
「はは、マジか。俺、そんなに分かりやすいかな。お前もここにいた時、しょっちゅう心配して俺んとこ来てたけど」
「分かりやすいよ。創くんの場合、ピアノが泣いてるもん」
「ははは、…」
創くんは美しい音を奏でる大きな手を私の頭にのせると柔らかく弾ませた。
私の頭を撫でてくれる創くんの優しい手は、小指に少しだけ麻痺が残っている。叶音ちゃんと駆け落ちした時、事故に遭った創くんは指を負傷して、日常生活に支障はないものの、ピアニストとしての将来を断たれたのだ。
創くんの代わりに泣いてるピアノ。
想いの全てを受け止めるピアノ。
創くん。私はずっと、創くんのピアノになりたいんだよ。
大学の講義が終わった後、母校を訪ねると、創くんが調理部の生徒に心配されていた。創くんは今、私の母校で音楽教師をしていて、私は高校の調理部で、OGとして講師を務めている。
「今日のメニューは豚の角煮です。男の胃袋をつかむ典型料理です。とにかく美味しい。皆さん、余った料理はぜひ気になるあの人に差し入れしましょう」
顧問の渡辺先生が嬉しそうに話しているのを聞き流し、米のとぎ汁で豚バラ肉を茹でている生徒たちを見て回る。
「つー先輩、茹でるの普通の水でもいいの?」
「普通の水なら最初茹でこぼすといいよ。肉の臭みが気になるならとぎ汁がおすすめ」
「つー先輩、なんで茹でたり蒸らしたりするの?」
「いい感じに脂が抜けて、柔らかくなるんだよ。冷蔵庫で一晩おくレシピもあるよ」
「あく取った方がいいの~?」
「今回のレシピではそのままで大丈夫」
「もう茹で卵作っていい~?」
「卵いつ入れるんだっけ?」
総勢16名の調理部員たちは元気で仲良し。意外と男子も多い。大学で所属しているクッキングサークルも半数が男子だ。
「めっちゃいい匂いする~」
「味見したい~」
引退した3年生が受験勉強の息抜きに顔を見せに来た。出来上がりを摘まんで帰る美味しい役どころ。
「いただきまーす」
「わ。柔らかい~~~」
「とろとろ~~~」
「味染みてる~~~」
食品を扱う以上、衛生管理には気苦労が多いけれど、食べた人の笑顔を見ると全て吹き飛ぶ。美味しく食べてくれる姿って最高に嬉しい。母を喜ばせたくて始めた料理は、今では将来の夢というか、生きがいになりつつある。
「つーちゃんは、絶対いい奥さんになれるよね」
鬼の勢いで角煮丼をかき込んでいる渡辺先生が口をもぐもぐさせながら私を見る。
「僕ならいつでもOKだもの。あ~あ、得意料理で彼の胃袋をがっちり掴んでいるんだろうねぇ、…」
そんな恨めしそうな目で見られても困る。
まさにこれから下心の角煮丼を持って行くところなんだから。
調理部の講師を引き受けたのは、勿論OGとして部に愛情もあるしやりがいもあるからなんだけど、やっぱり定期的に創くんに会えるというのが大きい。
高校生の頃は毎日会えたのに、今や繋がりを絶やさないことに必死だ。
調理室と同じ棟にある音楽室に向かうと、微かにピアノの音が聞こえてきた。
どこか物哀しい音色。創くんは私の前で感情をあらわにすることはほとんどないけど、ピアノの音色には表れる。創くんの小指が泣いている。
叶音ちゃんのこと、知ったんだろうな…
「はーじめくんっ」
音楽室のドアをノックしても返事がなかったので、勝手に開けて入った。
「角煮食べる?」
無駄に高いテンションで話しかけると、物哀しい音色が止んで創くんがピアノから顔を上げた。
「ああ、つー。今日は調理部の日か」
私を見て、創くんが優しい笑みを作った。癖のないさらりとした黒髪。その下からのぞく穏やかな眼元。ふっくらした唇と少し垂れてる目じりがすごく好き。
「はいはい、食べて食べて」
創くんの前に無理やり角煮を突きつけると口を開けてくれた。
「美味しいよ、つー」
私の作ったご飯、いつも美味しいって食べてくれる創くん。落ち込んでる時も悲しい時も、創くんに元気を届けられたらいいのに。
「創くん、今日、飲みに行こうよ。生徒が心配してたよ、創くんが元気ないって」
「はは、マジか。俺、そんなに分かりやすいかな。お前もここにいた時、しょっちゅう心配して俺んとこ来てたけど」
「分かりやすいよ。創くんの場合、ピアノが泣いてるもん」
「ははは、…」
創くんは美しい音を奏でる大きな手を私の頭にのせると柔らかく弾ませた。
私の頭を撫でてくれる創くんの優しい手は、小指に少しだけ麻痺が残っている。叶音ちゃんと駆け落ちした時、事故に遭った創くんは指を負傷して、日常生活に支障はないものの、ピアニストとしての将来を断たれたのだ。
創くんの代わりに泣いてるピアノ。
想いの全てを受け止めるピアノ。
創くん。私はずっと、創くんのピアノになりたいんだよ。
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