上 下
2 / 3
波乱の章

【匙は投げられた〘第二次朝鮮半島動乱〙】波乱の章

しおりを挟む


それから時は過ぎ、米国大統領は訪日した。
「本日、米国大統領が首脳会談のため来日されました。一部の日程は公表されていませんが、広島・長崎への慰霊訪問をする方向で調整中との報道もはいっています。」

「そうか、大統領は広島・長崎の慰霊も行ってくれるのか。パフォーマンスを重んじるあの人らしいな。密談のほうは記録に一切残すな。料亭の方たちには緘口令をしけ。誰かに話せば機密漏示罪だと。録音・録画対策も怠るな。そして、警備の強化も忘れるな。我が国の命運を左右するこの会談を何としても成功させなければならない。緊張感をもって取り組んでくれ。」総理は固く命じた。

そして、宮中晩餐会等の一連の行事の後、広島・長崎を慰霊訪問した。
「これまで、ヒバクシャは、日本のヒロシマ・ナガサキの方達だった。しかし、我が国にもヒバクシャが出てしまった。我が国は第二の被爆国となった。もうこれ以上の核の愚を繰り返してはならない。繰り返させてはならない。我が国を含め、全ての核保有国の核兵器廃絶を願ってやまない。」
そう語った大統領のスピーチは称賛された。

そして、米国大統領と総理はとある料亭で密談に及んだ。
「総理、尖閣諸島問題を一度棚上げしてくれないか?」
「何故です?我が国の固有の領土ですよ?」
「尖閣諸島問題を棚上げするふりだけだよ。それによって中国にこの戦争における中立宣言をしてもらうのさ。」
「成程。しかし、中国は尖閣の領有権を主張しているうえに、固有の領土と主張しています。尖閣諸島は日本領です。日本が飲めない話です。」
米国大統領は総理を試した。本当に棚上げしてくれれば一番都合がいいからだ。中国の尖閣諸島実効支配を止める手段として考えていたが、総理はのらなかった。
「冗談だよ。話のきっかけさ。本気では無い。そこで私がきりだす、統一された朝鮮半島にはサードを配備しない、すでに配備されているものは、撤去・廃棄等にするとな。」
「それは、名案ですな。戦後の海洋進出を狙う中国にとって旧北朝鮮領にサードが配備されたら、喉に骨が刺されるようなものですからな。その案にはのってくるでしょう。」
「総理、君達日本にも考えてもらいたいことがある。米日地位協定のことだ。」
「と言いますと?」
「在日米軍の撤退も視野に入れた対等地位協定だ。」
「我が国の自衛隊だけで国防をしろとおっしゃるのですか?」
「考えてもみたまえ、総理。朝鮮半島にサードは置かないが、軍港や基地用の飛行場は自由に造れる。尖閣に睨みを利かすなら釜山辺りの港があれば対応できる。米日安全保障条約は維持される。米軍基地がなくなるだけさ。勿論補給の際はよらせてもらうよ。」
「…出来ますか?我が国に。」
「私が言うのもなんだが、日本が移民を受け入れる規模を拡大すれば、少子化も解消されるし、若い自衛隊員も増える。観光ではなく在住、在住よりも帰化だよ。総人口を増やさなければこの国は戦わずして滅ぶぞ。」
「大統領、貴方の仰るとおりです。内政干渉気味の発言にお答えしますと、このままの出生率で推移すれば自衛隊そのものが高齢化していきます。既にその波は来ています。自衛官が特別職国家公務員である以上、フランスのような外国人部隊は創設できません。外国人の帰化制度の条件緩和や、その子息の防衛大学への受験資格の見直しなども検討すべきところです。ところで大統領、ロシアにはどう働きかけるおつもりで?」
「秘密協定でクリミア半島併合を黙認する。あえて言わないが他の譲歩・妥協も視野に入れている」
「大統領、よろしいので?」
「ああ。それと引き換えに北朝鮮党委員長の亡命を認めさせない。中国も同様にだ。核を放った厄介者を庇い立てするほど主席はお人よしではない」

「北朝鮮三代に及ぶ世襲国家の息の根を止めるおつもりで?」
「結果的にそうなるな。向こうの尊重する正当な血族を始末しなければ残党が立ち上がる可能性もあるからな。その可能性の芽は摘んでおきたい。」
「戦後、この国も変わらなければなりません。日本が自力で国防力を賄えるその日まで地位協定の見直しは延期していただけませんか?」
「総理、空母を持てない国に国防力は期待できないよ。早々に有事特例法で空母の保有を認めさせてしまえばどうだ。日本のヘリ搭載型護衛艦、カタパルトをつけたら空母だろう?例えば戦闘機搭載型護衛艦とかにすればいいじゃないか。日本でも開発中だろうが我が国の戦闘機お安くするよ。」
「大統領、我が国の問題である空母問題についてはご遠慮願いたい。同盟国とはいえ、内政干渉です。」
「総理、言うようになったな。我が国のスパイからの拉致被害者の居場所の情報は役に立ったかね?」
「はい、とても。あれがなければ救出は不可能でした。」
「総理、私個人の意見だが、スパイを持つこと。スパイ防止法を持つこと。これは基本だぞ。そして空母だ。」
「私個人として、そのとおりだと思います。」
「君のことだからその辺、抜かりはないのだろう?」
「戦後の話ですね。ご想像にお任せします。」
「総理、我々は核の防衛力を棄てねばならん。核兵器を保有することが非核兵器保有国に大義名分を与えてしまうからだ。核を棄てた国へ更に尚、核を放ってくる国に対して、より大義名分を得られるのはどちらだ?核を棄てたほうだろう。核を棄てねば負ける。これからの時代はそうあるべきだ。放てば負けなのだ。ロケットマンを前例とするのさ。」
「大統領、貴方の考えが実現すれば、数え切れない犠牲者を生み出す戦争はなくなります。我が国も微力ながら協力します。」
両者の密談は思いのほか長く続き、とても有意義なものとなった。そして、朝鮮半島戦線膠着状態の最中、米国大統領はロシア大統領との首脳会談に臨んだ。密談ありきである。
「ロ大統領、首脳会談承諾感謝する。」
「米大統領こちらこそ感謝する。」
少々堅苦しい雰囲気から始まった会談は、北朝鮮に対する経済制裁などお馴染みの議題について話し合った。そして、モスクワの某所で二人は、報道陣シャットアウトの密談に及んだ。
「我が国がクリミア半島問題について承認等は行わないが黙認という形で収めたい。シリアの問題もお互いの妥協点を考えたい。その代り北朝鮮党委員長の亡命を拒否し、この戦争に関して中立宣言をして欲しい。」
「クリミア半島黙認はありがたい話だ。ロシアとしては、韓国による統一の後、朝鮮半島で利用できる軍港が欲しい。」
「そこでだ、統一韓国に、在韓ロ軍を設けて在韓米軍とともに、中国に対して常に警戒をしてほしいのだ。」
「気持ちはわかる。しかし、中国まで中立宣言を引き出すのは難しいのではないか?」
「やってみる。ダメならほかの方策を練るさ。」
「同じような言い回しを中国でもするのだろう?わかるよ。我が国は、国益を損なわなければ別に構わない。健闘を祈るよ。」
「ありがとう。それから、これからの時代、核兵器は役に立たなくなる。早めに捨てたほうが正義になれる。それを伝えたかったのだ。では、また宜しく。」

米国大統領は忙しい。戦争の最中、今度は中国に向かおうとした。しかし、中国当局から安全を確保出来なかった旨の報告を受けたため、仕方なくアメリカへの帰路についた。中国主席は今のタイミングで交渉のテーブルにはつかないというメッセージを込めているかのようだった。一方、日本では、北朝鮮工作員とみられる人間たちがテロ等準備罪で逮捕された。党委員長の兄を殺害したといわれるVXガスなどを使用して、首都機能を麻痺させようとしていた容疑で逮捕された。この事件に国民は憤慨とともに恐怖も覚えた。ミサイルだけではないと。毒ガスサリン事件以来、日本人に刻まれたガス兵器への恐怖である。
国会にてスパイ防止法案が与党より提案された。野党は反対の姿勢を崩さなかったが、与党は先の選挙の大勝により数の力で押し切った。この法律の制定によって、長年続いたスパイたちの楽園日本はなくなった。連日のように国会前ではデモの嵐であったが、
「言わせておくのだ。ガス抜きがなければ、国民は不平不満をぶつける場所がなくなる。大事なのは、SNSの取り締まりだ。『暗黙の言論統制法』を駆使して徹底的に検挙しろ。」この頃から、どこに行くにもスマホばかり見ていた国民が、SNSを急速に控えるようになった。昨日までそばにいた友人知人達が突然逮捕・勾留されていくのである。
そして、憲法に定める言論の自由によって暗黙の言論統制法は違法であることを求めて訴訟へと発展した。最高裁までもつれたこの訴訟の判決は、国側の勝訴であった。裁判長は「SNSが犯罪の温床として存在することを鑑みて、テロ等の準備に使用される可能性を考慮したとしても違法とは言えない。」と判決を下した。一方で、「今回の有事に関しての暫定的な判決であり、事態の収束後、更なる法整備を急ぐ必要がある。」と補足した。少なくとも国民はこの戦争の間は相互フォロー監視社会に支配されることが決定したのである。
国民は時事ものフィクション小説へと逃げ込んだ。江戸幕府・元禄時代の『仮名手本忠臣蔵』の如く時代を変え今の時代の人物名をもじって週刊誌に掲載したのだ。
これが大ヒットした。政府もフィクション小説を取り締まることは出来なかった。
メディアは少なくともオフィシャルに出来ないことにフィクション作家を経て広く国民に流布させることに成功したのである。新聞社も必至である、政府広報の説明文を片隅に追いやり連日のように短編日替わり小説の掲載に踏み切った。ペンは剣より強くはなかったが折れはしなかったのである。
第二次大戦後の日本の言論の自由の逞しさが、第二次大戦中ではなし得なかったことを実現させた。政府に頭を下げて顔は横を向いているのである。そして、十二月に突入した。アメリカ合衆国では、中国に首脳会談を打診し続けていた。しかし、安全が確保できないの一点張りであった。ところが一転して、主席の方からホワイトハウスへ向かうと打診があり、急きょ米国で米中首脳会談が行われることとなった。アメリカ国内に厭戦ムードが高まってきた正にその時にである。
「主席め、こちらの痛いところを救うタイミングで訪米して恩を売る気だな。しかし、こちらも乗らない手はない。より良い条件を引き出したほうが勝ちだ。」
そして、十二月二十四日、クリスマス・イヴに中国主席が訪米した。
「メリークリスマス。ようこそ主席。」
「ハッピーホリデー。厚い歓迎感謝する」
アメリカ合衆国と中華人民共和国のトップを警護するのにアメリカは、それはそれでてんてこ舞いだった。そんな現場の苦労をよそに、米中首脳会談が非公式非公開で行われた。

「中国主席、アメリカ合衆国としては、北朝鮮には滅亡してもらうほかないと考えている。米韓両軍に加え日本・豪州・欧州各国などからも賛同を募り米韓両軍を軸に国連軍としての多国籍軍としたい。軍事的支援だけでなく軍事費の支援も募りたい。貴国に希望するのは、第二次朝鮮戦争に中立を守ること。党委員長の亡命を認めさせないこと。この二点だ。」
「我が国のメリットはどこにあるのか?」
「統一韓国にサードを配備しないことを約束しよう。それと、旧北朝鮮領内に多国籍軍常設基地を設けたいので貴国も参加されては如何か?」
「ふむ、まぁ貴国の言わんとしていること、その狙いもよくわかる。その場しのぎともとれる話だがアメリカの策にのって差し上げよう。但し、中立宣言をする以上一切の軍事的援助はしない。国連安保理決議で拒否権を行使しないことだけは約束しよう。」

密談は落ち着いた雰囲気で淡々と進んだ。そして、中国主席は、帰国した。
「米国大統領は、米ソ冷戦のような、戦わない軍拡を望んでいるようだ。中・米・ロまるで三国志だな。この三国の鼎立が守らるのなら、我が国は来たる将来、最強の軍事力を手にするだろう。今はあちらに花を持たせてやればいい。」帰国の最中に主席は側近にそう呟いた。それから、年が明けて、日本では正月を迎えていた。
『あけましておめでとうございます』という言葉はこの年では姿を消えた。正月番組は無くなり、連日のように朝鮮半島情勢を報道する番組で溢れた。国民の大半は分析ばかりで実情を伝えることのないこれらの報道に飽き飽きしていた。フィクション作家からの流布報道も鳴りを潜めた。屈服したわけではない。情報源が無くなったのだ。これにはさすがに作家先生方も悩んだ。インターネットの世界は、政府の規制により、一部の内容の検索ができない場合や、削除されていたこともあった。再び『暗黙の言論統制法』が今度は国民の知る権利に及んだのである。そのような中、政府、与党による『国防有事特例法』法案が国会に提出される。米国大統領の方針を踏まえ、公に自衛隊の集団的自衛権を認め、その範囲を大幅に拡大解釈させるのが、この法案の狙いである。これもまた数の力で押し切った。
国民主権どこ吹く風である。総理は独裁者になりたいわけではなかった。しかし、この難局を乗り切るには、井伊直弼の如き覚悟で、国難に立ち向かうつもりであった。しかし、当然のことながら幕末と現代では状況も政治の制度も何もかも殆んど違うのである。それらを承知で『暗黙の言論統制法』を制定し、『国防有事特例法』を通した。その判断をすることに関して総理に悔いはなかった。
「私のやったことを裁くのは私ではない。他ならぬ国民だ。私は己の政治信念に基づき、これからの自衛隊のありようを示したのだ。やり方が強引過ぎた。これもまた国民の審判によって裁かれるだろう。しかし、今は、この道しかない。」
総理は己をそう鼓舞した。1月も半ばに差し掛かるころ、米韓両軍はミサイル発射拠点の攻撃に力を注いでいた。軍事衛星で確認できる拠点はほぼ無力化したが、殲滅戦の末、多大な戦死者をだした。ここにきて、ようやく平壌が陥落したが、党委員長を含め、生存者は平壌から撤退していた。この後、党委員長と一部の高級幹部の行方は不明となり、米韓両軍の疲弊もあって、戦力の立て直しが図られることとなった。時を同じくして、ロシアが第二次朝鮮戦争に関して中立を宣言した。
「我々は、この戦争に関して中立であることを宣言する。」ロシアの中立宣言の後、国連安全保障理事会が開かれた。

「米韓両軍による多国籍軍を国連軍として各国に認めてもらいたい。」その発言に対し、拒否権を行使する常任理事国はなかった。拒否権は行使しなかったが中国は参戦・中立に関して不鮮明な態度をとった。
(中国主席は、中立宣言には、時期尚早と判断したか)」結果として、米韓両軍による国連軍が北朝鮮を制圧することを目的として作戦は再開した。この時点で既に3月に差し掛かろうとしていた。米韓両軍は実際に北朝鮮軍に苦戦した。
それでも強行して攻め続けることをしなかったのは、『国連軍』という、日本風に言えば『錦の御旗』が欲しかったのである。このことにより、国際社会対北朝鮮という構図が出来上がった。(親北朝鮮国除く)ここで米国大統領は、北朝鮮国内の明日の食料も手に入れられるかわからない国民にアメリカが直接に食糧援助をした。北朝鮮国内は富裕層の高級幹部と貧困層の一般人とに分かれていた。経済封鎖により、食糧難となった北朝鮮軍は、一般兵士にまで食糧がいきわたらず、飢餓状態であった。当然の成り行きとして、脱走兵が現れだした。国連軍は捕虜としてジュネーブ条約に規定されたように北朝鮮兵士を取り扱った。

どんなに強力な武装をしていても、兵站をできず、食糧難になったら空腹には勝てないのである。国連軍の進軍に立ちはだかったのは、対人地雷であった。地雷撤去を行いつつ、戦闘と各地での捕虜の保護にあたるのだ。それは余りに多忙で、国連軍の兵士にも厭戦ムードが漂ってきた。
国連軍は順次後方部隊と交代しながら前線を維持し、士気の低下を防いでいた。そんな矢先のことである。中華人民共和国が中立を宣言したのである。

「我々は朝鮮半島情勢を踏まえ、国連軍及び北朝鮮軍双方に対して軍事的中立を宣言するものである。経済制裁は国連決議であるが中立宣言の対象外である。あくまでも軍事的中立である。何人たりとも朝鮮半島の国境を越えての入国を許さない。」

ロシアに続き頼みの中国にも見捨てられた形になってしまったのである。高級幹部達はここにきて慌てふためいた。
「党委員長不在の今、我々はどうすればよいか?」
「徹底抗戦しようにも、武器弾薬は底をつき一般兵士のいない今、我々にはなす術がない。」
「潔く、自決しよう。」
それから、数分後、
「主体思想の名のもとに!」
高級幹部達は、集団自決した。最高指導者不在の上、指揮官たちが各地で自決に及ぶ中で一般兵士たちが無理をして戦闘を続ける理由は無くなった。生き残った兵士たちは武器を放棄して投降した。高級幹部達は戦後処刑されるくらいなら自分で死ぬことを選んだ。北朝鮮の核科学技術者達の行方は不明だった。中立宣言をした中ロ両国のうち入国規制にまで言及したのは中国。ロシアはそこまで言及してはいない。或いは彼等はロシアへ逃れたのか?確かめるべき証拠もなかった。党委員長は一部の幹部と亡命を打診していたが、中・ロはこれを突っぱねた。党委員長はとうとう進退窮まった。

「ここまでよくついてきてくれた。私はここで自決する。お前たちも生き延びても処刑されるのが関の山だろう。ともに死のう。主体思想の名のもとに!」
「主体思想の名のもとに!」
爆発音とともに、北朝鮮三代にわたって続いた世襲国家は名実ともに消滅した。降伏文書には、北朝鮮政府高官文官が調印した。こうして、第二次朝鮮戦争は終わりを告げた。朝鮮半島は統一され、正式に大韓民国となった。すべてがめでたし、めでたしとはいかないが、38度線は消えたのである。その偉業はたたえられた。

しおりを挟む

処理中です...