公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの

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17:モーリッツ・ブレンターノ

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 僕とクラウディアは主催者席とは少し離れた会場が見える場所に座って待っていた。なお、この場所は出席者側からは見えない造りにされている。

 姉の実家というだけの立場のギュンツベルク子爵家が、主催者の挨拶の中に割って入るような行為は行えないのだ。
 しかし挨拶の後の主催者側のダンス披露において、フェスカ侯爵と侯爵夫人が踊る隣で、僕たちが一緒に踊る事で周りに知らしめる事に決まっていた。


 挨拶は滞りなく終わり、何も目新しい発表が無く落胆した貴族らの表情が見て取れた。
「さあいこうか!」
 僕は立ち上がると、意識して明るくクラウディアに手を出しだした。
 彼女は毅然とした表情をして見せ、僕の手を取った。






 ディートリヒの手を取り、わたしはダンス会場へ向かった。
 ここからが始まりだ。
 大抵の貴族がわたし達を見れば、年齢が釣り合わないことを揶揄するだろう。
 だからと言って負けるわけには行かない。
 残念ながらわたしが愛した人は生まれてくるのが少し遅かったのだ。たったそれだけの事だと、伯母様から言われた事を思い出しながら前に進む。

 きっとダンスが始まれば、余計な事は考える事もないだろう。


 ダンスホールの明かりに照らされた場所へ出ると、取り囲んだ周りの貴族からザワザワと声が聞こえてくる。
 もちろん祝福する声は殆ど無く、疑問や落胆、そして失笑の声のほうが多いようだ。
 明らかにわたしは歓迎されていないのだ。

 予想通りね。


 そんな中で、ひときわ大きな拍手が聞こえてきた。
 どこから?

 拍手の音は一つだけ、その音を探れば……、モーリッツ、様?
 ただ一人拍手をしてくれていたのはモーリッツ様で、いや、大きな拍手に混じり小さな拍手も聞こえている。
 よくよく見ればモーリッツ様の隣で、彼が選んだ女性のファニーがやはり必死に拍手をしているではないか!
 そして別の場所からもう一つ。
「義兄上……」
 ディートリヒの視線を追えば、アウグストが主催者側の高い位置から拍手を送ってくれていた。
 それに釣られるかのように周りからも疎らな拍手が聞こえてくるようになった。

 そして曲が始まる。






 とても少ない拍手だが、しかし心のこもった力強い拍手を贈られ僕たちは踊っていた。

 彼女に始めて出会ったときのように楽しく踊ろうと思っていたのだが、エスコート相手のクラウディアは先ほどから涙を流して泣き顔を見せている。

「クラウディア、笑って?」
 小さな声でそう言えば、何とか表情を取り繕って笑顔を貼り付けようと頑張って、そしてやはり失敗を繰り返していた。

「楽しく踊らないと、盛大な拍手に申し訳ないよ? ディー」
 そうして少しおどけた感じに伝えると、何とか笑顔を見せてくれた。
 良かった。

 それにしてもモーリッツ・ブレンターノと言う男は油断なら無い。あの空気の中、あのような行為が平然と出来るとは、確かにクラウディアが惚れていたのも頷ける。
 しかし彼を見て、僕に足らないのは度胸だと知る事が出来たのは僥倖だったと思う。

 まだ少しだけ潤んだ瞳をしているクラウディアを見て、僕は心を決めていた。








 ディートリヒに慰められ、わたしは何とか矜持を取り戻しダンスを踊り終えた。
 曲の最後に二人は向き合って互いに礼をする……

 はずが、力強くグイと手を引かれ……

 わたしは彼に力強く抱きすくめられると、唇を奪われていた。

 ええっ?


 その行為に会場はシンと静まり返り、わたしを含め誰も動けなかった。その、まるで時間が止まったかのような中で、唯一ディートリヒだけが動いている。

 彼は片膝をつき、わたしの手を取ってこちらを見上げると、
「クラウディア嬢、愛しています。どうか私と結婚して頂けませんか?」
 と、真剣な表情で言ったのだ。

「……」

 思考が追いついていないわたしが返事が出来るわけも無く。かといって会場の人々もやはりシンと静まり返っており……
 反応が無かったことに不安だったのだろうか、彼は手に取っているわたしの指先をクイクイと引いた。それに釣られてわたしは我に返る。

「ふええ!?」

 貴族令嬢らしからぬ声が出たのは仕方があるまい。
 わたしは耳まで真っ赤にして、わたわたと慌てふためいたのだった。

 すると会場から、
「おいクラウディア! 返事はどうした!!」
 と、モーリッツ様らしき声が聞こえきた。そして会場の時間がやっと動き出したかのようにどよめきが起きた。


 えと、この中で返事するのかしら?


 躊躇するわたしを待つ、会場の皆様方の視線が痛くて、とても居た堪れない……

 って、違うわ。
 先ほどから片膝をついて答えを待っているディートリヒ様の方が、もっと居た堪れないことに気づき、わたしはやっとの想いで返事を返した。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
 あぁこの答えは無いな……と、わたしも思った。
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