妻は従業員に含みません

夏菜しの

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22:過去の残滓

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 会場に入った時は目新しさから興奮して視野を狭めていたが、すっかり落ち着いた今は周りに目を向ける余裕も生まれていた。
 会場を何気なく見ているうちに客層が二つに分類できることに気付いた。
 一つは何が何でも競り落とすと言う意地と言うか、決意と言うか、そう言うギラギラとした熱意を見せている者。もう一つは、冷静で落ち着いていて……いやむしろ冷めていて事務的な緩慢さを持つ者だ。
 後者は品物を視る時さえ熱意を感じさせず、しかし封筒に事務作業のように決まって札を入れて行く。
 彼らはいったいどういう人なんだろう?
「どうかしたか?」
「この会場に入れるのは商人だけでしょうか?」
「いや商人の他に貴族の使用人なんかも混じってるはずだが?
 なんせここなら、商人から買うよりも安く良い手に入ることがあるからな」
 それで分かった。
 後者の彼らは、主人から例えば〝絵画〟を買ってこいと命令されたのだろう。使用人が真贋の眼を持っているかは定かではないが、貴族ならば儲けは度外視、だから事務的に入札しているに違いない。
 疑問が解けてスッキリしたわ。

 それからわたしはフリードリヒについて会場を回っていた。
 しかし良い品が無いのか、フリードリヒは一度も入札をしていない。それとも最初から売りが目的だったのかしら?
 そんなことをぼんやりと思っていたら危うく人とぶつかりそうになり、寸前のところでフリードリヒに手を引かれて事なきを得た。
「申し訳ございません。ぼぅとしていました」
「こちらこそ失礼を。
 おや? その瞳の色……、もしやリューディアお嬢様ではないでしょうか?」
 突然名前を呼ばれて相手の顔をじっと見つめた。
「あっ! もしかしてあなたヤーコブ?」
「ええ左様でございます、お嬢様」
 伯母様の屋敷にいた家令の一人でヤーコブ。そろそろ五十代になっただろうか、髪にはかなり白髪が目立っていた。

「アルフォンスは元気かしら」
 わたしが真っ先に確認したのはあの日別れたきりの弟の安否だ。
「ええとても大きくなられましたよ。
 それよりも、お嬢様です! いまは一体どちらにいらっしゃるのですか!?
 奥様が大変心配なさっておいでです!」
 身売りされることを選んだ時、売り先を伝えないようにと役人に頼んでおいたのだが、役人はちゃんと約束を守ってくれていたようだ。
 それなのにこんな所でヤーコブと遭遇しちゃうなんて、ああもう!

「わたしは結婚して、いまはとても幸せに暮らしてます。
 心配しないようにと皆に伝えて置いて頂戴な」
「その様な答えで、奥様が本当に納得なさると思っておいでですか?」
 もちろん思っていない。
「じゃあここで会ったことは内緒ってことで頼みます」
「残念ながら私の主人はお嬢様ではなく、ヴェパー伯爵閣下と伯爵夫人でございます。
 申し訳ございませんがその申し出はお受けできません」
「どうしても?」
「どうしてもです!」
「失礼。ヤーコブ殿、俺はケーニヒベルク男爵だ。いまはリューディアの夫と言う方が伝わるだろうか?
 妻がお世話になった伯母上に一度挨拶に行きたいと思っている。どうかその旨をヴェパー伯爵夫人にお伝え頂けるだろうか」
「ケーニヒベルク男爵閣下ですね。
 畏まりました、奥様にしかとお伝えいたします」
 フリードリヒがそう言うとヤーコブは納得したようで、恭しく一礼をして去って行った。その背をすっかり見送ってから、
「あんな約束をするなんて、どうするんですか!?」
「どうするも何も、挨拶をするだけだろう」
「フリードリヒ様はたまにわたしを怖がっておられる時がございますよね?」
「それは一体何の話だ?」
「伯母様はわたしの数倍は怖いですよ」
「……えっ、そんなに?」
 まったくの素の口調で、フリードリヒは口元を引き攣らせていた。
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