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iiyori.10
08.
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「本人たちの思いとは別のところで、理不尽な噂が独り歩きすることもありますからね。足場はしっかり固めておいた方がいいでしょう」
校長室に呼ばれた私と穂月は、校長先生のアドバイスに従って世間的に必要な書類上の立場を明確にすることになった。すなわち、婚姻届けを出すとか、戸籍を作るとか。
どうやら、校長先生は、最初から穂月が訳アリだと察していたらしい。それでも穂月との仲を深く追求せずに、穂月の編入を認めてくれていた。
「人にはさまざま、事情があります。生きていくのが苦しくなることもあるでしょう。でもね、私はね、自分の人生がどうだったか評価するのは、天命が尽きる時で良いと思うんですよ。それまではすべて、旅の途中です」
そう言って朗らかに笑う校長先生は、なんていうか、教育者の鑑というか、人生の師というか、広い器を持った人だなと思った。世の中の人がみんなこんな風なら、すごく生きやすいだろうな。
「とはいえ、今の世の中で妻子を守って生きていくには、社会的に自立しなければなりません。幸い、倉咲先生が既に就職されていますから、それほど慌てなくても良いでしょう。志田くんはまずは高校を卒業したらどうしたいのか、どんな職業に就きたいのか、よく考えてみたらいいんじゃないですかね」
「はい」
理解ある校長先生とあれこれ手続きを進めた後、その足で穂月と卯月を連れて区役所に行った。区役所では、穂月と卯月の戸籍を作るところから、一筋縄ではいかなくて大量の時間を要することになった。証人のサインとか必要書類とかあちこち奔走して手に入れた頃には、通常窓口業務はとっくに締め切られてしまい、後日また提出に行くことになった。
けど、まあ何とか、私の夫と子どもとして、穂月と卯月の身の上を示す目星は付いた。
でも。
「…ホントに良かったのかな」
だいぶ日が長くなったものの、日没を過ぎた西の空に夕焼けが浮かんでいる。
業務が終わった区役所は閑散としている。生徒が下校した後の学校に似て、主を失った器はどこか寂しい。灰茶色の建物に見送られて外に出ると、街は帰路を急ぐ人々で賑わっていた。
「なにが?」
連れ回して疲れさせてしまったのか、うつらうつらしている卯月を穂月が抱っこしている。
足場を固めると校長先生は言ったけれど、区役所での手続きが完了したら、穂月と卯月は紛れもなく、この時代に存在することになる。時切丸は消えてしまったし、もう元の時代に戻ることは難しいかもしれないけど、でも何か、また奇跡的な時間の歪みみたいなもので、帰れることがあるかもしれない。
それなのに、穂月をこの時代に引き留めていいのかな。
穂月は本当に、この現代の日本で、500年の時を超えた未来の世界で、生きていくのでいいのかな。
「己が歩いた道が唯一にして最善の道であろう? 俺はお前がいれば、それでいい」
私の言いたいことを読み取ったらしく、卯月を片手で抱きかかえた穂月は、もう一方の腕で私の頭を抱えて撫でた。
「…ありがとう、穂月。私に会いに来てくれて」
穂月を見上げると、夕暮れに浮かぶ美しいシルエットが優しく私を引き寄せた。
いつでも。どこでも。どんな時代でも。
私を見つけてくれてありがとう。
私を諦めないでいてくれてありがとう。
「…ういやつ」
人波から外れて、道の陰でほんの一瞬。
夕暮れオレンジの唇が優しく重なった。
校長室に呼ばれた私と穂月は、校長先生のアドバイスに従って世間的に必要な書類上の立場を明確にすることになった。すなわち、婚姻届けを出すとか、戸籍を作るとか。
どうやら、校長先生は、最初から穂月が訳アリだと察していたらしい。それでも穂月との仲を深く追求せずに、穂月の編入を認めてくれていた。
「人にはさまざま、事情があります。生きていくのが苦しくなることもあるでしょう。でもね、私はね、自分の人生がどうだったか評価するのは、天命が尽きる時で良いと思うんですよ。それまではすべて、旅の途中です」
そう言って朗らかに笑う校長先生は、なんていうか、教育者の鑑というか、人生の師というか、広い器を持った人だなと思った。世の中の人がみんなこんな風なら、すごく生きやすいだろうな。
「とはいえ、今の世の中で妻子を守って生きていくには、社会的に自立しなければなりません。幸い、倉咲先生が既に就職されていますから、それほど慌てなくても良いでしょう。志田くんはまずは高校を卒業したらどうしたいのか、どんな職業に就きたいのか、よく考えてみたらいいんじゃないですかね」
「はい」
理解ある校長先生とあれこれ手続きを進めた後、その足で穂月と卯月を連れて区役所に行った。区役所では、穂月と卯月の戸籍を作るところから、一筋縄ではいかなくて大量の時間を要することになった。証人のサインとか必要書類とかあちこち奔走して手に入れた頃には、通常窓口業務はとっくに締め切られてしまい、後日また提出に行くことになった。
けど、まあ何とか、私の夫と子どもとして、穂月と卯月の身の上を示す目星は付いた。
でも。
「…ホントに良かったのかな」
だいぶ日が長くなったものの、日没を過ぎた西の空に夕焼けが浮かんでいる。
業務が終わった区役所は閑散としている。生徒が下校した後の学校に似て、主を失った器はどこか寂しい。灰茶色の建物に見送られて外に出ると、街は帰路を急ぐ人々で賑わっていた。
「なにが?」
連れ回して疲れさせてしまったのか、うつらうつらしている卯月を穂月が抱っこしている。
足場を固めると校長先生は言ったけれど、区役所での手続きが完了したら、穂月と卯月は紛れもなく、この時代に存在することになる。時切丸は消えてしまったし、もう元の時代に戻ることは難しいかもしれないけど、でも何か、また奇跡的な時間の歪みみたいなもので、帰れることがあるかもしれない。
それなのに、穂月をこの時代に引き留めていいのかな。
穂月は本当に、この現代の日本で、500年の時を超えた未来の世界で、生きていくのでいいのかな。
「己が歩いた道が唯一にして最善の道であろう? 俺はお前がいれば、それでいい」
私の言いたいことを読み取ったらしく、卯月を片手で抱きかかえた穂月は、もう一方の腕で私の頭を抱えて撫でた。
「…ありがとう、穂月。私に会いに来てくれて」
穂月を見上げると、夕暮れに浮かぶ美しいシルエットが優しく私を引き寄せた。
いつでも。どこでも。どんな時代でも。
私を見つけてくれてありがとう。
私を諦めないでいてくれてありがとう。
「…ういやつ」
人波から外れて、道の陰でほんの一瞬。
夕暮れオレンジの唇が優しく重なった。
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