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第二章 依頼者、休日のゴルフ接待へ連れて行く。
04. 嫌なんです! 休日くらい、家族との時間を下さい。
御苑沿いにある、例のゴルフステーションがある施設の前にて。
池上は最初こそ、何の意図があるのか読めない固い態度で、リサを連れて歩くことに必死だった様子が伺える。だが、ここへきてだんだんと表情に焦りが出始めていた。
「リサさん!」
池上が、施設を前にピタリと足を止めた。リサも足をとめ、「はい?」と笑顔で振り向く。
その時の池上の表情は、どこか申し訳なさを感じさせる目線だった。池上はビシッと姿勢を整え、震え声でこう呟いた。
「ずっと、騙してしまい本当にすいません! この後行く予定の場所なんですけど、どうしても、リサさんの様な方を連れて行かなくてはいけない事情があって、協力を頂きたく」
「え?」
「今から行く、このゴルフ場に… 僕の『妻』として、ただ隣にいてほしいんです! ほんの四、五分で、すぐ帰れるようにしますから。
その、許される事ではないと分かってはいるのですが… 実は、僕には妻がいまして」
「Oh, shit. フリン、だめヨお兄さん」
その頃。
近くでは、ミント達に派遣された黄色いジャージ姿の黒人バンブーが、表向きはランニングというていで別の建物の壁へと身を隠し、池上達の様子をこっそり覗いていた。彼は小さな舌打ちをしながら、首を横に振っている。
池上からのカミングアウトは、流石のリサも動揺と驚きを隠しきれない(ように振る舞っているだけかもしれない)。
先日予見した、ミントの勘が的中した瞬間であった。
「え? 奥さん、いらっしゃったの?」
「はい。本当は、妻を連れて行きたかったんだけど、身体的な理由で外を歩かせるのは難しく… 本当に、ただ『妻』としているだけでいいんです。既婚者としてやってはいけない事は絶対にしないと約束しますので! どうか、ご助力を頂けると助かります」
「えっと。ゴホン! 一応、確認させてください。どうして、奥さんの同伴が必要なの? ゴルフ場で、これから何をするお考えで?」
「えっと… 上司たちが、ここを予約していまして。接待の誘いを、断るためです」
「What?」
バンブーは目を大きくさせた。確かにゴルフ場といえば、休日には法人が団体で予約し、そこで会社役員を部下数人がおだてているイメージがあるだろう。
これから池上がリサを連れて向かうのは、正にその接待が行われる場所。池上の表情や仕草からして、相手はどうも訳アリな企業のようだ。リサは決意を固めた。
「わかりました。そのくらいであれば」
「ホ、ホントですか!? あ、ありがとうございます! 恩に切ります! では」
「あ。中に入る前に私、あなたにどういう風に接したらいいのかな?」
「あー、そうでしたね。それならー」
そういって、二人は話し合いながら施設の中へと向かっていく。
池上からの助けを、リサは受け入れたのだ。こうして二人は違和感がないよう、ここからは「夫婦」として池上の上司と会う事になった。
バンブーはその様子を見て、ここは自分もこっそり後を追った。ランニングをしている人のフォームは崩さない。
「エッホ、エッホ、どう入ろうカ考えなキャ。エッホ、エッホ、エッホ――」
――――――――――
「おい下澤ぁ。お前、適当に褒めてただろ。分かってんだよ、こっちは!」
パシン!
「ひっ」
ゴルフのパターで、施設内にある網などの備品を引っ叩く音が響いてきた。
パターを握っているのは、四~五十代ほどの人相が悪い中年男性で、両側には雑用係の男女もついている。概ね十二人ほどがその場を利用し、男性に対し周囲が腰を低くしている様子が見受けられた。
「すいません、すいません… すいません…」
男性を怒らせた下澤という若手はすぐ真顔になり、泣きそうな顔で頭を下げた。おそらく普段からそうやって、若手たちを怯えさせ接待に呼び出しているのだろう。
と、そこへ、
「し、失礼致します… 本部長」
池上と、その横にいるリサが、揃ってこのゴルフステーションの一角へと足を運んできた。
そのパターを持った男性が、池上の上司だ。全員がそちらへ振り向き、場が静まり返った。
「おい池上、お前何分遅刻してると思って…! て、何だぁその女?」
「ムッ」
と、池上が内心怒りを覚え、咄嗟に堪えた。
レンタル彼女で演技で来ているとはいえ、ここでのリサは彼の「妻」である。その妻を、上司から初対面であんな風に言われては配偶者は怒るだろう。
池上は、勇気を振り絞ってこう答えた。
「僕の、妻です」
「あん?」
「遅くなってしまい、申し訳ございません本部長。この通り、妻を直接お連れしました。これで、ゴルフは特別に免除してやるぞって、言われましたので。
では、このあと用事があるので、僕と妻はこれで失礼いたします…」
そういって、池上とリサは静かに一礼した。そしてすぐにその場を後にようとする。
その時だった。
「ちょ、ちょ待て待て待て! 池上、勝手に帰るな!」
ガシッ
「へ!?」
本部長がすぐに追いつき、池上の肩を掴んだのだ。池上はその場で足止めされ、リサもこれ以上動くことができなくなる。
肩を掴む本部長の手が、強くて痛い。本部長の怖い顔が、二人の元へ差し迫ってきた。
「こうして来れる暇を作ったんだろう? なら少しくらい、付き合えや。人事査定で、僻地に左遷されたくないのなら、なぁ?」
「「!?」」
池上とリサは絶句した。本部長が、二人に対して声と視線で脅しを仕掛けたのだ。
その瞬間、一気にその場からざわざわと小声が聞こえてきた。
(つづく)
池上は最初こそ、何の意図があるのか読めない固い態度で、リサを連れて歩くことに必死だった様子が伺える。だが、ここへきてだんだんと表情に焦りが出始めていた。
「リサさん!」
池上が、施設を前にピタリと足を止めた。リサも足をとめ、「はい?」と笑顔で振り向く。
その時の池上の表情は、どこか申し訳なさを感じさせる目線だった。池上はビシッと姿勢を整え、震え声でこう呟いた。
「ずっと、騙してしまい本当にすいません! この後行く予定の場所なんですけど、どうしても、リサさんの様な方を連れて行かなくてはいけない事情があって、協力を頂きたく」
「え?」
「今から行く、このゴルフ場に… 僕の『妻』として、ただ隣にいてほしいんです! ほんの四、五分で、すぐ帰れるようにしますから。
その、許される事ではないと分かってはいるのですが… 実は、僕には妻がいまして」
「Oh, shit. フリン、だめヨお兄さん」
その頃。
近くでは、ミント達に派遣された黄色いジャージ姿の黒人バンブーが、表向きはランニングというていで別の建物の壁へと身を隠し、池上達の様子をこっそり覗いていた。彼は小さな舌打ちをしながら、首を横に振っている。
池上からのカミングアウトは、流石のリサも動揺と驚きを隠しきれない(ように振る舞っているだけかもしれない)。
先日予見した、ミントの勘が的中した瞬間であった。
「え? 奥さん、いらっしゃったの?」
「はい。本当は、妻を連れて行きたかったんだけど、身体的な理由で外を歩かせるのは難しく… 本当に、ただ『妻』としているだけでいいんです。既婚者としてやってはいけない事は絶対にしないと約束しますので! どうか、ご助力を頂けると助かります」
「えっと。ゴホン! 一応、確認させてください。どうして、奥さんの同伴が必要なの? ゴルフ場で、これから何をするお考えで?」
「えっと… 上司たちが、ここを予約していまして。接待の誘いを、断るためです」
「What?」
バンブーは目を大きくさせた。確かにゴルフ場といえば、休日には法人が団体で予約し、そこで会社役員を部下数人がおだてているイメージがあるだろう。
これから池上がリサを連れて向かうのは、正にその接待が行われる場所。池上の表情や仕草からして、相手はどうも訳アリな企業のようだ。リサは決意を固めた。
「わかりました。そのくらいであれば」
「ホ、ホントですか!? あ、ありがとうございます! 恩に切ります! では」
「あ。中に入る前に私、あなたにどういう風に接したらいいのかな?」
「あー、そうでしたね。それならー」
そういって、二人は話し合いながら施設の中へと向かっていく。
池上からの助けを、リサは受け入れたのだ。こうして二人は違和感がないよう、ここからは「夫婦」として池上の上司と会う事になった。
バンブーはその様子を見て、ここは自分もこっそり後を追った。ランニングをしている人のフォームは崩さない。
「エッホ、エッホ、どう入ろうカ考えなキャ。エッホ、エッホ、エッホ――」
――――――――――
「おい下澤ぁ。お前、適当に褒めてただろ。分かってんだよ、こっちは!」
パシン!
「ひっ」
ゴルフのパターで、施設内にある網などの備品を引っ叩く音が響いてきた。
パターを握っているのは、四~五十代ほどの人相が悪い中年男性で、両側には雑用係の男女もついている。概ね十二人ほどがその場を利用し、男性に対し周囲が腰を低くしている様子が見受けられた。
「すいません、すいません… すいません…」
男性を怒らせた下澤という若手はすぐ真顔になり、泣きそうな顔で頭を下げた。おそらく普段からそうやって、若手たちを怯えさせ接待に呼び出しているのだろう。
と、そこへ、
「し、失礼致します… 本部長」
池上と、その横にいるリサが、揃ってこのゴルフステーションの一角へと足を運んできた。
そのパターを持った男性が、池上の上司だ。全員がそちらへ振り向き、場が静まり返った。
「おい池上、お前何分遅刻してると思って…! て、何だぁその女?」
「ムッ」
と、池上が内心怒りを覚え、咄嗟に堪えた。
レンタル彼女で演技で来ているとはいえ、ここでのリサは彼の「妻」である。その妻を、上司から初対面であんな風に言われては配偶者は怒るだろう。
池上は、勇気を振り絞ってこう答えた。
「僕の、妻です」
「あん?」
「遅くなってしまい、申し訳ございません本部長。この通り、妻を直接お連れしました。これで、ゴルフは特別に免除してやるぞって、言われましたので。
では、このあと用事があるので、僕と妻はこれで失礼いたします…」
そういって、池上とリサは静かに一礼した。そしてすぐにその場を後にようとする。
その時だった。
「ちょ、ちょ待て待て待て! 池上、勝手に帰るな!」
ガシッ
「へ!?」
本部長がすぐに追いつき、池上の肩を掴んだのだ。池上はその場で足止めされ、リサもこれ以上動くことができなくなる。
肩を掴む本部長の手が、強くて痛い。本部長の怖い顔が、二人の元へ差し迫ってきた。
「こうして来れる暇を作ったんだろう? なら少しくらい、付き合えや。人事査定で、僻地に左遷されたくないのなら、なぁ?」
「「!?」」
池上とリサは絶句した。本部長が、二人に対して声と視線で脅しを仕掛けたのだ。
その瞬間、一気にその場からざわざわと小声が聞こえてきた。
(つづく)
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