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4章.唯一ロンギング
03.
ドアの音に弾かれたようにベッドから飛び降りて玄関に走る。
素足に床の感触が冷たい。
「なな、…」
と。
「サクくん、…」
そこにはななせのバンドメンバーで中学からの幼なじみでもある朔弥くんがいて、
「あ、つーちゃん。どうも。こんな時間にごめんね」
ななせはサクくんに肩を借りてぐったりとしたまま担がれていた。
「ななせ、かなり酔ってて。ちょっと心配だから部屋まで連れてくわ」
サクくんがななせに声をかけながら靴を脱がせて担ぎ直す。
「…ありがとう」
ななせはサクくんの声かけに反応するものの、ほとんど引きずられるようにして部屋まで歩いていく。そんな状態のななせを見るのは初めてで、心臓を搾り取られるみたいな不安を感じ、急いで水を持って後についていった。
「まあ、大丈夫だと思うけど」
ななせをベッドに降ろしたサクくんがやれやれといった感じで私に振り返った。
「…なんか、彼女と揉めたみたい」
「彼女、…」
ななせに彼女がいない方がおかしい。
いつも。いつだって。ななせの周りには女の子が溢れていた。
それなのに今更、無数の針で刺されたように胸が痛い。
ななせはもう。とっくに上書き、してる。
『あんたはいいよね。姉ってだけで当たり前みたいにななせくんと一緒に居られて』
過去に女の子たちからやっかみを受けたことは数えきれない。
それがどんなに幸せでどんなにいたたまれないことか、今まで気づきもしなかった。
「珍しいんだけどね。ななせがこんな風になるの。よっぽど大事な、…」
サクくんがベッドに転がるななせをそれでも優しい表情で見下ろしていると、
「…彼女じゃねえよ」
寝返りを打ったななせがかすれた低い声で荒っぽく投げ捨てた。
サクくんは曖昧に笑って、
「うん、じゃあ、お大事に。明日、…いや、今日。夕方までに来なかったら様子見に来るわ」
ななせに言ってから私にも軽く頭を下げると、多分、時間帯を気にして早々に去っていった。
「ななせ、水、…」
冷蔵庫から取ってきたペットボトルの水を持ってななせの枕元に近づき、無意識にななせに手を伸ばすと、
「触んな」
その手を振り払われた。
心臓が凍り付いて、呼吸が止まる。
闇よりももっと深くてもっと暗い底なしの沼に突き落とされて何も見えない。
何も聞こえない。凍り付いた心臓がハンマーで粉々に砕かれる。
「…大丈夫、だから」
沈黙の重みに耐えかねたみたいに、ななせが背中を向けたままほとんど聞き取れないほど小さな声でつぶやいた。
「…うん。水、置いとく」
何とか引き攣った声を振り絞り、鉛のように重い足を引きずって部屋を出た。ドアを閉める前にベッドを振り返っても、ななせはもう何も言わず身動きさえしなかった。
私とななせの間には見えない壁がある。
それは、分かっていたけれど、こんなにはっきり示されたことがなくて。
こんなに痛いと思っていなくて。
自分の部屋のベッドに戻ってから、絶対に聞こえないように声を押し殺して、頭から布団をかぶって枕に顔をうずめて、泣いた。
『触んな』
ななせの冷たい声と明確な拒絶。思い出したくないのに、頭の中でリピート再生されて、その度に砕けた心がまた新たに何度も粉と散る。
ななせに拒絶されたら、世界が凍る。寒くて凍えて息が止まる。ななせがいないと、…
家族だからって。ななせが優しいからって。甘えすぎた。
ななせが私を受け入れてくれたからっていい気になり過ぎた。
『ナナは気が付くと女の子と消えてて。典型的な来るもの拒まず、去る者追わず』
知ってたのに。
『だって。ななせくんとはどうにもならないんでしょ? 女の子を渡り歩いてて、星の数ほど経験あって、あんたもその中の一人で。いつも食べてる高級黒毛和牛の中に、今夜はちょっとオージー・ビーフ混ざってたかな、くらいのノリなわけでしょ?』
セレナにも言われたのに。
それでも、どこかで、少しは特別なんじゃないかって自惚れてた。
ななせに大切な人がいるかもしれないなんて考えもしないで。
なんて愚かでおこがましいんだろう。さすがに自分が嫌になる。
傷つく資格なんてどこにもない。自業自得。思っていたより自分が最低だっただけ。
泣いて泣いて、泣き疲れて夢を見た。
『大丈夫だろ』
夢の中のななせは、片頬を上げてまるで何でもないことみたいに簡単に私にキスをした。
私のファーストキスは。笑っちゃうくらい簡単で。
涙が出るほど幸せだった。
素足に床の感触が冷たい。
「なな、…」
と。
「サクくん、…」
そこにはななせのバンドメンバーで中学からの幼なじみでもある朔弥くんがいて、
「あ、つーちゃん。どうも。こんな時間にごめんね」
ななせはサクくんに肩を借りてぐったりとしたまま担がれていた。
「ななせ、かなり酔ってて。ちょっと心配だから部屋まで連れてくわ」
サクくんがななせに声をかけながら靴を脱がせて担ぎ直す。
「…ありがとう」
ななせはサクくんの声かけに反応するものの、ほとんど引きずられるようにして部屋まで歩いていく。そんな状態のななせを見るのは初めてで、心臓を搾り取られるみたいな不安を感じ、急いで水を持って後についていった。
「まあ、大丈夫だと思うけど」
ななせをベッドに降ろしたサクくんがやれやれといった感じで私に振り返った。
「…なんか、彼女と揉めたみたい」
「彼女、…」
ななせに彼女がいない方がおかしい。
いつも。いつだって。ななせの周りには女の子が溢れていた。
それなのに今更、無数の針で刺されたように胸が痛い。
ななせはもう。とっくに上書き、してる。
『あんたはいいよね。姉ってだけで当たり前みたいにななせくんと一緒に居られて』
過去に女の子たちからやっかみを受けたことは数えきれない。
それがどんなに幸せでどんなにいたたまれないことか、今まで気づきもしなかった。
「珍しいんだけどね。ななせがこんな風になるの。よっぽど大事な、…」
サクくんがベッドに転がるななせをそれでも優しい表情で見下ろしていると、
「…彼女じゃねえよ」
寝返りを打ったななせがかすれた低い声で荒っぽく投げ捨てた。
サクくんは曖昧に笑って、
「うん、じゃあ、お大事に。明日、…いや、今日。夕方までに来なかったら様子見に来るわ」
ななせに言ってから私にも軽く頭を下げると、多分、時間帯を気にして早々に去っていった。
「ななせ、水、…」
冷蔵庫から取ってきたペットボトルの水を持ってななせの枕元に近づき、無意識にななせに手を伸ばすと、
「触んな」
その手を振り払われた。
心臓が凍り付いて、呼吸が止まる。
闇よりももっと深くてもっと暗い底なしの沼に突き落とされて何も見えない。
何も聞こえない。凍り付いた心臓がハンマーで粉々に砕かれる。
「…大丈夫、だから」
沈黙の重みに耐えかねたみたいに、ななせが背中を向けたままほとんど聞き取れないほど小さな声でつぶやいた。
「…うん。水、置いとく」
何とか引き攣った声を振り絞り、鉛のように重い足を引きずって部屋を出た。ドアを閉める前にベッドを振り返っても、ななせはもう何も言わず身動きさえしなかった。
私とななせの間には見えない壁がある。
それは、分かっていたけれど、こんなにはっきり示されたことがなくて。
こんなに痛いと思っていなくて。
自分の部屋のベッドに戻ってから、絶対に聞こえないように声を押し殺して、頭から布団をかぶって枕に顔をうずめて、泣いた。
『触んな』
ななせの冷たい声と明確な拒絶。思い出したくないのに、頭の中でリピート再生されて、その度に砕けた心がまた新たに何度も粉と散る。
ななせに拒絶されたら、世界が凍る。寒くて凍えて息が止まる。ななせがいないと、…
家族だからって。ななせが優しいからって。甘えすぎた。
ななせが私を受け入れてくれたからっていい気になり過ぎた。
『ナナは気が付くと女の子と消えてて。典型的な来るもの拒まず、去る者追わず』
知ってたのに。
『だって。ななせくんとはどうにもならないんでしょ? 女の子を渡り歩いてて、星の数ほど経験あって、あんたもその中の一人で。いつも食べてる高級黒毛和牛の中に、今夜はちょっとオージー・ビーフ混ざってたかな、くらいのノリなわけでしょ?』
セレナにも言われたのに。
それでも、どこかで、少しは特別なんじゃないかって自惚れてた。
ななせに大切な人がいるかもしれないなんて考えもしないで。
なんて愚かでおこがましいんだろう。さすがに自分が嫌になる。
傷つく資格なんてどこにもない。自業自得。思っていたより自分が最低だっただけ。
泣いて泣いて、泣き疲れて夢を見た。
『大丈夫だろ』
夢の中のななせは、片頬を上げてまるで何でもないことみたいに簡単に私にキスをした。
私のファーストキスは。笑っちゃうくらい簡単で。
涙が出るほど幸せだった。
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